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第6話 修行完了と旅立ち

 ぐっと意識を集中させ、『察知』を発動させる。自身を中心に周囲の状況が頭の中に浮かび上がる。「知りたい」のはナキウの巣の位置。村の若衆が言うには山や森の洞窟に巣を作るらしい。


「……いた!」


 山の奥、ざっと800メートル程先に洞窟があり、その入り口の周辺でナキウの幼体が4匹ほど戯れている。

 そのことを伝えると、若衆の1人が言われた方向に足音を立てることなく進む。数分の後、戻ってきた若衆はやや興奮気味に言う。


「いた。間違いなく、光一の言っていた通りだった」


 それを聞いて、光一とルビエラは潜在スキルが覚醒したことを確信した。

 つまり、光一が学園に入学する条件が整った。

 ルビエラはそれが嬉しいような、少し寂しいような表情を浮かべる。学園は山を越え、平原を突き進んだ先の町にある。寮に入ることになるし、簡単に帰省もできない。そのため、ルビエラは寂しさを拭えない。

 しかし、光一は思った。


(転生してまで学校行きたくない!)


 頭をフル回転させ、ふと思い出した。『察知』が目覚めた時に脳裏に浮かび上がってきたキラキラとした何かは3つあった。1つが『察知』であるなら、潜在スキルは残り2つある。

 つまり、学園への入学条件は整っていない。

 若衆が装備を整え、防臭マスクを付けるその横で、光一はルビエラに告げる。潜在スキルがまだある可能性があること、ナキウに対する暴力的な衝動が完全には収まっていないこと。

 潜在スキルは1人につき1つが通例。2つ以上の潜在スキルがあることは確認されていない。

 ルビエラはそのことが引っ掛かっているようだったが、確かに「精神面が不安定」であることは間違いないようだ。


「じゃぁ、修行、頑張ろうか」

「うん。ナキウ退治!」

「それは大人に任せてなさい。今回は潜在スキルの確認の為だったし、確認できたならナキウに用は無いわ」

「えー……」

「あなたの修行は精神面を鍛えるのが目的なのよ。強くなるためじゃない。『何の為に強くなるのか』って目的がはっきりしない内に、強い力は持つべきじゃないわ」


 ルビエラに諭され、光一はナキウ退治から外れることにした。幼体を潰した時の感触は心地良かったが、その為にナキウ以外にも暴力的になるのは本意じゃない。

 巣を襲撃している若衆に、ナキウの幼体が痛めつけられ、その悲鳴を聞きつけた成体が誘き出されているのを『察知』で感知しつつ、光一はルビエラに手を引かれて家路についた。



 修行に熱心になっていると、意外と時間が流れるのは早かった。

 1年に1回、学園から使者が送られ、光一の検査が行われた。この検査で、確かに光一には2つ以上の潜在スキルがあることが確認され、同時に精神面が安定してきていることも確認された。

 修行の効果がしっかりと身に付いていることが分かれば、自ずと修行に身が入る。

 できることならのんびりと過ごしたいと思っていた光一だったが、結果が付き纏えば修行も楽しく行える。

 気付けば、修行を開始してから4年の月日が流れていた。


「潜在スキルはまだ残っているようですが、精神面が安定していることが確認されました。学園への入学を認めます」


 光一の10歳の誕生日、ついに光一は学園に旅立つことになった。


(……しまった。潜在スキルが1つ追加で目覚めたことが嬉しくて修行してたら、精神面がかなり安定してしまった! ……いや、それは良いことなんだろうけど)


 光一が入学に対して後ろ向きになっていることを知ってか知らずか、村人たちは口々に入学を祝福してくれる。

 学園に入学できるのは生まれつき魔力を持つ者に限られる。そうでない者が入学するには多額の入学費と学費が必要になる。タカラベ村のような辺境の田舎に住む者には捻出できない金額だ。

 つまるところ、光一はタカラベ村にとって数少ない学園への入学者となる。皆が盛り上がるのも無理はない。


「今日はご馳走ね! 光一の好きな物なんでも作るから!」


 ルビエラが腕捲くりをしながら言う。4年も時間があれば、寂しさにも折り合いを付けることができるのだろう。

 村を挙げての宴会が行われる。最初こそ、皆が光一を称えていたが、酒が進めば騒ぐことが宴会の目的となってくる。田畑の収穫も終わり、休暇を取る余裕ができる時期なのも手助けとなっているのだろう。

