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第3話 そこはジャングルだった

 バサバサバサバサ!!!!!!


 黒のスーツを着たオレと久我は、遥か地表に見えるジャングルに向かって真っ逆さまに落ちていた。


 服が風にあおられてうるさいのなんの。

 っていうか、パラシュートもないのにこの速度で落下したらマズくね?

 そうだ! モモンガみたいにこのスーツを目一杯広げて手足を突っ張ってみたらいけるかも? 

 って漫画じゃあるまいし、いけるわけねぇだろ!!

 そこでオレは、あることに気がついた。


「ちょっと待て、オレ、いつの間にこんなスーツに着替えたんだ?」

「本当だ……。俺もさっきまでパーカーを着ていたのに……」


 オレと久我とでまったく同じ黒のスーツを着ていたが、ネクタイの色だけが違っていた。

 オレは赤、久我は青。なんじゃこら。


 ずいぶんとまたスタイリッシュな格好だが、下……ジャングルだぞ? スーツで大丈夫か?

 って、それどころじゃねーよ!!!!


「服のことは後回しだ! いきなり墜落死なんてゴメンだぜ。久我! 何とかならねぇか!」

「確かにこのままではマズいな。よし、やってみる! つかまれ!!」


 わぉ、相棒、頼もしい!

 オレは手を伸ばして、左横を落下中の久我の肩につかまった。


風よベントゥス!」


 杖もなにもない状態で久我は両手を地面に向けた。

 ……若干、速度が収まった気がしないでもない。

 恐る恐る尋ねてみる。


「なぁ、変化した?」

「うーん、多少は。ざっと高度五十キロメートルからの自由落下だからどんどん加速しつつ落ちるんだが、今は秒速八メートルくらいで安定したって感じかな」

「と言われても、最初の速さが分からねぇからちっともピンとこねぇぞ?」

「最初? 秒速十メートル……とか?」

「変わんねぇよ!! どっちみち墜落死じゃねぇか!!!」

「あっはっは、すまんすまん」


 それにしても綺麗な光景だ。

 高空からアマゾンを見ているような、そんな感じ。

 いや、これどこまで行ってもジャングルじゃね? せめて落ちきる前に近くの集落の目星をつけておきたいが……っていやいや、落ちたら駄目じゃん!!


 バサバサバサバサ!!

 あーもぅ、風がうるさい!

 考えがまとまらないじゃないか!!


「……漫画なんかだとさ、まるで気球か風船みたいにスーツがこう、ブワっと広がってさ? フワフワ浮いたり……って、うわあぁぁぁぁああああああああ!!!!!」


 つい現実逃避したオレのスーツが、いきなり変形した。

 上着は詰襟つめえりのように首までスッポリと覆われ、ズボンのベルト部分が上着と同化する。

 なんじゃこら? と思った瞬間、スーツが風船ガムみたいに一気にふくらんだ。


「うぉぉぉぉぉおおお!?」


 急降下に凄まじいブレーキがかかり、一転、フワフワと落ち始める。

 身体がすっぽり巨大風船に入り、頭と両手のひらと靴のみ外に出ているその格好は、完全に何かの罰ゲームにしか見えない。


「藤ヶ谷ぁぁぁあぁああああああああ!!」

「久我ぁ!!」


 ヤバい、オレはこれで助かりそうだが、久我が墜落死する!!

 が、そこは元賢者。パっと見ただけでこのからくりを見抜いたようで、オレの直下でスーツがバっと膨らむと、オレと同じように風船形状になり、フワフワと落ち始めた。

 オレは姿勢を制御して落下速度を調整すると、久我の横に並んだ。


「何とかこれで、墜落死はまぬがれそうだな、久我」

「そのようだ。しかしどうなっているんだろうな、このスーツ。思念に反応しているんだろうか。他にも色々できそうな気がするが、やはりメロディアースさまの仕かけかな」

「どうだかな。メロディちゃんは、あちらのモノは持っていけないって言っていたじゃないか」

「だとすると誰が……」


 オレたちは考えにふけりながら、何とはなしに下を見た。

 真下に川が見える。見えるが……これ、流れが早くね?

 上空からだと気づかなかったが、これ、激流じゃん? とんでもないスピードで流れているぜ?


「おいおい久我、下、早くねぇか? どうするよ」

「どうするよと言われても、泳ぐしかあるまい?」

「この激流をか?」

「この激流をだ」


 顔を見合わせ頬を引きつらせたオレたちは、風船形状のコミカルな姿で手足をバタバタと必死に動かすも、次の瞬間あえなく川に落下した。


「ぶばばばばあばばば!!」

「がぼがぼがぼがぼ!!」


 着水と同時にスーツが元の状態に戻る。

 いや、戻ったとてだ。

 あっという間に流されながらも、オレたちは必死で岸を目指して泳いだ。

 だから、川幅が広すぎるんだってば!!


 別に泳ぎくらいできるが、プールで泳ぐのと流れが早い川を泳ぐのとじゃ全然勝手が違う。

 こんなに必死になって泳いだのは初めてだってくらいの勢いで、オレたちは岸に向かって全力で泳いだのであった――。


 ◇◆◇◆◇


「ひ、ひでぇ目にあったぜ。久我、生きているか?」

「あ、あぁ。何とかな。だがこのままじゃ風邪をひいてしまうな。火でも起こすか」


 落下地点から一キロほど流されて、やっとのことでジャングルに上陸したオレたちは、ブルブル震えながら川岸に座った。

 全身筋肉痛。ひでぇもんだ。


炎よイグニス!」


 ちょうど川岸にあった平らな岩の上に、小さな炎が出現する。

 オレは身体が痛いのをこらえて、慌てて落ちていた枯れ枝を足した。

 一気に火が燃え上がる。


「すげぇな、久我。魔法使えるんじゃん。いやぁ、暖けぇ!」


 パパっと濡れた服を脱いで赤いブーメランパンツ一丁になったオレは、落ちていた太めの枝を何本か焚き火の前に突き刺すと、そこに服をかけた。

 これで乾くだろ。

 久我もまた青いブーメランパンツ姿になって、同じように濡れた服を乾かし始めるも、その表情はなんとも暗い。


「どした?」

「いや、こんなものじゃないんだ、本当は。専用の杖があればもう少し形になりそうではあるが、やはり俺の力はかなり弱体化しているようだ」

「それでも使えるだけマシだろうよ。便利だもんな、魔法。オレの方はどうだかな。よし、試してみるか」


 服が乾くまでと、オレはそこらに落ちていた手頃なサイズの木の棒を拾って軽く振ってみた。

 パンツ一丁だが。

 よし、こんなもんか。いくぞ!!


「はぁっ!! ふっ!! つあぁっ!! ……あぁ、こりゃ駄目だ」

「どうした? 藤ヶ谷」


 久我が火を扱いながら、横目でオレを見た。

 ひと通り剣の型をやってみたオレは、久我に向かって肩をすくめると、持っていた枝をその場に投げ捨てた。


 いや、ひどいもんだ。

 軸がブレる。振りが遅い。風切り音を聞いていても、思った通りの剣筋になっていないとすぐ分かる。これではろくにダメージを与えられない。

 木の棒であることをさっ引いても、魔王を倒した頃のオレの動きとは比較にならない。

 なまったもんだ。


「駄目だ、お話にならない。身体は動きを覚えているものの、聖剣ありきの型だったからな。聖剣もない今のオレではあの頃の動きを再現できない。これなら素手で格闘した方がまだましだ」

「そうか。二人そろって一からか。参ったな」


 オレと久我は目を合わせると、同時に深いため息をついたのだった。

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