あの事件が起きてから二週間が経った。
悠真の葬儀は、常盤高校が中心となって行われた。悠真には身寄りがなかったため、自治体が学校へ相談に来たらしい。当然、私たちのクラスでは、悠真の両親の話が取り沙汰された。
「海外で仕事をしてるからって、父親が日本に戻ってこないとかありえないよな」
「離婚したとはいえ、母親は身内として手を挙げないのか?」など、そんな感じだ。
だけど、その答えは永遠に出てくることはない。
全ては私の作り話なのだから。
「学校はどう? そろそろ以前の感じに戻ってきた?」
一緒に朝食をとっていた母が私に聞いた。
「うん……少しずつだけど。今日、悠真の机とお花を片付けるみたい。教室だけでも、少しずつ日常に戻っていくと思う」
「そっか……眞白も少しずつ、前の雰囲気に戻ってきたもんね」
私の雰囲気……? 母に視線を向けると、母は軽く微笑んだ。
「戻ってきたってどういうこと……? 少しは元気になってきたってこと?」
「いや、そうじゃなくて。前髪を上げたり、メガネを外し始めた頃の眞白の話。その頃の眞白って、凄く元気だったでしょ? 最初は、悠真さんがキッカケで眞白も色々と頑張ってるんだと思ってた。でもね……何故か凄く違和感もあったの。眞白は眞白なんだけど、どこか他人と一緒に暮らしてるような。————わっ、分からないよね、こんなこと言われても。い、今言ったことは気にしなくていいから」
母はそう言うと、慌てて食器を片付け始めた。
リュエルとは違い、私はリュエルが眞白だった時の記憶を受け継いでいない。母や一緒に帰宅している沙耶との会話で、憶えのないものがいくつか出てきたこともある。
ただ、リュエルが眞白だった時のLINEを一から読み直してみたが、今の私が困るようなやりとりは一切無かった。眞白という人生を、ただただ楽しんでいたんだろうなと感じるだけだった。
***
「悪かったな、急に誘って。——色々あったから、なかなか声がけづらくて」
「ううん、全然」
今日は沙耶に断りを入れて、春人と一緒に帰宅している。春人は最初からそのつもりだったらしく、自転車で学校に来ていた。
「季節にもよるんだろうけど、自転車通学もいいな。風が気持ちいいし、健康にも良いだろうし」
「この季節はね。まあ、今日は晴れてるからいいけど、雨なんて降ったら自転車通学は最悪だよ」
「ハハハ、雨か。それは流石に嫌だな」
春人はずっと私の家の方向に自転車を走らせている。私の家まで送ってくれるつもりだろうか。
「そろそろ引き返さないと、帰るの大変になっちゃうよ」
「全然いいよ。眞白の家まででも大丈夫。——ほ、ほら、まだ貰ってない返事もあるし」
「な、なに……返事って?」
春人はブレーキを掛けて自転車を止めた。私も慌ててブレーキを掛ける。
「じょ、冗談だよな……? マジで言ってる……?」
きっと、リュエルが眞白だった時に話したことなのだろう。春人とのLINEのやりとりにも、返事を求めるようなものは無かった。
「ご、ごめん……本当に憶えてなくて……」
「あ……もしかして、悠真のことがショックで、記憶が飛んじゃってるってことか?……こんな事って、本当にあるんだな……」
「そ、そうかも……いつの話なの?」
「悠真が……悠真が刺される直前だ。いや、もう刺されてたかもしれない……俺が眞白に言ったこと……憶えてない? 返事を貰う前に、眞白は悠真の元へ走っていってしまったから」
「う、うん……もう一度だけ、聞かせてもらっていい?」
私がそう言うと、春人は自転車のスタンドを起こし、その場に自転車を停めた。私も春人に倣って自転車を停める。片道2車線の端にある、広い歩道の上で。
「じゃ、じゃあ、もう一度言うぞ。今度は忘れないでくれよ」
頬を真っ赤にした春人が言う。私は力強く頷いた。
「さ、桜庭眞白さん! 俺と付き合ってください!」
春人は頭を下げ、私に右手を差し出した。