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第5話 密林風呂でいい気分

 原住民の方々に連行されること三十分。 

 ジャングルの只中に、いきなり開けた場所が現れた。

 なんと、そこらの学校の校庭くらい広い。


 中央に広場があり、それを囲うように高床式の住居が立ち並ぶ。

 屋根は何かの葉っぱかね。


 家が高床式なのは、おそらく地面から害獣やらが上がってくるのを避けるためだろう。

 教職にいていたオレではあるが、高床式住居の実物を見るのは実はこれが初めてだ。勉強になるなぁ。

 そして、そんな中、オレと久我はそろって風呂に入っていた。


 ドンドコドンドコ、ドンドコドンドコ!

「アッアアァァァァァァアァアアアアアア!!」

「アルッアァァァァアアア! アラッアァァァァァアアアアア!!」

 ドンドコドンドコ、ドンドコドンドコ!!


「あぁ、いい湯だ。風呂の周囲でうるさいくらいに太鼓たいこを叩いたり、奇天烈きてれつな叫び声を上げるのさえなけりゃもっといいがな。ところでなぁ、久我……」

「なんだ? 藤ヶ谷」

「これってやっぱり……アレかな」

「まぁ……アレだろうなぁ」


 オレたちの入っている風呂は、土をこねて作られた巨大なツボだった。

 いわゆる土器。それの巨大版。立って入るスタイルだ。

 オレと久我は身長百八十センチもあるのに、それでも足が底につかないって、どんだけデカいんだ、これ。


 集落に到着するなりフルティンにかれたオレと久我は、たんまり水が入った巨大な土器の中にぶち込まれた。

 ところが水がだんだん温かくなってきて、何じゃいとふちから下を覗き見ると、土器の真下では火がこれでもかってくらい激しく燃え盛っているんでやんの。


 周りの様子から推察する限り、歓迎の意思を持って風呂をご馳走してくれているわけでもないらしい。

 どちらかというと、エキス抽出ちゅうしゅつっていうか。

 だが、これだけ火が燃えているにも関わらず水温は思ったほど上がっていない。四十度くらいかな? まだまだ余裕だ。


 横を見ると、久我が涼しい顔で何やら時折ときおりつぶやいている。

 ははぁん。何かやっていやがるな?


「久我……何やってる?」

「うむ。直接焚き火にアクセスするとバレるから、水の中に氷の精霊を泳がせている。湯の温度がさっぱり上がらないのはそのせいだ」

「たまに足先が冷たく感じていたのはそういうことだったか。さっすが元賢者。頭いいなぁ」

「だが、三十分も火にかけて全く煮えた様子がないから、そろそろいぶかしく感じ始める頃だろう。そら見ろ」


 さりげなく外に視線を向けると、風呂の周囲で踊っていた原住民の方々が歌や踊りをやめて、何やら話し始めている。

 案の定、困惑しているようだ。


 釜茹かまゆでで殺せないとなると、次は実力行使か? んじゃまぁ、そろそろこっちも動いてみますかね。せぇの!


 バッキャァァァアアアアアン!!

 ざばぁぁぁぁぁぁああああ!!!!


 オレは湯の満ちる厚さ十センチの土器風呂を蹴りで内側からぶち破った。

 大量の破片を撒き散らして高さが半分になった土器風呂から、湯が勢いよく流れ出る。


 普通の人は、こんなの蹴破ろうったって無理だ。だけどオレは勇者だ。スキルは弱体化してて元の剣技は使えないけれど、旅のあいだに習得した体術は別だ。多少なまっちゃいるが、身体の動かし方はまだ覚えている!


 フルティンのまま風呂から飛び出したオレは、風呂周りで警備をしていた男の槍を素早く奪うと、グルグルっと回して構えた。


「どこからでもかかってこい!!」


 見たか、この動きの華麗さを。ってあら? みんなオレじゃなくって久我の方を見ていやがる。なんで?


 見ると、あぐらをかいたフルティン久我が、その場にフヨフヨと浮いていた。

 しかも、ツボの中に残っていた水が、竜か蛇のような、まるで生きているもののような動きで久我の周りを舞っている。

 水芸か!?