 夜も更け、月も地平の向こうへ沈む頃、宴会は終わりを迎えた。光一が不意に目覚めたのもこのタイミングだった。


「む、光一か。すまんな、起こしてしまったか」

「んーん、トイレ」

「ふむ、そうか。一緒にいかなくて大丈夫か?」

「平気!」


 村長にからかわれ、光一は強気に言い返す。


(全く、舐めるなよ。転生前も含めればアラフィフだぞ。……転生して良かったのはこの点だけか)


 彼女欲しいな、と愚痴りながらトイレを済ませ、部屋に戻り、朝までゆっくりと眠る。いつか彼女ができる未来を夢見て。これだけは『察知』でも知ることができなかった。



 翌日、学園へ向かう時間を迎えた。

 町の市場へ農作物を届ける荷車に乗せてもらう手筈になっている。全部で5頭の馬がそれぞれ1台ずつの荷車を引く。その中の1台に光一が乗り込む。


「……頑張れよー……光一……」

「しっかり……な……」

「たまには帰って……来いよー……」


 見送りに来た村人たちは、皆、見事なまでに二日酔いでぐったりしている。


「しかし、アレだな」


 そんな村人の中で、村長はシャキッとしている。それなりに飲酒していたはずだが、二日酔いの様子を見せていないのは村長の威厳がなせる業だろうか。

 マジマジと光一を見つめる村長。


「修行で逞しくなったはずだが、何故、可憐な見た目なのだろうな」

「はぁ?」

「光一よ、町では顔を隠しておいたほうが良いのではないのか? みだらに男を惑わすものではない」

「惑わしてねーよ!!」

「いや……」


 村長がある方向に目を向ける。そこには木の陰に隠れた村の男の子たちがいる。どこか寂しそうな、泣きそうな顔をしている。

 光一が修行に夢中で相手にしていなかったが、何かにつけて話しかけてきていた気がする。


「そして」


 村長が別方向に視線を向ければ、そこには女の子たちの姿。光一が旅立つことに清々している様子だ。

 男の子たちが光一に話しかける度に、遠くから忌々しそうにしていたような気がする。


「……まさか」

「ま、そういうことだ。男の子に惚れられていたし、その男の子のことが好きな女の子には疎まれていたということだな」

「知らなかったし、知りたくなかった事実」

「ま、そう言うな。見ている分には微笑ましかったぞ。小僧どもが変な性癖に目覚めやしないかと冷々したがな」

「止めろよな……」

「はっはっは」


 愉快そうに笑う村長。

 掴み所が無く、それでいて気さくな性格には親しみを覚えた。母のルビエラとは家を出る際に別れを済ませたが、村長との別れも同様に寂しさを感じる。転生前からコミュ障気味で人付き合いの苦手な光一にとって、無理に付き合わせようとしない村長みたいな人間は貴重な存在なのだ。


「村長、長い休みには帰ってくるから長生きしてね」

「ふっふっふっ、お前の倍以上生きているのだ。まだまだ生きるぞ、儂は」

「……程々にね」

「どっちじゃ!?」


 お互いに笑い合い、出発の合図を以て荷車隊は村を出発した。

 光一は一番後ろの荷車に乗り込み、遠ざかっていく村を見つめていた。


(できればニートしていたかった)



 旅路はのんびりとしたものだった。タカラベ村を見下ろすように聳える「テルスズ山」を越える。ナキウと初めて遭遇した広場を通り過ぎ、3合目辺りで登頂ルートとは別の山越えルートを通る。

 テルスズ山を越えると、平原が広がり、その平原を3日かけて突き進む。


「走れぇぇぇぇ!」


 既に荷車は無く、馬に直接乗って必死に逃げる。

 その後ろを、虎のように見える猛獣が追いかけてくる。血走った目を見開いて走ってくるから、その迫力は凄まじい。ナキウなんて比較にもならない。

 何故、この急展開になったのか。


「だから言ったんだ、ナキウなんか放っておけって!」

「だから、つい!」

「つい、で済むか! 猛獣のナワバリで矢なんか撃つから!」

「でも、猛獣も凄いね。一発だけの矢に反応して追いかけてくるなんて」

「光一、呑気なこといってるんじゃない!」


 山を越えたタイミングで草むらから姿を現したナキウの幼体に、若衆の1人が護身用の弓矢を放とうとした。仲間の1人がそれを止めようとしたが、矢を撃とうとしている若者は聞く耳を持たずに矢を放ってしまった。

