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第120話

 モブとはいったい何なのか。陰キャとは、どんな振る舞いや性質によって定義されるのか――秋も深まる10月下旬。部活帰りにこの俺、白石鷹昌は、夕食時の賑わうファミレスで真剣に議論していた。


 窓際のソファ席に座るのは、いつものメンバー……酒井竜也(さかい・りゅうや)のアホのみ不参加なので、今は4人で顔を揃えている。


「で、どう思う? 結局、兎和は陰キャでオーケー?」


「いや、あれはもう別ジャンルだと思うけど。スベらない陰キャとか新種すぎっしょ。鷹昌も、この前の文化祭で大騒ぎしてたの見ただろ?」


 正面のソファに座る馬場航平(ばば・こうへい)がフォークでパスタをくるくる巻き取り、俺の問いかけに異を唱える。


 確かに兎和は、文化祭の大人気イベントである『栄成生の主張』に登場し、盛大に会場を沸かせていた。それにあのヤロウ……こともあろうか、『Jリーガーになる』だの『全国制覇』だのと、ずいぶん調子こいた宣言をブチかましてくれやがった。


 どちらも、栄成サッカー部の次期エースたるこの俺が叶えるに相応しい夢だ。

 生意気にも程がある。ちょっと前なら、即座に怒鳴り飛ばしていたはず……今回は『誓約書』の件があったから見逃してやったものの、癪に障って仕方がない。


「相馬先輩たちとの『フットサル対決』も話題になってたしよ……神園と兎和が特別席で一緒にプロジェクションマッピングを見るとか、マジでどうなってんだ」


 唐揚げを箸でつまみながら、小俣颯太(おまた・そうた)が口を挟む。

 こちらも正面のソファに座り、相変わらず陰気な雰囲気を垂れ流している。これを『クールでカッコいい』なんて評価する女子もいるから驚きだ。どう見てもキショいだろ。


「黒瀬蓮の参加には驚いたよね。しかも、神園さんが『兎和専属の個人マネージャーに就任した』とかヤバすぎだよ。サポートするなら、鷹昌じゃないと釣り合いがとれないじゃん」


 隣でハンバーガーにかぶりついていた中岡弘斗(なかおか・ひろと)の発言に、俺は激しく同意する。こいつはいつも人の機嫌をうかがってばかりいるが、今回ばかりは全面的に肯定せざるを得ない。


 学内でもっとも優れた男女がくっつく――これこそが正しいカップリングに決まっている。つまり、この白石鷹昌の相手は神園美月をおいて他にいないということだ。


 それにもかかわらず、ペアとして毎度話題に上るのは兎和の方……じゃない方の白石くんごときが、ホンモノである俺を出し抜くなど断じて認められない。


「でもさ、最近の兎和のプレーって結構エグくない? あれも神園のおかげなんかな? だったら、俺たちもまとめてサポートしてくれたらいいのに」


 航平の言うように、近ごろの兎和は圧巻……まあまあ非凡なプレーを試合中に何度も披露している。クソほど腹立たしいが、部内のタメ年ではトップスコアラーだ。


 当然、俺の素晴らしいゲームメイクあってこその記録ではあるが。プレースタイル的に、こっちの手柄は数字に現れにくいからなおさらイラつくぜ。


「とはいえ、あんな急にブレイクするもんか? 神園だって素人のはずだ。いくら『サポート』を受けたと言っても、内容はたかがしれているだろ」 


「愛の力とか?」


「やめろ、バカ。マジありえねーし」


 航平のボケた答えに、颯太が本気で嫌悪感を示す。疑問を投げかけた俺も同じ気持ちだったので、「アホ言うな」と追撃しておいた。


 それにしても……こうなってくると、いよいよ兎和を『モブの陰キャ』と決めつけるのは難しくなってきたな。極めて受け入れがたい話だが。


「まとめると、兎和は……校内でも知られた存在で、神園が専属でサポートするほど期待されているサッカー選手ってことになるな」


「ありえなすぎんだろ! 颯太、寝言ぬかすんじゃねえ!」


 兎和のほうが優れている――そう突きつけられた気がして、思わず食い気味でツッコミを入れてしまった。


 この程度の苦境、この世界の主人公である俺にとっては人生を盛り上げるためのスパイスに過ぎないが、流石に気に食わない。


 くそ、ガチでイライラしてきた。こんなとき、竜也がいれば荒っぽい手段も視野に……いや、だめだ。あのアホの二の舞を演じるのだけはゴメンだ。


 どうやらヤツは、兎和にちょっかいを出したのがバレて部活への参加を禁じられたらしい。先輩からチラッと聞いた話では、ちょっとやりすぎたのだとか。

 まして現在は、重要な大会に挑んでいる最中。余計な騒動を起こせば同じ轍にハマりかねない。


「でもさ、兎和が陰キャじゃなかったとして、今さらなにか変わる? サッカーがうまいからって、『これから仲良くしていこうぜ』みたいなノリ考えられる?」


 兎和と仲良く……弘斗の発言を自分なりに咀嚼し、すぐに答えが出る。

 無論、返事はノーだ。かつて『友達作戦』を仕掛けた記憶もあるが、からまりあった因縁はもはや簡単にほどけそうにない。


 いずれ、きちんと身の程をわきまえさせる必要がある――天啓にも似た予感を抱きながら、目の前の皿からトンカツを一切れ箸でつまんで口に運ぶ。そんな俺をじっと見つめながら、颯太が再び尋ねてくる。


