「3人抜きはハンパないって! ナイスプレー、兎和! いいモン見れて大満足だ!」
楽しげな相馬先輩からお褒めの言葉をいただき、嬉しさが込み上げてくる……が、その後の行動は見過ごせない。何を思ったのか、「悪かったな」と美月に直接ペアチケットを返還したのだ。
慌てて駆け寄り、間に割り込んで両腕を大きく広げた。
「あの、今後は美月にあまり近づかないようお願いします!」
これ以上モヤモヤするのはゴメンだ。それに、仲間内でのトラブルもしばらくナシで。大抵騒ぎになって精神疲労が増大するから。
ところが、相馬先輩は「お前、たぶん勘違いしてるぞ」とまるで他人事のように笑う。
「え……? この対決は、美月に近づく口実だったのでは?」
「違うって。マジで兎和の本気を肌で味わいたかっただけ。そもそも俺、彼女いるし。おーい、茜!」
相馬先輩の呼びかけに応じ、野次馬の間から見知った人物が顔をだす。
あれは……遠山茜先輩だ。サッカー部の女子マネージャーを務める3年生で、おっとりとした顔立ちの美人さんと評判である。
「もう、淳のバカ。引退まで内緒にするんじゃなかったの?」
「いや、悪い。茜と後夜祭を楽しみたくなってさ。これ、受け取ってください」
周囲の歓声は、たちまち驚きや囃し立てる声へと変わる。
そんな中、相馬先輩がひざまずいてペアチケットを差し出す。お相手である遠山茜先輩は頬を染め、照れくさそうに「喜んで」と応えてから受け取っていた。
そういえば、相馬先輩も栄成アイドルグランプリの受賞者だったよな……ということは、あれは自前のペアチケットか。
「……ええ!? じゃあ、やたら僕に話しかけてきてたのって……」
「隠しててごめんね、兎和くん。私たち、付き合っているの。それで、淳に迷惑をかけられてないか心配で」
遠山先輩に真相を明かされると、僕は白目をむいて気絶しかけた。
なーにがモテ期だ、クッソ恥ずかしい……これまで散々悩まされた諸々のフラストレーションは、ガチでゲスの勘ぐり以外のナニモノでもなかったのだ。
大ダメージを受け、ゴリゴリッとメンタルが削られる。
だが、もっと深刻なダメージを受けている者たちが近くにいた。
「兎和、悪いけどちょっと横にならせてくれ……相馬先輩と茜先輩が別れたら教えてな……」
「大木戸先輩!?」
フットサル対決のレフェリーを務めてくれた大木戸先輩が、力なくその場に倒れ込んだ。
彼は以前、『遠山茜先輩にホレている』といい顔で語ってくれた……しかし今は、まるで死人みたいに生気のない顔をしている。
他にも古屋先輩など、結構な数のサッカー部メンバーがピッチに横たわっていた。アナタたちも好きだったのね。なんと哀れな……僕はそっと合掌し、軽く冥福を祈った。
それはさておき、美月にお礼を言わないと。
「美月、なんかごめん……あと、ありがとう」
「本当に世話の焼き甲斐のあるクライアントだわ。いつだって私が隣にいること、絶対に忘れちゃダメだからね!」
言って、美月は微笑みながらペアチケットを差し出してくれた。
僕はそれを受け取り、めでたく大団円を迎える――かに思われた、その時。
「ちょっと待ったー!」
声を張り上げ、見覚えのあるイケメンの3年生男子が観衆の中から歩み出てきた。
さらに『ちょっと待ったコール』は続き、あれよあれよという間に大人数が美月の前に集合する……ざっと50人はいるし、しれっと蓮くんまで混ざってやがる。
「神園さん! ペアチケットを贈りたい相手を、ここにいる希望者の中から改めて選んでください――ダメ元は承知のうえで、どうかラストチャンスをお願いします!」
『お願いしますッ!』
イケメンの3年生男子が代表して懇願すると、僕以外の希望者たちの声が見事に一致した。
どうやら皆、美月のペアチケットを諦めていなかったらしい。ついでに、ウキウキで野次馬していた玲音が騒動に彩りを添える。
