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第121話

 今年の栄成高校は間違いなく強い。

 快速サイドアタッカーの相馬淳(そうま・あつし)を擁し、創部史上最強と評判だ。


 それを証明するように、春の関東大会では優勝に輝き、夏のインターハイ予選(東京)では準決勝進出を果たした。どちらも強豪ひしめく激戦区を勝ち上がって掴んだ好成績である。


 チームの最大の武器は、多彩なオフェンスバリエーション。各選手が持ち味を最大限に発揮しながら流動性の高い攻撃を展開することで、頼れるエース相馬の突破力も一段と鋭さを増す。


 そんな飛躍を遂げる彼らが迎えた、高校ラストイヤー。

 虎視眈々と狙うのは、もちろん冬の選手権での全国出場だ。


 夏のインターハイ予選では、惜しくも『復活のカナリア軍団・東帝』に敗れ去った。しかし『今年こそは全国へ』の合言葉を胸に、現在開催中の東京二次予選で快進撃を見せている。


 シード校のひとつとして臨んだBブロック3回戦。トーナメントを勝ち上がり勢いに乗る都立高校を相手に、エース相馬が躍動。見事に大勝を収め、幸先の良いスタートを切った。


 続く準々決勝では、近年着実に成長してきた私立高校と対戦。この試合でもボールを支配する危なげない展開から得点を重ね、鮮やかな完封勝利を飾る。


 ベスト4が激突する準決勝においては、アグレッシブな守備を武器とする『実堂学園』との組み合わせが確定した。実績と伝統を兼ね備える名門に、新興の強豪である栄成はいかに挑むのか。その戦いぶりから目が離せない。


 この試合に勝てば、念願の全国出場へ王手がかかる。創部史上最強と名高い栄成イレブンの冬の冒険は、果たしてどのような結末を迎えるのだろうか――取材・文、土井朋章。


「……おお、すげえ。相馬先輩の写真、めちゃカッコいいな」


 冬の足音が間近で響く、ある週末の夜。

 パジャマを着て自室のベッドに入った僕は、スマホで『熱サカ』のサイト内特設ページを眺めていた。


 冬の選手権の予選も大詰めに近づき、全国的な注目度も増している。その影響か、こうして各地の高校を取り上げた記事が頻繁にアップされていた。


 ちなみに、『熱サカ』はサッカー専門のインターネットメディアだ。毎年、この時期には高校サッカーの特集を組んでいるらしい。普段あまりみないのでよく知らないが。


 それはそうと、相馬先輩は本当に有名なのだと改めて実感した。

 栄成サッカー部にフォーカスした記事に加え、ドリブルシーンの写真が掲載されているのだが……これ、めちゃんこカッコいい。


 他のページでは、全国の予選を戦う猛者たちが紹介されている。つまり、今大会の注目選手の一人としてピックアップされているのだ。


 試合を勝ち進めば、メディアへの露出もどんどん増えていくはず。差し当たっては、明日の試合を制することが肝要となる――実は、準決勝がもう目前にまで迫ってきていた。


 ここを突破すれば、残すは決勝のみ。いよいよ全国出場も現実味を帯びてくる。先輩たちのヤル気は怖いくらいに高まっているが、応援する側の熱量だってハンパない。


 当然、明日も大応援団を結成して勝利を後押しする。学校側も動員をかけており、今年最大の規模となるのは確実だ。


 個人的にも、どんなプレーが見られるのか楽しみで仕方ない。

 そんなわけで、そろそろ眠るとしよう。時刻はすでに深夜を回っている。


 スマホの画面と部屋の電気をオフにして、僕は本格的に夢の世界へと旅立つ――そして、迎えた翌日。具体的には、11月に入って二度目の日曜日の昼前。


 東京都北区にある『味の音フィールド西が丘』で、試合開始を告げるホイッスルが響き渡る。全国高校サッカー選手権大会・二次予選(都大会)、Bブロック準決勝が火蓋を切った。


 空は快晴。秋麗の冴えた青に、飛行機雲がまっすぐ白い軌跡を描く。

 気温はやや低めだが、選手にとってはパフォーマンスを発揮しやすい環境だ。しかも、ここはアマチュアサッカーの聖地。


 当然、会場のボルテージはうなぎのぼり。大声援を受ける『栄成高校(青)VS実堂学園(白)』の一戦は、キックオフ直後から激しい攻防が繰り広げられた


 怒涛のハイプレス戦術を仕掛けてくる実堂学園、コンパクトな陣形を保ちつつポゼッションサッカーを展開する栄成――この構図で試合は進む。球際も激しく、思わずヒヤッとするデュエルが頻発した。


 そんな中、さっそく試合が動く。

 前半13分。ワンタッチを交えたパスワークで相手のプレスを剥がした栄成は、中盤からディフェンスラインの裏へすかさずスルーパスを送る。


 このボールに反応したのは、頼れる大エース相馬先輩。電光石火の裏抜けからドリブルで独走し、最後はキーパーとの読み合いを制して冷静にゴールネットを揺らした。


 激しい攻防とは裏腹に、あっさりと決まった先制点。僕たち栄成応援団は歓声を上げて盛大に沸き立つ。

 続く前半34分には、ぐっと勝利を引き寄せる追加点が生まれる。


 巧みなチャンスメイクが光るOMFの森島遥人(もりしま・はると)先輩と、運動量豊富な右SHの川村哲也(かわむら・てつや)先輩のコンビが決定機を創出。ペナルティボックス内でボールを受けた味方FWが右足を振り抜き、豪快にゴールを奪う。


