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第155話

 兎和先輩を尾行して叱られた数日後のこと。

 部活のトレーニングを終えた俺、久保寿輝(くぼ・ひさき)は、ナイター照明が灯るピッチで自主トレに励むべく黙々とマーカーを並べていた。


 本当は兎和先輩の自主トレに混ざりたかったけど、専属マネージャーの神園先輩にすげなく断られていた。そのうえ美しくも冷たい青い瞳で睨まれ、キツく口止めされるのと同時に今後は邪魔しないよう釘をブッ刺されてしまった。


 超絶美人に凄まれるのが、あんなに怖いとは思わなかった……だから、仕方なく栄成のピッチを使用することにしたのだ。ちょうど先輩たちも外部へ出払っており、スペースにも余裕があったし。


「おー、寿輝。まだやんの?」


 諸々の設置が終わり、俺は体を動かそうと位置につく。そのとき、こちらへ近寄ってくる2人の同級生部員の姿が目に入る。


 声をかけてきたのが、坂東理玖(ばんどう・りく)。ポジションは右SH希望。

 そのやや後ろにいるのは、有村悠真(ありむら・ゆうま)。ポジションは、同じく右のSB希望。


 両者とも、Jリーグアカデミーの出身だ。ユース昇格を逃したとはいえ、栄成サッカー部に今年入部したメンバーの中じゃトップレベルの実力を持つ。


「お前たちも自主トレか? だったら、一緒にやろうぜ!」


 現状そこまで仲良くはないが、同じチームのメンバーだ。交友を深めて損はない。何より声をかけてくれたのが嬉しくて、笑顔で返事をする――ところが有村のやつ、いきなり俺の地雷を踏み抜きやがった。


「やる気満々だな。寿輝って、駒場瑞邦から外部進学してきたんだろ? もったいねー。進路間違ったんじゃね?」


「……この選択が正解だ。栄成なら選手権で優勝を狙える。俺はその先に進んで、プロになる」


「ウケる。モチベ高すぎだろ」


「そう言うお前は、ヤル気ねーのかよ」


 俺が睨むと、有村は人をおちょくるような薄笑いを浮かべた。続けて、「あんまヤル気ねーな」とふざけた口調で切り返してきた。


 その瞬間、ブチギレそうになった。栄成のセレクションに落ちたやつだっている。特に今年はレベルが高かったと聞く。にもかかわらず、『ヤル気がない』とか平然とのたまいやがって。


「笑わせんなよ、寿輝。ヤル気のない俺程度に押しのけられた奴らだぜ? もとから実力不足だ。それに知っての通り、俺はJリーグアカデミー出身なわけよ。まあ、ユースに上がれなかった落ちこぼれだけど」


「……何が言いたい?」


「現実をわかってない、って話。選手権で優勝とか、ましてプロを目指すとか――そんな夢を堂々と口にできんのは、本物の才能との差を理解できてないからでしょ」


 お前なんかちょっとサッカーが上手いだけ。それくらいのレベルの選手は全国にゴロゴロいる。どうせプロなんてムリなのに熱くなりすぎ――全中サッカー大会で敗れたあの日のロッカールームが、ふとフラッシュバックする。


 そのせいだ……俺は今度こそ堪えきれず、声を荒げていた。


「うるせえッ、そう簡単に諦められるかッ! やってみねーとわかんねーだろ!」


「いいや、わかるね。プロなんて無理に決まってる」


「てめえ、いい加減黙れッ!」


 俺はさらに激昂し、有村の胸ぐらを掴み上げていた。それでもヤツは、腹立たしい薄笑いを消そうとしない。


 コイツはダメだ、性根がひん曲がってやがる。いっそぶん殴ってやった方が真っすぐに治るかも、と思わず左の拳を握り込む。


「ちょっ、お前ら!? なんでいきなりケンカしてんの!?」


 一瞬即発となった俺と有村の間に、坂東が慌てて割り込んでくる。他にも、近くでこの騒動を見物していたらしきタメ年のメンバーが仲裁に入り、強引に引き離された。


 ちょっと熱くなりすぎたか……いいや、ぜんぜん納得いかねえ。せめてもの憂さ晴らしに、改めて問いかける。


「有村、テメーは何しに栄成に来たんだよ」


「サッカーはほどほどにして、青春を謳歌するために決まってんだろ。この学校はキレイだし、環境がいいからな。人生でたった3年しかない貴重な高校生活だ。精々楽しまなきゃ損だろ」


「お前はもう黙ってろ……なんか悪かったな、寿輝。自主トレ頑張ってくれ」


 坂東は、有村の首根っこを掴んでこの場から去っていく。他の皆も、『もうケンカすんなよ』と言い残して散っていった。ただひとり残された俺は、どうしようもない憤りを持て余していた。


 クソが……プロなんてムリだと? そんなセリフ、こっちは聞き飽きてんだよ。瑞邦の連中に腐るほど浴びせられてきたんだ。だいたい、頭じゃとっくに理解している。内部進学で勉強を続けて、いい大学にでも入った方が人生安泰だって。 


「でも、心が納得しねーんだ――だから、俺は今ここにいんだろーがッ!」


 衝動に駆られるまま、近くに転がっていたオレンジ色のボール目掛けて踏み込み、思いっきり左足を振り抜く。


 勢いよく放たれたシュートはゴールのずっと上を通過し、防球ネットに直撃。乾いた音が、ナイター光に浮び上がるピッチに虚しく響き渡った。

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