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第156話

 カーム社は、栄成サッカー部と正式にスポンサー契約を交わした。


 そのおかげで、僕たちプログラム受講者は、部活がある日でも同社が提供するフィジカル測定やグループセッション(合同練習会)に参加できるようになった。もちろん対象は通常のトレーニング日に限られるが、いわゆる『公欠』として扱われるようになったのである。


 そして本日の放課後、僕はその公欠を申請していた。他にも、玲音、拓海くん、大桑くん、小川くん、池谷くん、といったいつメンも一緒だ。ほぼ同じ時間帯に、カームでのフィジカル測定の予約を入れてある。


 ただし現在は、2年A組の教室に集まって雑談中。予約した時間まで少し空きができたので、ヒマを潰している。

 すると、拓海くんがこんな話題をふと切り出した。


「そういや、寿輝のやつがさっそく他の部員と揉めたってな。相手の胸ぐら掴んで、一瞬即発だったらしいぜ」


 その話、チラっと耳にした。

 僕が尾行されてから数日後に起きた出来事だ。トレーニングを終えた寿輝くんが、同級生メンバーのひとりと口論になったあげく掴みかかったらしい。


 周囲で様子をうかがっていたメンバーたちが慌てて止めに入って事なきを得たが、そうとう熱くなっていたのだとか。


「さっそく揉めごとか……すげえ不謹慎だけどさ、これぞ栄成サッカー部って感じがするな」


 この小川くんの発言には、みんな『わかる』と思わず頷いていた。

 確かに不謹慎極まりない……だが、栄成サッカー部にとって騒動はつきもの。もはや恒例行事と表現しても過言ではない。


 もっとも、他の高校のサッカー部も似たようなものだろう。事実、東帝の黒瀬蓮くんはしょっちゅう問題を起こしているみたいだし。


 それにしても、うちもホント騒動には事欠かないよなあ……僕たちの代も、去年散々トラブルを起こしてきたし。現在進行系で燻っている火種だってある。


「まあ、揉めるのは別に悪いことじゃない。程度をわきまえ、しっかりアフターケアできればの話だがな。俺たちも衝突したからこそ打ち破れた壁がある」


 しみじみとした玲音の呟きに、ふと過去を想起する。


 入部当初、セレクション組と一般組の間には溝があった。僕個人に目を向けると、当時は腐りきっていたよな……それから、陰キャ同盟と優等生連合、白石(鷹昌)くん派閥、三つ巴の対立が勃発。美月の介入により直接的な被害はなくなったものの、かなりバチバチだった。


 やがて『兎和チーム』の結成を機に、陰キャ同盟と優等生連合は緩やかに融合していき、現在の玲音と拓海くんを筆頭としたグループへ形を変えた。相変わらず、白石くん派閥とはうまくいってないが。


 そう考えると『雨降って地固まる』ではないが、後輩たちも段々とちょうどいい感じにまとまっていくのかもしれないな。


「でも、あまり揉めるようなら少し手助けしてやろうよ。俺たちも先輩になったんだしさ」


 池谷くんの意見に、僕も大賛成。

 去年はCチームだった大木戸先輩や古屋先輩を始め、トップチームの相馬先輩たちにめちゃくちゃお世話になった。


 おかげで、僕は大きく成長できた。何より、ポコチンモンスターバトル――この栄成サッカー部の伝統だけは、下の世代に引き継いでいかなくてはならない。これは絶対だ。


「あと、マジでやり過ぎには注意しておかないとね。関東大会も始まってるし」


 トラブルで出場停止なんて困るよ、と心配げに眉を寄せる大桑くん。

 実は先日、本年度の『関東高校サッカー大会』の東京予選がスタートしていた。新人戦(地区予選)を勝ち抜いた30校が名を連ね、トーナメント形式で激突する。


 栄成は昨年、先輩たちの活躍により本大会を制している。その偉大な功績により、東京予選からのエントリーとなった。そして連覇へ挑む初戦が、いよいよ今週末に開催される。


 先ほど名前を思い浮かべた蓮くん擁する東帝など、『サッカープリンスリーグ・U18』以上の公式リーグに参加する高校は不出場となっている。それでも、熾烈な戦いが繰り広げられること間違いなしだ。


