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第159話

「なあ、美月。僕には、いったい何ができるのだろう……」


「どうしたの? 急にそっち系の哲学にでも目覚めた?」


 寿輝くんと有村くんにコンビニでばったり遭遇し、いろいろと話を聞いてからはや数日。


 あれ以来、僕はずっと悩み続けている……あのときは結局、気の利いた言葉ひとつかけてあげることができなかった。


 自分のコミュ力の低さが恨めしい。できるなら、寿輝くんの気持ちを軽くできるようなフォローがしたかった。あの場にいたのが玲音や拓海くんだったら、もっと違った対応を取っていたのかな……とか自問する日々だ。


 だから、ついポロっと心の声をこぼしてしまった。


 すると美月は、ピカピカ光るシャトルをレシーブするのも忘れ、不思議そうに首をかしげた――僕たちは現在、ナイター照明が灯る芝生グラウンドでバドミントンを楽しんでいた。


 本日のトラウマ克服トレーニングは、リカバリーがてらのリラックスタイムとなった。関東大会予選の第二回戦を間近に控えているためだ。


 しかし、皮肉にも脳ミソのリソースに余裕がある分だけ、一向に解決の糸口が見えない悩みが不意に頭をもたげてくるのだった。


「ここ数日、何か考え込んでいるとは思っていたけど……交換日記にも書く気配がないし、あえて聞かなかったのよね。私にも秘密なのかな、って。それで、今回はどんな問題を抱えているのかしら」


 どうやら美月はお見通しのようだ……正直、何度も相談しようか迷った。


 実際、寿輝くんも『この前お世話(自主トレに乱入)になったので、神園先輩になら知られても問題ないっす』と言ってくれている。そもそも積極的に開示はしないが、かといって秘密にしているわけでもないそうだ。


 けれど、僕はこれでもデリカシーをわきまえた先輩のつもりである。

 だから、直接的な言及は避けていた。


 とはいえ、ひとりで抱え込んでいては解決しそうにないのも事実。それに美月なら、すぐに答えを導いてくれそうな気も……あ、そうだ。自分の立場に置き換えて相談してみるのはどうだろう? 


 それならば、後輩の抱える葛藤を暴露したことにはならないはず。問題は、僕がうまく言葉にできるかだけど……そこは、美月が察して逆にうまく誘導してくれるかもしれない。


 何かと鈍いこの頭を働かせて、ちゃんと伝わるよう頑張ってみるか。

 僕は右手に持つラケットのガットをイジりながら思考を整理し、改めて口を開く。


「た、例えば、美月が同じサッカー部の先輩だったとして……僕が昔のチームメイトにイジられているのを見たらどうする?」


「それ、どんなシチュエーション?」


「あー……相手の所属チームとたまたま試合することになって会場でばったり、みたいな感じかな」


「ぶっ飛ばす? かなぁ」


 お、おう……即座に物騒な答えが返ってきた。

 小首を傾げて茶目っ気たっぷりな口調だが、彼女ならガチでやりかねない。いまだに本人は受け入れてないが、普通に血の気の多いタイプなのだ。


「ふふ、冗談よ。でも、文句くらいは絶対に言ってやるわ」


「あ、ありがとう……けど、それもナシね。美月が反撃されるかもしれないし。というか、間接的に見返す方法とかないの?」


 僕のために怒ってくれるのはすごく嬉しいけど、相手が逆上して襲いかかってこないとも限らない。普段は思慮深いのに、熱くなると無茶しがちだから注意しないと。


 それはともかく、今は寿輝くんの件だ。できる限り穏便な方法で、元チームメイトたちをギャフンと言わせてやりたい。


「間接的、ねぇ……兎和くんが何を知りたいのかイマイチ判然としないけど、要は昔のチームメイトたちを見返してやりたいって話なのよね? だったら、対戦する試合で活躍するのがシンプルで一番効果ありそうだけど」


「あー、だよね……でも、僕が試合に出られないとしたら?」


「代わりに先輩の私が出られるなら、圧倒的な実力で叩き潰してあげる。二度と立ち上がれないくらいの屈辱をその身に刻んでやるわ! それで、こう言うの――『兎和くんは、こんなに強いチームで切磋琢磨してるんだ。今に選手権の優勝メンバーに名を連ねるぞ』ってね」


 プレーするステージの格が違うってことを思い知らせてやる、と美月は豪語する。


 ここまでいくと、いっそ痛快だな。こんな弱い連中の言葉に囚われていたなんて、と拍子抜けするに違いない。そうやって相手が小さく感じられれば、自然とわだかまりも薄くなっていく……これは、寿輝くんの件にも応用できそうだ。


「それでね、そのまま兎和くんの関心を独占しちゃうの――その瞳に映るのは私だけでいい。余計なことを考えていないで、こっちを見ていなさい」


 言って、ラケットをビシッとこちらへ突きつける美月。

 思わず見惚れてしまうくらいに決まっていた。


 ここで『ずっと前からキミしか見ていなかったよ』なんて返せたら、きっと僕もモテ男に仲間入りできるのだろう……まあ、ぜんぜん無理なんだけどね。


 根っからのモブ陰キャは、ドギマギして口をパクパクさせることしかできないのである。前に『駆け引きする』とか決めたクセに、これじゃあ立場がまるっきり逆じゃないか。


「あはは、本当に2人は見ていて飽きないね。いつも楽しそうで何よりだよ」


「あ、話聞いていたんですね……」


 僕がテンパっていると、安定の芋ジャージ姿の涼香さんが楽しげに声をかけてくる。いつもレジャーシートでソシャゲに熱中しているのに、ちゃんとこっちの状況も把握しているんだよな。マルチタスクが得意なのかも。とても羨ましい。


 涼香さんはさておき、美月のおかげでなんとなく見えてきた。

 先程のアドバイスを自分用にアレンジすると……駒場瑞邦戦で僕が大活躍して圧勝し、寿輝くんに衝撃を与えてやればいい。ちょっと荒っぽいが、元チームメイトなんて眼中に入らなくしてやるのだ。


 心囚われたままの『過去』をより強いショックでぶち壊し、まっすぐ前を向けるようにする――少しだけ、僕にとっての美月と重なる部分がある。


「ふふ、いい顔になってきたわね! 兎和くんも、もうすっかり先輩なのねぇ」


「別に先輩ぶってるわけじゃ……いや、待て。もしかして美月、勘づいてない?」


「あら、何のことかしら。それより、次の試合がとっても楽しみだわ! 軽く5点は取ってやりましょう!」


「それもう、完全に察しがついてるやつじゃんか……」


 笑顔でとんでもない目標を勝手に設定する美月。

 そりゃあちょっと無茶だ……が、永瀬コーチにフルタイムで出場できないか、迷惑をかけない範囲でお願いしてみよう。


 僕が試合に出る際は、いつもフルでいけるかコンディションを尋ねられる。無理すると体調を崩すから配慮してくれているみたい。


 ともあれ、方針は定まった。

 やってダメなら、また別の形でフォローできないか考えたらいい。


 次の試合、プレーで語ると勝手に決めた。口下手な僕は、サッカーを通じての方がよっぽど正確に思いを伝えられる。ある意味、選手にとって最もメッセージ性の強いコミュニケーションだ。


 関東サッカー大会の連覇を目指し、予選の段階から一切手を抜かず駆け抜けるつもりだった。そして、勝ちたい理由がひとつ増えた。


 不意に心臓が鼓動を強め、胸の奥で蠢く闘志が一段と熱量を増す――もう間もなく、絶対に負けられない戦いの幕が上がる。

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