待ちに待った校外学習の日がやってきた。正門前の道路では、既に4台の観光バスが待機している。生徒たちは、自分たちが乗車するバスへと移動していった。
「いやー、いい天気になって良かったなあ。昨日はワクワクしすぎて、あんま眠れなかったよ」
春人が眩しそうに太陽を睨みながら言う。
「ホント、春人ってそういうところガキっぽいよね。それより、悠真! さっさとバスに乗っちゃおう!」
彩奈に背中を押され、1号車のバスに乗り込んでいく。私と彩奈の座席は隣同士。席ぎめの際、「悠真の隣は私!」という彩奈の一言で席が決まってしまったのだ。その時はまだ、仁が彩奈のことを好きだということを知らなかった。
バスの運転手さんの挨拶が終わり、目的地へとバスが動き出す。高速道路を経由しての約1時間の移動だ。
「先週はお邪魔させてもらってありがと。お父さんたちに、あのマンションに同級生が一人暮らししてるって言ったら、『凄い!』ってビックリしてたよ」
「まあ、一人暮らしはビックリするだろうね。でも、親の金で住まわせてもらってるだけで、俺自身は全然凄くないけどね」
「またまたー。——そういや、悠真の親ってどんな感じなの? もし、答えにくい感じなら全然大丈夫なんだけど」
彩奈は少し気を使ったのか、そんな聞き方をしてきた。
「ああ……父親は海外で仕事してるんだ。こっちに転校してくるまでは、一緒に日本で暮らしてたんだけどね。で、父が海外で仕事するって決まった時に、俺だけ日本に残ったって感じ。母親は俺が小さい頃に別れたらしくって、殆ど憶えてないんだ」
「そうなんだ……だから、一人暮らしなんだね。——やっぱり、寂しかったりする?」
「うーん、そうでもないよ。日本で仕事してた頃から、父は殆ど家にいなかったから」
「そっかー……私なんて、今でも親に甘えっぱなしだもんな。だから、悠真はしっかりしてるんだ」
親のことを突っ込んで聞かれないように、出来るだけ親とは疎遠な設定にしておいた。春人からも同じ質問を受けたことがあるが、それ以上聞いてくることは無かった。
「あ、そうそう。キャンディ食べる?」
私が「ありがとう」と返事をすると、彩奈は立ち上がってバスの荷棚からカバンを取り出そうとした。そのタイミングでバスが急停車し、バランスを崩した彩奈は私の膝の上にストンと座り込む形になった。
「ごっ、ごめん悠真!!」
彩奈は顔を真赤にして、慌てて自分の席へと座り直した。
「ハハハ! 彩奈、今のワザとだろ? やるなあホントに」
「わっ、ワザとじゃないわよ! 春人にはキャンディあげないから!」
彩奈はそう言って、後ろに座っている春人に向けて「べー」っと舌を出した。
な……なんだろう、さっき感じた不思議な気持ち……
彩奈が私の上に乗ってしまった瞬間、胸が高鳴ってしまった。今まで女子に触れることがあっても、こんな気持ちになることなんて無かったのに。
もしかして、私が彩奈のことを好きになってきている……? それとも、心身ともに男性に近づきつつあるからなのだろうか……
眞白が春人にドキドキしてしまったように、私も少しずつ変わり始めているのかもしれない。