 矢は見事にナキウの幼体を貫いたが、急所は外していたようで、種族としての特性として気絶や失神ができないナキウの幼体は悲鳴をあげる。

 これそのものは問題ではなかった。

 幼体のナキウの悲鳴を聞きつけたのが、成体ではなく、村人が「山の獣」と呼ぶ猛獣だった。

 タカラベ村側の山の5合目までは「人間の領域」、登頂ルートと山越えルートの分岐点を基点に反対側と5合目より上は「山の獣の領域」と取り決めを交わしていた。

 若者が矢を放ったのは山の獣の領域内。止むを得ない理由も無い行為に、山の獣は怒りを露わにして襲いかかってきた。


「悪いな光一! 初めての旅なのにこんなことになってしまって!」

「文句ならあのバカに言ってくれよ。散々、言い含めておいたのに、ナキウなんぞに矢なんか撃ちやがって!」

「ゴメンよ、山の獣がここまで敏感だと思わなかったんだよ!」

「とにかく走れ!」


 山の獣は自身の領域での暴挙が余程頭にきているのか、グングンと速度を上げ、全速力で逃げる馬との距離を縮めていく。

 光一の背筋に冷たい感覚が走る。

 ナキウに感じたことが無い迫力に、光一は打開策を探そうと『察知』を発動させる。


 光一が乗っている分だけ速度が出ない馬が襲われ、光一を庇った若者が食い殺される。


 見えた近未来の光景に、背筋が凍りそうな感覚が拭えない。


「……ええぃ、仕方ない」

「あ? 何か言ったか?」

「ちゃんと逃げ切ってね。お母さんによろしく」

「……! 何言ってんだ。お前、まさか」

「僕じゃ馬を扱えないから」

「ちょっ待っ!」


 光一は若者の背中から手を離し、馬から飛び降りる。『察知』でタイミングを計り、ルビエラから教え込まれた受け身でダメージを軽減する。

 それでも、目の前がクラクラするダメージを負ったが、『察知』が次の危険を知らせてくる。

 光一よりも何回りも太い木の幹を圧し折る威力の一撃が光一に襲いかかる。

 轟音が響いて、土煙が立ち上がる。風が土煙を流し、直径が数メートルありそうなクレーターが出来上がっている。

 しかし、その中に光一の姿は無い。


「……?」


 狙いを外したとは思えない。

 そう思っている山の獣の鼻が人間の臭いを嗅ぎ取った。その方向を見ると、息を切らしながらも2本の足で立って木刀を構えている光一がいる。


「危なかった。完全に扱えてるわけじゃないから賭けだったけど……」


 光一は山の獣を視界から外さないようにしつつ、距離を取るチャンスを伺う。

 4年の修行の間に目覚めた2つ目の潜在スキル『回避』。光一が認識している攻撃を回避するスキル。防御に関して強いスキルだが、「攻撃を回避する」為の動きはランダムであり、反撃に繋げるには難しく、空中で使うと無理に体を動かすからか、余計なダメージを負うこともある。

