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第21話 静かな執着



 癒しの力を使って毒素を浄化したシャノンは、ルロウが目覚めると安心したように意識を失った。

 それから七日が過ぎてもシャノンが目を開けることはなく、高熱にうなされる日々が続いていた。



「お前、またここにいるのか」


 シャノンの部屋に訪れたダリアンは、寝台脇に腰を下ろしたルロウの姿に嘆息する。

 ダリアンが苦言を呈するのも無理はない。

 この七日間、言葉どおりルロウはシャノンのそばに張り付いていた。

 食事と湯浴み以外は、何をするでもなくシャノンの部屋に入り浸り、シャノンの顔をじっと観察しているのだ。


 これにはダリアンも予想外というか、もはや意味が分からない。理由を聞いても「さあ」と本人すら明確な目的があるわけでもなく、ただシャノンのことを見守っているだけだった。


「いつになれば、目が覚める?」


 白いかんばせに手を伸ばしたルロウは、指先を頬に滑らせて言った。恭しい手つきは、滲んだ脂汗をすくい取っている。


「また魔力が尽きかけの状態になったんだ。ここに来た頃は二十日間だったが、それ以上になるかもしれない。まあ、それは本人も分かっていて浄化したんだろうが」

「…………」


 普段は無感情なまま涼しげな表情を浮かべているルロウだが、具体的なシャノンの状態を聞くと、赤い眼にわずかな陰りが生まれた。


「シャノンに関しては魔力が回復するのを待つしかない。幸い液体状のものなら飲み込もうとする意思があるようで、栄養も摂ることができている。……それで、お前のほうはどうなんだ」

「……すべてとまではいかない。だが、体内に溜まった毒素の八割は消えている。これではただの、健康体だな」


 少し皮肉を混ぜたように呟き、ダリアンは再び深く息を吐く。


「そうか、そこまでとは……」


 長年蓄積されていた毒素をそれだけ浄化できるというのは、やはり驚くべき力である。

 ルロウの状態が改善されたのは喜ばしいことだが、今もこうして苦しみの淵にいるシャノンを目にすると、ダリアンは手放しで喜べないでいた。


「闇夜の一族の当主ともあろう男が、餓鬼一人に絆されているというわけか。は、愉快だな」

「……いいか、ルロウ。私はお前を実の息子同然に思っている。そして、シャノンはお前の婚約者だ。娘同然に思うのは当然だろう」


 要するに、ダリアンはシャノンが純粋に可愛いのである。情が移るくらいにはシャノンもヴァレンティーノ家で日々を過ごし、いるのが当たり前の存在になりつつあった。


 本当の事情を伏せてはいるが、ルロウの部下たちや、使用人らもシャノンの身を案じている。

 最近は特に、刻印が薄まってから見せていた屈託ない笑みに癒されていた者が急増していた。皆がシャノンの回復を願っているのだ。


「シャノン、入るよ〜」

「ご飯持ってきたよ」


 そこへ夕食用の液体食を持ってハオとヨキが現れた。


「あ、当主サマ〜」

「こんにちは、当主サマ」


 双子は部屋にいたダリアンに軽く挨拶をする。ルロウが居座っているのにはもう慣れているようで、とくに驚くことはなかった。


「マリーとサーラから貰ってきたよ」

「も〜こんな美味しくなさそうなのじゃなくて、早くヨキたちと一緒にご飯食べようよ〜」


 液体食が注がれた器を持つハオの横で、ヨキは縋るように寝台横に腕を乗せた。

 ルロウの体調が良くなっていることは、双子の目から見ても明らかだった。シャノンは自分たちにとって大切なルロウの恩人だ。だから目を覚ましたら早くお礼を伝えたい。そう決めているのである。


「はいはい、ちょっとどいてヨキ」


 ハオはスプーンに一口よりさらに半分くらいの量の液体を掬うと、反対の手でシャノンの頭を支えるようにしてスプーンを唇に近づけた。

 だが、今日はなかなか口を開こうとしない。苦しげに呼吸を繰り返すだけで、酷く消耗が激しかった。


「だめだ。ぜんぜん飲み込んでくれない」

「シャノン、ちょっとでも飲み込まないと元気になれないよ〜」


 しかし、どんなにスプーンを口元に近づけても、中に流し込もうとしても、シャノンは咳き込んで吐き出してしまった。


「……まずいな」


 その様子を見ていたダリアンが眉を顰めて言った。

 おそらく峠と呼ばれるところまできているのだろう。ここを乗り越えなければシャノンの体は衰弱していくばかりで回復は望めない。


 そうだと分かっているからこそ、ハオは懸命に飲み込ませようとするが、何度やっても失敗していた。


「貸せ」

「あっ、ちょっとフェイロウ」


 見かねた声のルロウは、ハオの手から容器ごと取り上げると、ずかずかとシャノンの寝台に乗り込んだ。

 そして、液体食を自分の口に含ませると、そっと後頭部に手を回して頭を起こした。


「――」


 ルロウは親指を器用に使ってシャノンの口をこじ開け、自分の口から直接液体食を流し込んだ。

 それは容器が空になるまで続けられ、傍から見ると献身的にしか見えないルロウの挙動に、双子とダリアンは唖然としていた。


「……けほっ、けほ」

「……」


 しまいには咳き込むシャノンの口端から滴る液体食を自分の袖で拭ってやり、容器をハオに返すとまた観察体勢に入ってしまった。


 こうして、決して多くを語らないルロウの奇行は、シャノンの意識が戻るその日まで続けられることになったのだった。



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