翌朝――。
王宮では朝晩の食事を家族全員でとるのが習わしだ。オレがそう決めた。
家族とは、オレと正妻ステラ、側室のフィオナ、ユリーシャ、リーサ、そして子供たち。
そこで食事をしながら昨夜の出来事を語ったら途端にこれだよ。
一瞬で目の色を変えたステラがいきなり声を上げた。
「第七回藤ヶ谷家緊急家族会議を開催いたしまーす」
「微妙にリアルな数字、やめろ!」
家族会議開会の宣言を受けて、乳母連が赤ちゃんズをいそいそと隣室に連れていく。
メイドたちが急いでテーブルの上を片づけて部屋から出て行くのと同時に、三人娘が相次いで口を開いた。
「詳しく説明してよ、テッペー」
「何がどうなっているのさ、センセ」
「経緯が分からないと何とも言いようがないよ、旦那さま」
フィオナ、ユリーシャ、リーサが困惑した表情で質問してくる。
ま、そうだよな。
「んじゃまずは、魔王と勇者の関係についておさらいしよう。魔王にとって勇者戦は神界における検定のようなものだ。これに勝利すれば、魔王は
「負けた魔王は力を奪われ、最底辺から再スタートだと説明されましたわよね、以前。
ステラがお茶を飲みながらつぶやく。
そう。オレは一度この辺りのことを全員にサラっと説明したが、どうやら覚えていたらしい。
「だが今回、魔王がそれに異議を唱えた」
「魔王はテッペーにコテンパンにのされたんでしょ? 何をどう意義を唱える余地があるのさ」
フィオナ、容赦ないな。
「要は、アストラーゼの話なのに別の場所から勇者を持ってくるのはレギュレーション違反じゃないかって言うんだ」
「どゆこと? センセ」
「草野球に助っ人外国人を連れてくるのは卑怯だってことさ」
「あっは。そういうこと……。理解したよ、旦那さま」
ユリーシャ、リーサが、はいはいとうなずく。
「そしたらメロディちゃんが激怒して光の牢獄に魔王をぶち込んだわけだ、神の決定に異を唱えるとは何ごとか、しばらくそこで反省しとけ! って」
「それで? どうなさったんですの?」
「どうなさったのも何もそれきり忘れてて、つい最近思い出して様子を見に行ったら脱獄されていたんだと。いつ逃げたのかも分からないってんだからマヌケな話だよ。……とまぁ、笑って済ませられれば良かったんだけどそうもいかなくなった」
ステラ、フィオナ、ユリーシャ、リーサ、四人の視線がオレに集中する。
「三人娘はシュバルツバーン城で見たと思うんだが、あのとき
「あのおっそろしい魔法! わたしの――魔法の聖女専用杖から無限に魔力を供給して使用していた
「あれの上位版とでも言うべきか、魔王は意趣返しとして周り中の空間をどんどこ飲み込むブラックホール魔法をしかけていきやがった」
「それ……って、どうなるの? センセ」
「最終的にはこのアストラーゼはもちろん、周辺の他の世界をも飲み込んで消滅させてしまう。メロディちゃんが今、必死に止めているが、もって一年ってところだそうだ」
この場にいる全員が息を飲む。
さすがにヤバすぎる事態が進行中だと悟ったようだ。
「どうすればそれを止められるのです? あなた」
「魔王を倒すか、捕えるかだな。そうしたら、あとはメロディちゃんが何とかしてくれる。だが魔王は現在、どこぞの異世界に潜り込んで逃走中だ。そしてそこはメロディちゃんの
三聖女の視線が行き交う中、ステラが右手を高く上げた。
うちでのいつもの流れだ。
「では決を採ります。陛下の旅立ちを承認する人、挙手を願います」
全員手を上げる。満場一致。これでオレの旅立ちは承認された。
オレは皆に向かって言った。
「仕事が終わればこの時間軸に戻ってこられる。オレの中では何年か経っていても、皆の中では一瞬の出来事だ。旅立ったと同時に帰還する。だから心配はいらない」
「心配だなんて……」
襟が曲がっていたのを直してくれようというのか、ステラが優しくオレの首元を触った。
だが——。
「あなたのことだから、私たちの目が離れた途端、浮気の虫が騒ぎ出すのでしょうけれど、これ以上側室を増やすようなことは許しませんからね!」
「な!?」
突如ステラがオレの首をギリギリと締め上げた。
ヤバい、出産直後のクマがくっきり浮いた目でオレを睨みつけている。
「だ、大丈夫。そんなことしないって」
よろけて
「フィオナ。ステラに言ってやってくれよ、オレがそんなことするわけないって」
「テッペー、浮気したらちょん切るからね」
さっきまでの笑顔はどこへやら、真顔になったフィオナがオレの股間をズボン越しにむんずとつかんだ。
「ひ、ひぃ!!」
慌てて飛び退ったオレの前に、今度はユリーシャが現れた。
ユリーシャが苦笑を浮かべている。
「ゆ、ユリーシャ、ひでぇんだコイツら。どうしてそんな、頭から疑ってかかるかね」
「浮気したら呪うよ? センセ」
ズドン!
「ウゴっ!」
オレのたるんできた腹に、ユリーシャの右ストレートが容赦なく叩き込まれた。
油断していたこともあってかなり効く。
よろけたオレは何かに背中が当たって振り返った。
リーサだ。
愛おしそうな表情でオレの頬の辺りを両手でそっと触ったリーサは、次の瞬間、オレの耳をつまんで思いっきり横に引っ張った。
「旦那さま、浮気したら絶対許さないから!」
「あいたたたたたた! ちぎれる! 耳がちぎれる! やめろリーサ!」
その瞬間、オレは再び雲海漂う真っ白な空間に立っていた。
女神メロディアースの本拠地――
「ちょっとメロディちゃん! 家族との別れくらい……」
『遊んでる時間なんぞないと言うとろーが!』
……怒られた。ひでぇや。
「メロディアースさまにその辺りのことを期待しちゃ駄目だよ、藤ヶ谷」
すでに準備万端、整えて待っていたらしい相棒・
「待たせたな、久我。えっとメロディちゃん、んじゃ早速オレの愛剣を出してくれるかい? ほれ、聖剣シルバーファングをさ」
『ない』
「……は?」
『今回、ワシの管轄外の世界だと言うたじゃろ? ワシの神気のこもったアイテムは持っていけないのじゃ』
見ると久我も例のユニコーンの杖を持っていない。
それどころか、服だって白のパーカーにカーキのパンツ、黒のサンダルと、そこらのコンビニに行く格好だ。
「え? それってつまり……」
『現地調達』
久我と顔を見合わせた瞬間、足元の床が抜けた。
オレと久我は雲海の中を一気に落下した。
「おっま、ふっざけんなぁぁぁぁぁぁああああ! 覚えてろよ、メロディちゃぁぁぁぁああああああん!!」
こうしてオレは、再び冒険に旅立つことになった。
今度は相棒・久我とともに、むっさいアラサー男、二人旅だ。
やれやれ。