「「「おぉぉぉぉぉぉぉっぉおぉおおおおお!!」」」


 途端に、原住民の皆さんたちが久我に向かって一斉にひれ伏した。

 神かその使者か、いずれにせようやまうべき相手だと判断したのだろう。

 うんうん、なんて感じで久我が鷹揚おうようにうなずいている。 


 そんな中、オレ、放置。……ぐすん。

 ともあれオレたちは、ひとまず危機を回避したのであった。


 ◇◆◇◆◇


 再びスーツを着たオレたちは、長老の家なのか、集落の中で一番大きな家に案内された。

 そこで、あしの座布団にあぐらをかきつつ待つこと数分。

 みるみるうちに、目の前に置ききれないほど多くの食事が並んだ。

 風呂で身体がさっぱりしたところで出される料理の数々。まるで温泉旅館にでもきた気分だよ。

 だが――。


「なぁ久我。これ、待遇がおかしかねぇか?」

「何のことだ? 藤ヶ谷」

「いやだって、これどう見たって久我がメインで、オレ、お付きの人だぜ?」

「それの何が問題だ?」


 そうなのだ。

 基本的に料理は久我の前に置かれている。

 オレの席はそのちょい後ろ。従者席だ。


 久我の両隣には美女がいて酒など注いでもらっているし、何やら長老っぽい人を中心にしきりに久我に話しかけている。

 対してオレは、申し訳程度に料理が乗った小皿一枚に、酒は手酌てじゃく


 久我の右隣でお酌していた黒ギャルちゃんがオレの方をチラっと振り返ると、鼻で笑った。

 ちょっ!? 今のどういう仕草? 『なーんだ、見かけ倒しじゃん。ガッカリ』って心の声が聞こえたんですけど!? くぉぉぉおお!! なんたる屈辱!!


 とそこで、オレの視線が止まった。

 久我の右隣は黒ギャルちゃんだ。じゃあ、左の子は誰だ?


 周りじゅう褐色肌だらけなのに、この子だけ肌が異様に白い。

 髪はブロンドのストレートロング。まつ毛は長く、瞳は翠色。透き通るくらい真っ白な肌をした、尋常じゃないレベルの美人。


 身体は痩せてスラっとしているが、それなりに出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいる。

 それが、黒ギャルちゃんとあわせたのか、灰色の毛皮を着ている。

 美しい。美しいのだが、都会にいるならまだしもここでは場違いこの上ない。


 そして、普通これだけ美人なら速攻口説きにかかるところなのだが、今回に限ってなぜかオレの下半身がピクリともしない。


 オレの視線に気づいた少女が振り返る。 

 なんて美しい。神々しいくらいのアルカイックスマイルだ。だがそれは誰かに似て……。

 次の瞬間、自宅のブレーカーが突然落ちたときのように、オレの意識はいきなりシャットダウンしたのだった。


 ◇◆◇◆◇


「おい、藤ヶ谷! 藤ヶ谷? どうした。大丈夫か!?」


 気がつくと、オレの肩が激しく揺さぶられていた。


「久……我? オレ、どうしてた?」

「気がついたら倒れていた。飲み過ぎたか?」

「そんなに飲んだ覚えはないんだが……。あ、で、久我、何か分かったか?」


 久我がハっとした顔をする。


「それだ。一年ほど前に黒い邪悪な影が空から降ってきて、森の一部を壊滅させたらしい。以来、その周辺の森に良からぬモノが大量に棲みついて近寄れないとか。長老が何とかそいつらを退治できないかと言っている。藤ヶ谷、これってまさか……」

「魔王の痕跡があるかもってことか? 可能性としては大いにありうるな。ところで久我? お前も結構飲んでいた気がするんだが、大丈夫か?」


 不意に久我が真顔になる。

 次の瞬間、久我はバタンと倒れ、いきなり高いびきをかきはじめた。

 やっぱり。酒が強くないのに飲むからだよ。

 こうなると久我はしばらく起きない。


 どうしたもんか。久我を村に預けて一人で冒険に行くか?

 今の弱体化したオレが一人で? 

 参ったなぁ……。

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