「確かに、余計なトラブルは勘弁だな……とはいえ、個人的には後輩の指導よりもサッカーに集中したいかな。兎和はバリバリスタメンで出るだろうけど、俺もどうにかベンチ入りくらいしたい」


 拓海くんの発言を受け、玲音が「同じく」と重々しく頷く。


 共にAチーム所属だが、僕は安定して対外試合に出場させてもらっている。一方、いまだベンチ外が続く二人。けれど、ここ最近は部内の対抗戦などで素晴らしいプレーを連発しており、存在感もマシマシだ。


 おそらく、ベンチ入りまではもう一息だろう……と、永瀬コーチがこの前こっそり教えてくれた。


 他の皆も、『自分たちのことが最優先なのは当然だ』と同意を示す。

 大桑くんたちはBチームのスタメンを奪取しており、目下Aチーム昇格を目指して奮闘中。こちらも近いうちに動きがあるのでは、と個人的に予想している。


「とにかく、引き続き集中して頑張っていこうぜ。そしたら、すぐに夏がくる――福島Jヴィレッジでのインターハイだ」


 大会の規模から、どうしても冬の選手権ばかりに注目が集まりがちだ。が、夏のインターハイも紛れもなく高校サッカーが誇るビッグタイトルのひとつ。


 また数年前より、『福島Jヴィレッジ』での固定開催となっている。つまり、夏の聖地を目指す戦いが僕らを待ち受けているのだ。


 だけど、僕は暑さが苦手なんだよな……しかも遠征先ともなれば、食事の問題も出てくる。この頃は、遠征のたびに数キロ痩せて戻ってくるのがお決まりとなっている。


「つーか、俺たちも気づけば高2か。この分だと、あっという間に卒業だな……このまま彼女できなかったらどうしよう」


 恐ろしい未来を予見し、小川くんは頭を抱える。

 サッカー部は学内でもひときわ目立つ存在だ。それに選手権以降、試合の応援に来てくれる女子生徒も増加傾向にある。だがしかし、モテるかどうかは完全に個人差による。


 特に、南米ハーフイケメンの玲音などはサッカー部の中でも人気がある。高身長爽やかイケメンGKの池谷くんも評判だが、彼女持ちということで一線を引かれている印象で……って、あれ? 


「玲音も彼女持ちじゃなかった?」


「おう。彼女というよりは、プリンセスが正解だけどな。写真見るか?」


 僕がポロッとこぼした疑問を拾い、玲音がスマホを取り出す。

 おお……すっかり忘れかけていたけど、ついに秘密のベールを脱ぐらしい。みんな興味津々で、揃ってぐっと前のめりになる。


「この子が、俺のプリンセスだ」


 そう言って差し出されたスマホの画面には、ドレス姿の小柄な女の子が映し出されていた。


 肌はほんのり褐色。つやつやした黒髪をポニーテールにまとめて、元気いっぱいに微笑んでいる。とりわけ、くりくりした大きな瞳が印象的だ。顔立ちは、どう見てもハーフって感じで……というか、なんか玲音に似てないか?


「似てるって? 当然だ。俺の妹だからな」


「え? プリンセスって、もしかして妹のこと?」


 そうだ、と玲音は頷く。続けて困惑顔の僕たちに対し、妹をプリンセス扱いする理由を教えてくれた。


「俺と妹の『エレナ』は、見た目が日本人って感じではないだろ? だから昔は、うまく友だちの輪に入ることができなかったんだ。イジメとかじゃないがな」


 日本人離れした顔立ちを持つ兄妹は、小さい頃からどこへ行っても『外国人』として扱われていた。そのせいで周囲に一歩引かれることが多く、苦労が絶えなかったという。


 それで玲音は、時間が許す限り妹の面倒を見るようになった。自分みたいに寂しい思いをさせまいと心に決めて。その一環として、『エレナはプリンセスだから、みんなが自然と遠慮してしまうんだよ』と慰めてきたそうだ。


 だから、うちの妹はプリンセスなんだ、と玲音は穏やかに微笑む。


「そんなわけで、中学まではこの外見をけっこう気にしてたんだ――でも俺自身のことを言えば、栄成に入って変わった。サッカー部であーだこーだと揉めているうちに、すっかり気にならなくなっていたんだ。だってお前たちときたら、すぐ当たり前のように接してくるんだからな」