「やれやれ、栄成は最高だな! 神園美月のペアチケットを求める挑戦者よ! このバラの花を一輪手に取り、ひざまずいて答えを待つがいい!」
そう言い放つや否や、玲音は色とりどりのバラの花束をこちらの上空めがけて放り投げた。先ほど、本来の持ち主の晴彦くんからさりげなく受け取っていた。
次いで、誰かが「あっ」と驚きの声を漏らす。空中でラッピングがほどけ、頭上に花々が降り注いたのだ。
悪ノリしやがって……なんて内心でツッコミを入れながらも、僕はとっさに腕を伸ばして落下する一輪を掴み取っていた。
この手に収まったのは、純白のバラだった。手触りで、それがカーネーションだと気づく。同時に、どう利用するかにも見当がついていた。
「まったくもう、みんな面白すぎ! 栄成高校を選んで本当に良かった!」
主役の美月も、これから行われるお約束的なイベントを予想して笑みをこぼしていた。
どうやら楽しんでいるらしい……ならば、僕だってやぶさかではない。ひざまずいてバラの花を差し出し、堂々と声を張り上げた。
「僕にペアチケットを下さい! お願いします!」
遅れてバラを手にする他の生徒たちが口を開き、『お願いします』の大合唱が響き渡った。
ペアチケットを所望する者は自然と顔を伏せ、審判の刻を待つ。空気を読んだ野次馬たちも息を潜め、校舎から届く文化祭の喧騒だけが耳に忍び込んでくる。
そんな中、美月がゆっくり周囲を歩き回る気配がして――
「一緒にプロジェクションマッピングを見ましょう。実は私、かなり楽しみにしていたのよ!」
すっと僕の手から白いバラが抜き取られる。瞬き二つ分の間を挟み、喜怒哀楽の入り混じった叫びと貰い手のないバラの花が飛び交う。間違いなく、この日一番の大騒動だった。
***
「それにしても、驚いちゃったわ。兎和くんが急に、自分ひとりの力で相馬先輩との対決に臨むなんて言い出すから」
「まあ、色々あってね……ある程度は解決したから、もうバカなことは言わないよ」
大講堂で恙無く閉会式が執り行われた後、暗くなった多目的グラウンドにてプロジェクションマッピングの上映が行われた。
そして僕と美月は立派なソファに並んで腰掛け、文化祭のフィナーレを楽しみながら語り合っていた。
特別観覧席の位置は、栄成祭の終幕を惜しむ生徒たちの最後方。だが、少し高いステージの上に設けられているため見晴らしは抜群だ。すぐ近くには相馬先輩たちの席があり、楽しげな声が聞こえてくる。
ちなみにこのソファ、校内の貴賓室などからわざわざ運んできたそうだ。
「色々って、いったい何があったのよ……でも、次にあんなことしたらキツいお仕置きが待ってるからね」
「キツいって、どんな?」
「優卯奈さんと兎唯ちゃんに協力してもらって、長時間お説教するわ」
それは、かなりシンドイな……うちの家族ぐるみの説教とか地獄すぎる。
賑やかなBGMに合わせて、校舎をスクリーンにした映像が次々と移り変わる。その光景を眺めながら、僕は二度とスタンドプレーに走らないと誓う。
やがて光が落ち、プロジェクションマッピングはそっと幕を閉じた。涼やかな薄闇が周囲を包み込み、心にじんと染み渡るような余韻がグラウンド全体に満ちていく。
生徒たちの名残惜しげな話し声を聞き流して、僕はふと天を仰ぐ。秋の星座がまたたく夜空には、大きな丸い月がひときわ美しく輝いている。
「ああ、月がとても綺麗だ」
「本当に綺麗。とっても素敵な夜ね」
揃って夜空を見上げ、またぽつりぽつりと言葉を重ねる。内容なんて関係ない。お互いに声で、まるで相手の体温を確かめるみたいに会話を続けた。
忘れられそうにない思い出がまたひとつ、僕の記憶に深く刻まれる――こうして、騒がしくも楽しい栄成祭は穏やかに過ぎていくのだった。