「だったら、また囲ってガツンと食らわすか?」


「それもダメだ……しばらくは関わらない方針でいく」


「しばらくって、いつまでだよ?」


「……高2に進級するまでだ」


 なっが、とみんな揃って驚く。

 仕方ねーだろ。こっちだって、好きで大人しくしているわけじゃない。先ほどチラッと頭に浮かんだ例の『誓約書』のせいで、何かと身動きが取りづらいのだ。


 迷惑をかけない、とかフワフワした条件でサインしたのがマズかった。クソ厄介なことに違反ラインがはっきりせず、必要以上に気を使うハメになっている。揉めないように、最近じゃなるべく顔を合わせないよう避けているほどだ。


 おまけに、ブッチもできない。相手が兎和だけならまだしも、なにせ誓約書を主導したのはあの『山田ペドロ玲音』である。


 交友関係が広く、人望のありそうな玲音を敵に回すのはマズい。あと、なんか異様な迫力があるし……そもそも颯太たちが使えなかったから、俺がサインするハメになったんじゃねーか。コイツラがさっさとCチームに昇格していれば、もっと他にやりようがあったはず。


「結局のところ、今はどうすることもできない感じ?」


 わかりきった質問を口にする弘斗。


 返事するまでもなく、しばらくは状況を見守る以外の手は打てない……つーか、たまには自分たちで行動を起こせよ。指示待ちばかりしてないで、ちっとは頭を働かせろ。イラッとしすぎて、ついトンカツに箸を突き刺しちまったじゃねーか。


 まったく、先が思いやられるぜ。今後もこの無能どもの面倒を見てやんなきゃいけないと思うと、ずんと気が重くなってくる。


 リーダーとして頼りになりすぎるのも考えものだ……とにかく、「お前らも余計はちょっかい出すなよ」と命令しておいた。


 正直、ブチギレ寸前だが今は我慢。来年になったらきっちりケリをつけてやる。待っとけよ、兎和――俺はトンカツの甘い脂を噛み締めながら、荒ぶる感情をどうにか抑えつけていた。


 ***


 制服の衣替えを終えた、10月下旬。

 放課後に私、加賀志保は、仲の良い友人たちとカラオケに来ていた。


「おめでとう、志保! 素敵な一年になるといいね!」


 隣に座る千紗が、何度目かの祝福の言葉をかけてくれる。実は今日、私の誕生日なのだ。そして、仲の良いメンバーが集まってバースデーパーティーを開いてくれている。


 現在はケーキを食べ、皆にもらったプレゼントのラッピングを開けてひと盛り上がりしたところ。さらにいつも率先して場を盛り上げてくれる翔史がマイクを手に取り、歌を熱唱し始めた。


 そんな中、私は千紗と雑談を交わす。話題は……自然に、あるプレゼントの送り主に関するものへと移っていく。


「どうして女子高生へのプレゼントが『電気たこ焼き器』なんだろ……感性がちょっと謎だよね」


「せっかくの贈り物に文句言ったら悪いよ。うちの家族もたこ焼き好きだし、ぜんぜんアリだって」


 私は16歳の誕生日に、初めて男子から『電気たこ焼き器』をプレゼントされた――送り主は、同級生の白石兎和くん。


 本人は外せない予定があってパーティーには来られなかった。けれど、千紗と慎が事前に預かっていたプレゼントを届けてくれたの。それで、さっきラッピングを開けてちょっとビックリしちゃった。


 まあ、普段から奇行が多いと評判の彼だ。このプレゼントのセンスにも納得ね。

 そういえば、文化祭でもなぜか大勢の男子に追われ、上半身ハダカで『栄成生の主張』に登場していたっけ。会場は大盛りあがりだったけど。


 控えめに言って、変人の部類だ……なのに私は、彼に心惹かれてしまっている。サッカーをしている姿にやられちゃったの。


「やっぱり兎和くんが来られないのは寂しいよね」


「うん……そうだね」


 千紗の問いかけに、私は控えめに頷く。

 顔にでちゃっていたのかも……正直、一緒にバースデーを祝ってほしかった。しかしその一方で、どこか胸をなでおろしている自分がいる。


 理由はハッキリしている――これ以上、気持ちを募らせたくないんだ。

 今の私は、兎和くんを好きになる一步手前のボーダーラインに立っている。しかしこの先に踏み出してしまえば、もう後戻りはできない。


 おまけに、辿る結果も薄々目に見えている……おそらく、私たちは上手くいかない。

 兎和くんは、『Jリーガーになる』という夢を本気で追いかけている。実際、強豪サッカー部で目覚ましい活躍を見せ、呆れるほど多くの時間をサッカーに費やしている。


 もし彼の隣に並びたいなら、こちらも本気で『自分の青春を捧げる覚悟』を求められる――少なくとも、私が理想とするような交際は成立しない。現に、誕生日にもかかわらず一緒に過ごせてないしね。


