天候は晴れ、気温はやや暖かめ。サッカーをするにはなかなかのグッドコンディションだ――4月下旬の最初の土曜日。時刻は正午すぎ。
僕たち栄成サッカー部の『A・C・Dカテゴリー』のチームメンバーは、関東サッカー大会・東京予選の第二回戦へ臨むため、駒沢オリンピック総合競技場を訪れていた。
同所は、昨冬の選手権予選でBブロック優勝を飾り、大会本戦では青森田山と激闘を繰り広げた思い出深い会場だ。
ただし本日は、約2万人を収容可能なメインスタジアムではなく、その奥にある第二球技場が舞台となる。スタンド収容数は1600人ほどらしい。
なお、大桑くんたちが所属するBチームは別のリーグ戦と日程が重なり、応援には不参加。少し寂しいものの、互いにベストを尽くすことに変わりはない。
そもそも、こっちはこっちで『懸念事項』を抱えていて、他に気を回す余裕がなかったりもする。
「兎和先輩、スクイズボトルの準備オーケーっす」
「あ、ありがとう。テーピングはある? 堀先輩が探してたから持っていってあげて」
付帯施設のロッカールームで、僕はチームメンバーたちと共にじっくり試合の準備を整えていた。そばには、チームジャージを着た寿輝くんの姿がある。
今回Dチームメンバーの数人は、こうして女子マネさんの仕事を手伝うよう監督から指示されていた。そして『懸念事項の核』である彼も指名されていたので、あれこれ用事を作って近くにいてもらっている。
では、なぜ僕がこんな回りくどいことをしているのかと言えば……それは、これから発生するであろう騒動に立ち会うため。
おそらく寿輝くんは、対戦相手である駒場瑞邦のメンバーたちと顔を合わせたら一悶着起こす。軽い口喧嘩くらいするはず――その際、ちょっと介入させてもらいたい。
美月に相談して、僕はプレーで語ると決めた。ただその前に一度、相手(寿輝くんの元チームメイトたち)の反応を見ておきたかったのだ。
もちろんうちの後輩が嘘をついているとは思わないが、少し過剰に反応している可能性もなくはないので。騒動を穏便に抑える狙いもある。
「兎和先輩……今日の試合、マジ頑張ってください! 喉が枯れるまで応援します!」
何か感じ取ったらしく、寿輝くんが神妙な顔つきで声をかけてきた。
僕はサムズアップしつつ「任せて」と答える。同時にプラクティスシャツの上からチームジャージをはおり、ウォームアップを行うべく一緒にロッカールームを出る。
すると、案の定。
ピッチへ繋がる入場ゲート付近に差し掛かったところで、「おい、寿輝!」と背後から声が飛んでくる。
「お前ら……」
「久しぶりだな! メッセ既読スルーとかやめてくれよ」
僕たちが足を止めて振り返れば、えんじ色のジャージを着た賑やかな男子集団が近づいてくる。
具体的な数は5人。しかめっ面を浮かべる寿輝くんの反応からして、彼らが駒場瑞邦の元チームメイトたちなのだろう。というか、胸のエンブレムからして確定だ。
「そんで、調子はどうだ? Jリーガーになれそう?」
「もちろん今日の試合は出るんだよね? プロになるとかあんだけイキってたんだから、スタメン以外ありえないでしょ」
あー、これは……元チームメイトたちは挨拶も早々、遠慮なしに寿輝くんの感情を逆撫でするような言葉を浴びせかけてきた。ニヤニヤと嫌な笑みまで顔に貼り付けてやがる。
どうやら、彼らの関係はかなり拗れてしまっているようだ。この分だと、事前に聞いていた話と大きな食い違いはなさそう。
「うるせえ……俺は、今日の試合には出られない。悔しいがベンチにも入れなかった」
「おいおい、冗談キツイって。寿輝、勉強から逃げてサッカー選んだんじゃないの? もっと気合入れてやれよ」
「外部進学までしてベンチ外はダサいって。やっぱ失敗だったんじゃない? 俺たちなんて、勉強優先でも二回戦進出だぜ? ラッキーだけどさ」
寿輝くんの返答を聞き、瑞邦の一団は揃って『わはは!』と盛大に笑い声を上げた。しかも続けざまに、後方から顔を覗かせたやや背の高い少年が、胸をエグるような残酷な事実を告げる。
「そういえば、寿輝には言ってなかったけど……俺と佳菜子、いま付き合ってるんだ」
「あ、凌牙……え? ちょ、えぇ……!?」
「佳菜子は、瑞邦から逃げたお前にはもう未練ないってさ。サッカーなんかさっさと諦めて、俺たちと一緒に大人しく勉強しとけばよかったんだ。叶いもしない夢を優先して、ひとりだけ裏切るから……」
背の高い彼、名を凌牙くんというらしい。そして佳菜子というのは、寿輝くんの幼馴染にして元カノだそうだ。つまりこれは、世に名高い『NTR』案件……いや、ちゃんと別れていたそうなので、寝取られに限りなく近い何かである。
「グハッ!? と、兎和先輩……俺はもう、ダメそうです……どうか、この試合だけは……」
「ああ、どうしてこんな……寿輝くん――ッ!」
無慈悲な報告の衝撃に貫かれた寿輝くんは、血を吐きながら(幻覚)地面に倒れ伏した。互いの関係性について教えてくれたあと、静かに瞳を閉じる。
この世界はなんて残酷なんだ……儚く散った後輩のそばに膝を寄せ、僕はひと目も憚らず慟哭した。
「兎和、なにアホやってんだ」
「先輩たちが遅いってキレてんぞ」
「あ、二人とも。ちょっといま寿輝くんが致命傷うけちゃって……」
まるでアホを見るような目を向けてくる玲音と拓海くん……否、気づけば周囲の通行人からも遠巻きにされていた。
くそ、みんな他人事だからって……まあ、それはいい。とりあえず寿輝くんを預け、先に戻ってもらおう。この騒ぎで、他の瑞邦のメンバーたちが集まってきたらますます厄介だし。
「寿輝くんを頼む。僕はまだ、彼らと話すことがあるから」
「なにやら深い事情がありそうだな。ならば兎和、こっちは任せておけ」
「ありがとう、玲音」
僕が立ち上がりつつお願いすると、2人はぐったりしたままの寿輝くんを引きずるようにして退場した。その姿を見送り、今度は瑞邦のメンバーたちと向き合う。
あれ、なんか怖いな。ひとりになった途端、急に心細くなってきた。年下とはいえ、5人と対峙するには少し度胸が足りないらしい――それでも引き下がらないのは、どうしても聞きたいことがあったから。ゆえに、腹に力と熱を込めて口を開く。
「キミたちさ、バカにするようなノリで話していたけど……本当は羨ましかったんじゃないか? リスクを恐れることなく、まっすぐ自分の夢へ突き進む寿輝くんのことが」