網戸越しに届く秋虫の合唱と、肌にそっと触れる夜風がなんとも心地いい。
次の季節の訪れを感じながら、僕は自室のデスクで新たな習慣となった交換日記を開く。ペンを手に、少し考え……『近頃、夜はめっきり涼しくなってきた』と書き出しを記す。
続いては、つい先日行われたばかりのリーグ戦について――紅葉シーズンに向けた話題がテレビからチラホラと聞こえ始めた、10月上旬の週末のことを綴る。
僕たち栄成サッカー部・Cチームは、参加するリーグ戦の最終節に臨んだ。
試合結果は『2-1』で、接戦を制した。早めの代替わり以降の連勝で順位を2つ上げ、好成績でシーズンをフィニッシュ。
僕はスタメンで出場し、美月のサポートを受けて『1ゴール・1アシスト』を記録。同じくスタメンの玲音へ得点につながるラストパスを出せたので、個人的な満足度も高い。
林先輩たちと揉めたときはどうなるかと思ったが、振り返ってみればこの2ヶ月は非常に有意義だった。
とりわけ僕の周囲にいるメンバーは、部活に対する心構えが目に見えて変わった。
夏のスタメン争奪戦を経て、『自分たちがサッカーに打ち込める時間は限られており、活動を支えてくれる家族などのサポートがあってこそ』とより深く認識した。
それ以降、トレーニングへの集中力が何倍にも高まったうえ、それぞれが『まだ足りぬ』とハードな自主トレに精を出している。もちろんメニューはカーム社監修なので効果の程も保証付き。
さらに年上が相手の真剣勝負(リーグ戦)で経験と実績が加わり、プレーヤーとして急成長を遂げている。僕もうかうかしていられない状況だ。手を抜けば、すぐに置いていかれてしまう。
それからまた話題は変わり、勉強に関する内容をツラツラと書いていく。
明日はちょうど中間テストの1週間前で、対策期間に入る。そして今回も、美月先生が準備してくれた『面白いほどよくあたる予想問題集』で乗り切る予定だ。
本当に助かる。普段よく授業を聞いてもないのに高得点をとらせてもらって、もう一生頭が上がりそうにない。
他にも思いつくまま、とりとめのない文章をいくつか書いた。
「……いいな、交換日記」
こうしてペンを走らせていると気持ちが落ち着く。美月と穏やかに語り合う、そんな心地にさせてくれる。なにより、二人のつながりに直接手を触れているような感じがして、胸がほこほこする。
さあて、次は何を書こうか。
夜が深まるに連れ、ノートに文字が増えていく――そんなこんなで時は流れていき、あっという間に中間テストの最終日を迎えていた。
「それで、兎和。実のところ、神園とはどうなんだよ?」
お弁当のフタを開けた里中くんが、ふと僕に問いかけてくる。
午前でテストが終わったその日、勉強の疲れを考慮して部活は全体オフとなった。
そのため、僕を含めた数人のサッカー部メンバーは、午後にカーム社でフィジカル測定を受けることになっていた。休みが少ないぶん、スケジュールがカブるのは必然だ。
とはいえ、予定の時間はまだ先なので、自然と1年D組に集まって昼食を済ませてから一緒に向かう流れとなり……僕の席の付近に皆が適当に陣取ってお弁当を広げると、さっそく質問が飛んできたのだった
他のメンバーも、興味深げに視線を向けてくる。
ちなみに、この場に集ったのは僕を除いて5人――玲音、里中くん、大桑くん、池谷くん、といったイツメンに加え、本日はCBを主戦場とする小川大地(おがわ・だいち)くんも参加している。
小川くんはもともと優等生連合のメンバーで、懐かしの『兎和チーム』を結成してからはよく行動を共にしていた。もちろん現在はCチーム所属である。
「……どうも何も、ホントに色々サポート受けてるだけだよ」
「ほーん。なら、『専属マネージャー』のウワサが正解ってわけね。他の2つはまたデタラメか……いや、ひとつは元から意味不明だが」
弁当を食べ進めながら、とりあえず先ほどの里中くんの質問に答える。
文化祭以降、僕と美月の関係についての新たなウワサが校内を駆け巡った。それも、3パターンに分岐して。
まずは、神園美月と白石兎和はつきあっている説。次に、ただサッカーに関するサポートを受けているだけ説。最後は、モブとはいったい何なのか説……完全に意味不明である。
ともあれ、現在はこれらの説が頻繁に囁かれている。僕たちは問われるたびに『サッカーに関するサポートを受けているだけ説』を後押しするコメントを残しているものの、一向に落ち着く気配はない。
「でもさ、サポートってどんな内容なん? そっちの方が気になるよな」
「俺もチイカワに同感。よっぽど興味をそそられるよね」
「晃成、そのあだ名で呼ぶなって言ってんだろ」
自分の発言に同意を示した池谷晃成くんに対し、小川くんはむっとした顔を向ける。
実は彼、180センチ近い身長とマッチョな肉体の持ち主ながらも、とても可愛いあだ名を授けられている。
名字が小さい川だから、チイカワ。由来は、ネットミーム。