 山の獣の身体能力は光一よりも数段上であり、『察知』と『回避』を駆使したとしても勝つのは難しい。

 そもそも、攻撃に関するスキルは無いし、戦闘技術は学んでいない。

 逃げるしかない。

 山の獣はジワジワと光一との距離を縮め、光一はジワジワと離れる。

 光一の後ろで、パキッと音がした。


「!? ナキウが何で!! ヤバい!」


 山の獣に向けていた筈の『察知』が、不意に聞こえてきた音の正体を知らせる。反射的に『察知』の対象を変えてしまい、山の獣に隙を見せてしまった。

 光一の隙を見逃すような山の獣ではなく、素早い動作で光一に飛び掛かる。


「ビキィ!!」


 咄嗟に使った『回避』のおかげで光一は山の獣の一撃を躱せた。代わりにナキウの成体が山の獣の一撃を受け、その体はバラバラに砕け散った。

 躱せなかったら自分がバラバラになっていた可能性を見たような気になって、光一は血の気が引く。


「ヤバいヤバい……」


 山の獣は、再度、光一に狙いを定めて、太い前足を薙ぎ払うように繰り出してくる。

 光一はそれを『察知』と『回避』を用いて躱し続けるが、体力値に絶望的なまでの差がある。


「一か八か!」


 光一は『回避』の動きを何とか制御して、山の獣の死角に入り込む。山の獣は光一が反撃に出るとは思ってもいなかったのか、虚を突かれて、光一を一瞬だけ見失う。

 光一はそのチャンスを逃すまいと、木刀を素早く構えて、素振りの要領で振り下ろす。

 バキィッと音を立てて木刀が砕け散る。反動が手や腕に伝わり、鈍い痛みが走る。

 しかし、山の獣は大したダメージを受けてはいないようで、ゆっくりとした動きで光一へ向き直る。

 10歳とは言え、木刀が砕ける程の勢いで一撃を打ち込んだのに、僅かな程のダメージも受けていないような山の獣の様子に、光一は絶望を禁じ得ない。

 ナキウならば楽に殺せた。

 それは、ナキウが自然界最弱だから。

 自然界においては人間も強い部類ではない。

 目の前にいる山の獣から見れば、光一もナキウと大差ない。


(ふざけるな)


 山の獣がゆっくりと光一に近付いてくる。

 腕に力が入らない光一は、唯一の武器である木刀を失い、ただ、後退って距離を取るしかできない。


(ふざけるな……!)


 山の獣が飛び掛かってくる。

 爪が、牙が、光一を殺すために降り掛かってくる。


(ふざけるな! 死んでたまるか! 俺はただニート生活を送りたいだけなのに! こんな所で死んでたまるか!)


 咄嗟に『察知』と『回避』で一撃を躱した際に、光一の脳裏にキラキラとしたものが湧き上がってくるイメージが浮かぶ。


(これは……!)


 山の獣が繰り出してきた一撃がゆっくりに見える状況で、光一は最後の潜在スキルを受け入れる。内容は分からないが、この危機的状況下で考える余裕は無く、発動させる。


「……? ……ッ!」


 山の獣は、自分の一撃を躱し続ける光一に苛立ち、渾身の一撃を叩き込む。それさえも躱され、連撃を放つべく、その姿を探す。

 しかし、その姿を見つけ出すことができなかった。

 光一の姿が見えない。

 気配も無く、臭いもかき消えた。

 しばらく、周辺を探し回ったが、どこにも光一の姿は見当たらない。

 あんな小さな子供も殺せなかったことは腹立たしいが、馬を追ううちにナワバリから離れたことも気がかりだ。

 仕方ないといった様子で山の獣はこの場から離れて、テルスズ山へと帰って行った。


 完全に山の獣の姿が見えなくなり、『察知』を用いても山の獣に襲われる近未来は見えないことを確認し、光一は深く溜息を吐きながら座り込んだ。


「何だったんだ、このスキル……。あの獣、俺の姿が見えなくなったのか……? 隠蔽……? 隠せるのが俺だけなら『隠遁』って感じか……」


 その後、光一を迎えに、馬で逃げていった若衆が引き返してきてくれたおかげで、光一は町へ向かうことができた。荷車も回収に行ったが、行き掛けの駄賃というのか、荷車はバラバラに壊され、積載していた農作物は食い漁られていた。僅かに硫黄臭がしていたし、山の獣だけでなく、ナキウにも農作物を食われたのかもしれない。


「あの害虫ども……帰ってきたら覚えてろ……!」


 結局、1人の若者が光一を町まで連れて行ってくれた。光一の荷物が無事だったのが不幸中の幸いだった。

 ちなみに、ナキウに矢を放った若者は、村長を中心とした村人全員から説教の嵐だったようだ。特に、ルビエラの怒りは凄まじく、どこからか取り出した真剣で斬り殺される寸前だったらしい。


 そんな村の騒ぎなんて知る由もなく、光一は町に辿り着いた。


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