 入学当初、玲音は意識して社交的に振る舞っていた。本人曰く、それは処世術のひとつだったらしい。ところが、たちまち栄成サッカー部の派閥争いに巻き込まれ、細かいことを気にしている余裕もなくなった。


「今思えば、兎和が一番のきっかけかもな。俺を仲間にしてくれたあのときから、状況が大きく変わり始めたんだ。ありがとうな、相棒」


「玲音……急に泣かせること言いやがって! 仲間にしてもらったのは、僕の方だっての!」


 思わず込み上げてくるものを誤魔化すように、相棒の肩に腕を回してじゃれついた。

 同時に、意外と付き合いが悪い理由にも納得だ。よく考えれば、玲音と遊んだのは夏休みのグランピングだけだったな。


 少しでも長く、家で妹さんと一緒に過ごしたかったのだろう。ハードな部活に加えて自主トレも並行していたのだから、さぞ大変だったに違いない。


「そうそう、うちの妹に関してはもう大丈夫そうだ。この春、中学生になったんだが、成長して周囲に馴染むコツを覚えたらしい。普通に友だちもできたみたいだしな。俺はお役御免だよ」


 嬉しい補足を聞いた僕たちは、顔を見合わせてホッと笑みをこぼす。

 やがて時間になり、揃って学校を後にする。その頃になると、以前よりもぐっと親近感が増しているような気がした。


 ***


 カーム社でのフィジカル測定を終えた僕は、トラウマ克服トレーニングに取り組むべく美月と合流した。場所は、恒例の三鷹総合スポーツセンター。もちろん芋ジャージ姿の涼香さんも一緒だ。


「あら、また身長が伸びたのね」


「うん。175センチこえた」


 ナイター照明が灯る芝生のグラウンドで、うさぎ柄のレジャーシートに腰掛けて軽食をぱくついていた。すると隣に座る美月が、手元のタブレット端末を眺めつつふと気づいたように言う。


 画面に映っているのは、僕のフィジカルデータ。さっき計測したばかりの出来立てほやほやの情報だ……どうして閲覧できているか、なんて野暮な質問はすまい。


「正直、あんまり身長伸びてほしくないな……体の重心が変わって、プレーに支障がでるのは困る」


「うーん……そうねぇ。でも、この伸び率ならそこまで心配しないでも大丈夫そうよ」


 現状は緩やかな曲線を描いているため、美月は「もし伸びても数センチじゃないかしら」と予想していた。


 僕も高身長への憧れは人並みにあるのでちょっと複雑だが、サッカーにフォーカスした場合はそう悪いことじゃない。


「それならいいけど……というか、今日は用事ないの?」


「うん。今日はもう終わらせてきたから」


 美月はここ数日、プライベートが多忙気味。なにやら、お稽古事の関連でいくつか予定が入っているそうだ。詳しく内容を尋ねれば、バイオリンとお花だって……上流階級すぎる。


 そもそも、これまではどうにか時間を割いてサポートしてくれていたのだろう。本当に頭が上がらない。


「……美月、忙しいのにいつもありがとう」


「どういたしまして。でも、今はお付き合い程度だから別に忙しくもないわよ。それほど上手でもないし。ただ去年サボりすぎて、マ……うちの母に、少し穴埋めをするよう言われちゃったのよね」


 昔から様々な習い事をしてきたそうだが、現在はどれも軽く嗜む程度らしい。それでも、しばらくはお付き合いで忙しくなるみたい。


 ちょっと……どころか、だいぶ寂しい。いずれにせよ、涼香さんとトラウマ克服トレーニングに励む時間が増えそうだ。


 だが、その日のトレーニング中。

 僕の心を一瞬で晴れやかにする出来事が待ち受けていた。


「あぁぁあああっ、溜まった! 見て、美月! 青春スタンプカードが埋まったぞ!」


「おめでとう、兎和くん! 素敵なイベントを用意しなくちゃね!」


 進級して早々、第5回目の青春スペシャルイベントの開催決定です!

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