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第4話 弱体化

 とはいえだ。 

 確かに弱体化は深刻なものだが、もう新たな冒険おっさんふたりたびが始まっているのだ。落ち込んでばかりもいられない。


 まずは腹ごしらえだな。

 足元の小石を拾ったオレは、腕の感覚を確かめつつ目の前の川に向かって投げた。


 ビュっ! バシィィ!!


 石はタイミングよく跳ねた魚にクリティカルヒットし、魚を気絶させた。 

 思ったより大きい。食いでがありそうだ。

 川面にぷかぷかと浮く魚を見て、久我が目を丸くする。


「おい、凄いじゃないか、藤ヶ谷!」

「ま、このくらいはな」


 だが、これでせいぜいプロ野球選手よりちょい上——時速百八十キロメートルといったところだ。

 あの冒険で、潜在能力をある程度自在に引き出せるようになったからな。この程度は初歩の初歩だ。


 浮いた魚を、久我がすかさず魔法を使って引き寄せる。

 早速、何かの魔法を使って器用にハラワタを取り除いているが、オレに言わせりゃそっちの方がよほど凄い。


「とりあえずもう一匹捕ればいいか」

「結構大きいからな。頼んだ」


 オレはまた小石を拾うと、次の魚が跳ねるのを待った。


「オレの剣さばきは聖剣使用が前提の動き――要はスキルが乗ってナンボだったんだ。とりあえず、安いやつでいいから剣を入手しないとどうにもならねぇ」

「そうか。だろうな」


 ヒュっ! バシィィィィ!!


 跳ねた魚にまたも小石がヒットし、気絶した魚を川面に浮かび上がらせる。

 ふむ。思ったほどコントロールは悪くない。

 上手く当たれば、ゴブリンを昏倒こんとうさせることくらいはできるだろう。だが、その程度だ。


 どこから拾ってきたか、久我は串のような細枝を魚に突き刺すと、火のそばに立てた。


「焼きはするが、塩気がないから美味いかどうかは分からん。初めて食う魚だしな」

「構わないよ。食えれば御の字だ」


 乾かしておいたスーツに触るも、まだ濡れている。

 もう少し乾かしておくことを決め、オレは赤いブーメランパンツ一枚履いただけの姿のまま、焚き火の前に座った。


 パチパチと火が爆ぜる。

 まだ陽は高いが、こうして焚き火を見ていると吸い込まれそうな気がしてくる。

 やがてオレは、ポツリと言った。


「済まなかったな、久我。巻き込んじまって」


 魚から水分がしたたる。

 食欲を刺激するいい匂いがしてくる。

 久我はしばらく黙った後、言った。


「奥さんたち、子供を産んだばかりなんだろ? 仕方ないさ」

「うん……。なぁ久我」

「ん?」

「あれからどうしていた?」


 冒険が終わってから一年半。

 もう二度と会わないと思っていた久我に、こうして再会してしまった。

 女神メロディアースさまのせいではあるんだが、久我を相棒に選んだのはオレだ。

 何だかんだ言って、オレには久我しか頼れる人間がいなかったからな。

 そんな久我が、会わない間に何をやっていたかは、やはり気になる。


 久我がブツブツと呟くと、焚き火の動きが変化した。

 魚を上手いこと焼けるよう火をコントロールしているのだろう。


「あれからすぐ、仕事を辞めたんだ」

「勤め先、霞が関だったよな」

「そうだ。あの当時はひどかった。朝は早く、帰りは毎日日づけ越え。睡眠時間なんて多くて四時間さ。土曜も仕事。日曜もちょいちょい呼び出されていたな。若かったし、希望にあふれていたから何とかなったが、そのうち無理も効かなくなってきた。段々精神を削られて……。それで自殺をはかったんだ」

「ひでぇな、そりゃ」


 久我が苦笑いをする。


「限界だったのさ。仕事を辞めて半年くらいボーっとしていたが、わずかずつとはいえ何もしなけりゃ金は減る。そこで、官僚時代に貯めた金を元手に株取引をすることにしたんだ。ギャンブル要素もあるが、俺はデータを集めまくるからな。おかげで今のところ言うほど負けは少ない。トータルだと、財産は着実に増えている」

「すげぇな。オレだったらあっという間に溶かしそうだけどな」


 魚が焼けたようで、久我がオレにそっと串を差し出した。

 串から熱が伝わってくる。

 おっほぉ、めちゃめちゃ食欲を誘う、いい匂いがするぞ。 


「ま、だから、ある意味暇だったから、無理やり冒険に連れてこられたといっても別に怒っちゃいないさ。だいたい言い出しっぺはメロディアースさまだろ? あの人のやりそうなことさ」


 オレと久我は、同時に串にかぶりついた。

 よく焼けていたようで、身がホクホクしている。


「うっめえ!!」

「だな。欲を言えば塩が欲しいところではあるが」

「いやいや、充分さ。ありがとうな、久我」

「魚を獲ったのは藤ヶ谷だよ。ありがとう、藤ヶ谷」


 オレたちは夢中になって食った。

 だが、思った以上に腹が減っていたのか、焼き魚はあっという間になくなった。

 ま、あれだけ泳いだしな。

 しっかし、食ってみるともっと欲しくなるから不思議だ。結構大きかったんだけどな。


「もう一匹ずつ獲るか?」

「賛成。頼むよ、藤ヶ谷」

「よし!」


 立ち上がったそのとき、オレは何者かの視線を感じた。

 久我も同時に気づいたようだ。

 オレたちはそろってジャングルの方を見た。


「く、黒ギャルさま!?」


 オレたちの視線の先に、一人の少女が立っていた。

 髪は、ウェーブがかかったブラウンのセミロング。特に化粧もしていないようだが、素でまつ毛がバチっとカールし、瞳は黒。鼻筋もスラっと通り、唇は吸い付きたくなるようなプリっとした赤で、実に綺麗な形をしている。


 特筆すべきはそのボディ。

 肌は褐色かっしょく

 豹だかパンサーだか、黄色地に黒の斑点の入った毛皮を着ているのだが、上はチューブトップ、下はミニスカで、どこのグラビアモデルかってくらいメリハリのあるいい体型をしていやがる。


 年齢は、ぱっと見、二十歳はたち前後か。

 思わず喉が鳴る。まさに黒ギャル。三十路みそじを迎えて多少は落ち着いたはずのオレの性欲が一気に高まる。

 いやいや、問答無用で押し倒したくなるくらい色っぽいんだもんよ!


 え? アストラーゼに残してきた妻たちとの約束はどうしたって? まぁなんですよ。それはそれ、これはこれってな!


 黒ギャルがニコっと笑った。

 うーん、笑顔もセクシー。

 だが、鼻の下を伸ばして見とれていたのも束の間、黒ギャルの後ろの森を割って、更なる人影が現れた。


 それは、上半身裸で下半身に腰ミノだけをつけた、三十人ばかりの筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとした男たちだった。

 褐色肌にトライバル柄のタトゥーが入った、実に見事な身体だ。

 それなりに整った身体をしたオレたちが、なまっちょろいもやしっ子に見えるくらいだぜ。

 これで、敵意満々で槍をこちらに向かって構えているんじゃなけりゃなぁ……。


 ともあれ無闇に戦えばいいってものじゃない。ここは様子見といこう。

 視線を交わし、意思の統一ができたオレと久我は、降参の意思を示すべく黙って両手を上にあげたのであった。

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