 こうした事情があって、ここ最近はずっと足踏み状態だった。美月ちゃんとの関係が気になり、文化祭ではつい踏み込んでしまったけど、人が来てウヤムヤになって良かったと今は心からホッとしている。


 とはいえ、いつまでもこのままじゃいられない。専属マネージャーやプロジェクションマッピング(後夜祭)の件など、タダでさえ出遅れているのだから。グズグズしていると、きっと不戦敗になってしまう。


「私は、志保も美月ちゃんも大好きだから……どっちかに肩入れすることはできないんだ。ごめんね。でも、最後まで応援だけはさせて」


「気持ちはわかってるよ。ありがとう、千紗。自分なりに納得のいく答えを出せるよう頑張ってみるね」


 理想通りにはいかないかもしれない。それでも、答えを出す日は遠からず訪れる――だから、千紗。その時が来たら、またカラオケでも付き合ってね。

 私はリモコン端末を操作し、明るい恋の応援ソングを予約した。


 ***


「あ~、ダリい。やってらんねえぜ」


「ホントそれな。ヤル気がミリも湧いてこねえし」


 ぐっと気温が下がってきた今日このごろ。おかげで僕、白石兎和は、気分良くサッカーに打ち込めていた……のだが、大木戸先輩たちの機嫌がすこぶる悪い。


 グッチャリしたソックスをその辺に脱ぎ散らかしたり、ベトベトになったレガース(すね当て)を放置したり、やりたい放題なのだ。フォローする僕たち後輩の気持ちになってほしい。


「あァ、兎和ッ! 先輩になんか文句あんのかよ! そう言えばお前、神園さんとイチャコラしてたよな? 見せつけやがって! くそうっ!」


 態度もすっげえ悪いし……原因は、想いを寄せていた3年生の女子マネ、『遠山茜先輩』の交際発覚の一件だ。文化祭でのフットサル対決以降、彼らは完全にやさぐれてしまった。


 だが、反抗期もすぐに収束の兆しを見せる。なにせ、ここは品行方正を尊重する栄成サッカー部なのだ。


「お前ら、最近は素行不良が目立つな」


 トレーニング開始前に、永瀬コーチがCチームメンバーを集めて注意してくれた。

 さすがよく見てくれている。これで、きっと平穏を取り戻せるはず……と僕が期待したのも束の間、なんと大木戸先輩たちは堂々と口答えしてのけた。


「永瀬コーチにはわかんねえっすよ。俺たちの心がどれだけ傷ついているか」


「わかるさ……失恋したんだろ? つらかったよな。だから、俺は力になりたいと思って声をかけているんだ」


「永瀬コーチ……そうだったんすか。話も聞かずに生意気言ってスンマセン」


「なあに、気にすんな。というわけで、これから『高強度ラン』やるぞ! 今日はリカバリー30秒な! 本数は、3本×4セットでいくぞ!」


『なんでッ!?』


 話の流れがおかしすぎて全員驚愕だ。

 そのうえ、指示されたトレーニング内容がエグい……片方のペナルティラインからスタートして、遠い方のゴールラインでターンして戻ってくる。もちろんインターバル走なので、ダッシュする必要がある。


 毎週キツいフィジカルトレーニングの日が設けられているが、そこでもたまにしかやらない地獄のハードメニューだ。


「極限まで体を追い込めば、心の傷なんてすぐに忘れられるだろ。なにより、素行不良が目に余るからな。お前らのソックスくせーんだよ」


 どうしてこんなことに……素行不良は先輩たちだけだったのに、Cチームは連帯責任で全員地獄に道連れとなった。


 それでも、ヒイヒイ言いながら完走した後、疲労から足をブルブル震わせた大木戸先輩たちが謝ってくれたので許してあげた。改心したらしく、すっかり以前の真面目な態度を取り戻している。相変わらずアホな人たちだ……ともあれ、反抗期はこれで終わり。


 そんなこんなで忙しなく時は過ぎ、気づけばカレンダーには『11月』と記されていた。

 合わせて栄成サッカー部のトップチームは、全国高校サッカー選手権大会・二次予選の『Bブロック準決勝』へと順調に駒を進めていた――もう間もなく、熱い冬がやって来る。

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