しかも本人は嫌がっている素振りを見せるが、時折あだ名にリアクションを寄せてくるので、わりとイラッとすると評判だ。
それはそうと、美月のサポート内容ね……トラウマの話をするのは躊躇われたので、僕は新たに始まった試みを例に挙げた。
「最近は、交換日記とかやってるけど」
「交換日記……?」
大桑くんが唖然と復唱した。すると一拍置き、僕と玲音を除くメンバーから爆笑が起きる。
まあ、気持ちは理解できる。交換日記は『小学生がやるもの』みたいなイメージがあるし。けれど、実際に体験した僕の認識は大きく変わった。
日頃から時間に追われ、ゆっくりコミュニケーションを取る余裕のない大人にこそぜひトライしてみてほしい。こんな時代だからむしろ交換日記が有用だ、なんて思うようになった。
「へー、そっか。なんかいいね。俺も彼女と始めてみようかな」
「そういえば、晃成も文化祭でイチャイチャしてたな。あれはクソ腹たったぜ。みせつけやがって」
今度は僕の説明に同意してくれる池谷くん。
彼は高身長の爽やかイケメンだけあり、やっぱり彼女持ちみたい。普段は性格も穏やかだし、あからさまにモテそうだもんな……試合中は人が変わってヤベーけど。
一方、食って掛かる小川くん。そのリアクションで、すぐにフリーなのが察せられた。醜く嫉妬を燃やす態度からは、モテなさそうな気配がプンプンだ。
その後、異性ネタで一通り盛り上がった。
そして皆の弁当箱がカラになった頃、ごく自然に『冬の高校サッカー選手権』の話題へと切り替わる。間近に迫るビッグイベントだけに関心も高い。
「それにしても、今回は『くじ運』に恵まれたな……これ、全国あるんじゃないか?」
言って、玲音は皆に見えるよう一枚のプリントを提示する。
見ると、『冬の選手権・東京都大会(二次予選)』のトーナメント表が記載されていた。どうやら、プリントアウトして持ってきたらしい。
その中で、栄成高校はBブロックのシード枠のひとつに配置されている。
玲音の言う通り、かなりくじ運に恵まれたな……3つ勝てば決勝に進み、4つ勝てば本戦(全国)出場が決まる。
そのうえ、Bブロックの名門校は反対側の山に偏って集中しており、戦力的に有利な相手が続く。おそらく、ベスト4まではすんなり進めるだろう。個人的には、蓮くん擁する東帝がAブロックに振り分けられたのもデカい。
「いよいよ始まるのか……でも、来年以降がちょっと心配だなあ」
大桑くんの不安そうな呟きに、僕は思わず首肯してしまう。
創部史上最強と名高い、現トップチーム。そんな彼らの高校年代における戦いは、この大会をもって終了となる。
そのバトンを受け継ぐのは、残る2年生の先輩たち。もちろん中には有望な選手が何人もいて、実力的には遜色ない部分もある……けれど、やはり絶対的エースである相馬先輩の抜けた穴は大きいと言わざるを得ない。
「確かに、相馬先輩がいないのはキツいね。次期エースがどれだけやれるか……」
「いや、なんで他人ごとなん?」
え? 今の僕の発言、なにか変だった?
里中くんのツッコミを理解できず、ついキョロキョロと他のメンバーの反応を伺う。すると、皆の視線がこちらに集まっていて……なにこれ、怖い。
「やれやれ。兎和、しっかりしてくれよ――お前は、次期エースの有力候補だろ。実際、同学年ではトップスコアラーだしな」
玲音のマジトーンにびっくりするあまり、再び周囲の反応を伺ってしまった。しかし異論が飛び出してくる様子はなく、むしろ口々に『自覚を持て』と促される。
僕が、次期エース……超えるべきハードルが、明確に示されたような気がした。
「そういえば、トップチームがもし全国出場したら『特別編成チーム』が結成されるらしい。あんがい兎和が選抜されたりして」
里中くんが言うには、冬の選手権の本戦に出場した場合、大会にフォーカスしたチーム編成が行われるらしい。まさに総力戦体制だ。
中心は現トップチームで揺るがないが、1年生が選抜される可能性もあるという。経験を積ませ、将来への布石とするそうだ。
「いやいや、ありえないっしょ。流石にまだ早いんじゃね」
小川くんが、すかさず僕の気持ちを代弁してくれた。皆もそれにあわせて「ないかー」なんて言って、笑い声を上げた。
それからまた軽く雑談を続け、予定の時間より少し早めに学校を出て新宿のカーム社へと向かった。
そして、翌日の夜。
僕にとって、とびきり嬉しい出来事が待っていた。
「ああああッ! 美月、たまった! 見て、たまった!」
「ふふ、大はしゃぎね。おめでとう、兎和くん。3回目の青春スペシャルイベントを開催します!」
いつも通り自主トレ兼トラウマ克服トレーニングに打ち込んでいたら、通算3冊目の青春スタンプカードが埋まり、僕は脳汁ダラダラで歓喜の雄叫びを上げた。どんなお楽しみが待っているのか、今からワクワクが止まらない。
この秋、待ちに待った青春スペシャルイベントの開催決定です!