 無論、実堂もただ黙ってやられるわけではない。

 後半に突入するや、ハイプレスのギアを数段上げて猛然と襲いかかってきた。どう見てもスタミナ度外視の攻勢だ。スタンドの向こう側に陣取る相手応援団から、一層熱の入った声援が轟き始める。


 実際にこの猛攻が上手くハマり、栄成ディフェンスラインのパスミスを誘発。そのままショートカウンターを繰り出して1点を返す。


 これで、スコアは『2-1』。

 逃げる栄成、追いすがる実堂――以降も息をつかせぬ攻防が繰り広げられる。


 後半も折り返しをすぎると、両チームのプランはよりハッキリしてくる。実堂はスタイルを貫き、同点弾を奪うべく俄然前掛かりになる。対して栄成は、得意のポゼッションに固執せず、手堅くカウンターを狙う戦術へシフトした。


 両指揮官も、この流れに乗る形でリザーブメンバーをピッチへ送り出す。

 そして迎えた後半28分、明暗がくっきりと分かれる。


 試合を決定づけたのは、あっけないほどシンプルなプレーだった。

 攻め込む実堂に対し、栄成はきっちり守備ブロックを作って対抗していた。が、CBにしてキャプテンマークを巻く荻原先輩がボールを奪い、美しい弾道のロングフィードを放つ。


 同時に、やはりこの男が走り出していた。そう、我らが大エースの相馬先輩だ。

 彼はオフサイドにかからないタイミングでディフェンスラインの裏へ抜け出し、またしてもキーパーとの『1対1』を制して得点を決めた。


 実堂は前掛かりになりすぎたうえ、体力の限界を迎えて集中を切らしかけていたのだろう。そこに、間隙を縫うようなロングフィードが放たれたのだ。


 加えて、これがトドメの一撃となった。相手はがくんとペースを落とし、栄成はリードを保ったままタイムアップを迎える。


 最終スコア、『3-1』。

 激闘の末、栄成高校はとうとう『Bブロック決勝』へ進出を果たす。


 総立ちとなったスタンドから割れんばかりの歓声がピッチへ降り注ぎ、渦巻く熱狂はいつまでも収まる気配を見せなかった。


 それからまた時は流れ、翌週の日曜日――僕たち栄成サッカー部は『駒沢オリンピック総合競技場』で念願の瞬間を迎え、澄んだ霜秋の空のもと狂喜乱舞していた。


 本日の正午過ぎ、全国高校サッカー選手権大会・二次予選(都大会)のBブロック決勝が開催され、つい先ほどタイムアップを告げるホイッスルが響き渡った。


 現在、会場のスコアボードには『栄成3―星越2』と表示されている……すなわち、栄成は東京予選を見事制し、冬の選手権への出場権を獲得したのだ。


 試合は、まさに死闘と言うべき内容だった。

 相手は昨年のブロック王者、私立星越高校。何度も冬の選手権に出場し、近年の東京予選では連覇を達成している名門だ。


 そんな格上の強敵に対し、栄成は一步も引かずに戦い抜いた。気迫をむき出しにして文字通り激突し、怪我人が発生するほど熾烈な展開を乗り越えて勝利を得た。


 本当にしびれたな……試合序盤は点の取り合いとなり、終盤まで同点(2-2)のまま進む。土壇場に相馬先輩がドリブルで切り込んでPKを獲得し、自ら渾身のシュートを決めてこの死闘に幕を引いた。


 タイムアップのホイッスルが鳴った瞬間、全校応援となり総勢1000人近くにまで膨れ上がった栄成大応援団が歓喜の声を轟かせた。


 その後、もう一度メインスタンドから爆発的な歓声があがる。優勝旗授与などのセレモニーを経て、嬉し涙を流す荻原先輩が皆の前で優勝カップを掲げたのだ。

 こうして創部史上最強と名高い現トップチームは、ついに全国への切符を手にしたのである。


 本当に信じられないほどの快挙だ――けれど数日後、もっと信じられない出来事が僕を待ち受けていた。


「これより、選手権に向けて選抜した『特別編成チーム』のメンバー発表を行う」


 豊原監督はその日、ピッチに集合した全部員を見渡しながら、冬の選手権へ向けた特別編成チームの発足を宣言した。


 続いて、選抜メンバーの発表が行われる。当然のことながら、二次予選を勝ち抜いたトップチームが軸となっている……のだが、終わり際に特大のサプライズが用意されていた。


「将来を見越して、1年生からも数名を選抜した。チームに帯同し、貴重な経験を積んでほしい。では、発表する。まずは里中拓海、次に山田ペドロ玲音。ラストは、白石――」


 その刹那、視界の端に映り込む白石(鷹昌)くんがふっと口元を緩める。

 しかし一拍置いて、周囲の空気ごと表情を凍りつかせた。


「――白石兎和。以上、特別編成チームの発表は終了だ」

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