深い深い森の奥に隠れるようにして建てられた山小屋の煙突から煙が上がっている。
白い空間から『神』の作り出した世界に降り立った
ただひとつ『異世界転移』らしいことをしたのは、冒険者ギルドという組織への登録。現代日本における彼の名は、この世界の人間には伝わりにくいらしく、登録名を『ゼン』とし、簡単な依頼をこなしたがすぐに飽きて街を去り、なにをするでもなく、おのれの欲求を満たすだけの自堕落な生活していた。
「おい、黒ブタ。さっさと用意しろ。」
「あっ…う……!申し訳ありません、ゼン。」
たわわな胸が雑に叩かれて大きく揺れ、赤い跡が付くが、それよりもゼンの命令に従うため食事の用意を進める。そんな彼女をゼンは満足そうに見ている。
黒い修道服のベールのみをかぶり、目を隠され、首には赤い首輪にぼんやりと光る特殊なリードをつけている。黒い色の際どい下着姿にガーターベルトで白いタイツを留め、黒色をした鋭いピンヒールを履かされた女。あの日、ゼンと一緒にこの世界にきた女性の今の姿だ。
心を『破壊』された女性はもう、大きな声でわめくこともなく、ゼンを恨み、泣きながら睨むことはない。今ある意識はゼンが囁き洗脳し、彼女に与えられた『例外なくすべてを作り出し、生み出す力』を使って作られたゼンの為にはたらく温かい人形として都合がいいように生まれた人格だ。一応名前は『クロエ』としたらしいが、ゼンは自分の呼びたいように呼んでいる。
「お待たせしました。」
「……まぁまぁだな。」
出された食事に手を付けるが美味しそうに食べているという感じではない。ただ腹を満たすためだけに口にしているだけのようだ。
空になった皿を片付けさせて、暇そうに頬杖をついてあくびをして、数枚の銀貨が入った袋を取り出す。ゼンは少し考えてから立ち上がり、クロエの首に付けたリードを引っ張る。
「おい、ここも飽きたから街に行くぞ。金もなくなってきたからいい頃合いだろ。」
「かしこまりました。」
外へ出たと同時に、小屋を塵にして痕跡を消した。
「やっぱりいいなあ……もういっそ……いや、それじゃあ面白くねえ……クククク……!」
思いのまま気の向くまま。
好き勝手にできることに喜びを感じながら、ゼンは森の中を直線に進んでいく。前方にある木も、歩くのに邪魔になる足元の草木も、小屋と同じように塵にして自分が進むためだけの道を作っていった。
しばらく進んだところで人の気配を感じる。
金属音と悲鳴が聞こえ始め、近づくにつれて見えてきたのは、公道の真ん中で数台の荷馬車が山賊とおぼしき集団に襲われている現場。
「だ、誰か……っ!助けてくれ!!」
「こんな山んなかに人がいるわけねぇだろーが!抵抗してないでさっさと荷物よこせ!!」
「商人さん!隠れて!!」
「くっそ……数が多い!!」
冒険者ギルドで雇ったであろう護衛が数名、山賊と思われる輩と交戦している。山賊の中に魔法が使える者がいるらしく、思った以上に苦戦を強いられているようだった。
「ゼン?」
「……別に普通にとおりゃいいだろ。」
そう言ってゼンは交戦中の山賊と護衛のど真ん中を、スタスタと歩いて横切ろうとする。
「あんだぁ?こいつは?」
「知るかよ、やっちまえ!」
血気盛んな山賊のひとりがゼンに向かって走り出し、斧を振り下ろそうとした。チラリと横目で視認して、だるそうに腕をゆっくりと上げて山賊の顔面を掴む。
「んがっ!?イギギギ……っ!!」
ギチギチと……山賊の顔に指が食い込む程の力を入れて、不機嫌そうに文句を言う。
「俺はここを通るだけだ。邪魔するな。」
次の瞬間、山賊の頭はつぶれたトマトの様に歪み、血を吹き出して地面に転がった。なにが起こったのか理解できず、その一瞬を見ていた山賊たちは固まっている。冒険者たちはこの機を逃さず、隙をついて山賊の魔法使いに近づき切り捨てた。
「どなたか存じ上げないが、助太刀感謝する!」
「あ?なに言ってんだお前。」
「え……」
冒険者パーティのリーダーと思われる鎧を着た男がゼンに向かって礼をしたが、助けたつもりのないゼンは不機嫌そうに返事をする。
「っのやろう!よくも兄貴をやりやがったなぁあああ!!」
「だから邪魔すんなっつてんだろーが」
一斉に武器を振り上げ、ゼンに襲い掛かる数名の山賊たちだったがその刃がゼンに届くわけもなく、軽くあしらうように手を振り、山賊は血と肉片になって飛び散り周辺を赤色で染めて広がった。
「き、きゃああああ!!」
「うるせーぞ女!!」
「……っ!!!」
辺りは一瞬で血に染まり、近くにいた冒険者パーティのひとりである女の弓使いがその血を全身に浴びてしまい、悲鳴を上げた。いちいち甲高い声を出して騒ぐ女が嫌いなゼンは弓使いの声を破壊していた。物理的な破壊ではなく、声そのものの破壊だ。はくはくと口を動かす弓使いだが、そこに声はもうなくなっている。
「ひっひいぃい……」
「き、君はなんてことを……そのタグは、君もギルドの一員ではないのか?!」
「だから?」
銀色に艶やかに光るタグがゼンのベルトで光っており、同じギルドであることを確認したが、それでもゼンの態度は変わることがない。目の前に邪魔なものがいなくなり、進行方向の確保ができたゼンはクロエを引っ張り進もうとした。
「も、もうなんでもいい!金ならいくらでも出す!だからはやく助けてくれ!!」
「金……」
森をでるのは金の為であったゼンは、商人が発した「金」という言葉に反応して動きを止めた。
「おい、ジジイ。『いくらでも出す』って言ったな?」
「ひ、ひいぃ……だ、出す!出すから!!山賊をどうにかしてくれ!!」
「嘘だったらお前も壊すからな」
前方の馬車の方ではまだ山賊たちが暴れている。ゆっくりと近づいて、声を掛ける。
「おーい、山賊は手を上げろ。」
誰も手を上げるはずもなく、応戦していた女戦士がゼンの隣まで下がり、口添えをする。
「今前にいるやつら、全部山賊よ!」
「なんだ、全部か。聞くだけ無駄だったな。」
無駄なことをしたことにため息をつき、ゼンは数を数えながら端からひとりひとり弾けさせて破壊する。その異質な力を間近で見ていた女戦士は、突然辺りを包み込んだ血の臭いに耐え切れず嘔吐していた。
「……――7、8。さっきのを足して15か。」
「ひとりいくらにしましょうか。」
「いくらでもっつてたんだ、いくらでも吹っ掛けてもいいだろ。」
静かな森の中、異様な空間が出来上がっていた。
死体の値段を相談する首輪で繋がれたほぼ全裸の女と、表情一つ変えることなく人を殺し笑っている男。
「まさか……60年前、突如現れたという……当時世界で唯一のプラチナランクの冒険者になったというあの……」
「な、なんだそれは……今そこにいるのはせいぜい20代か30代くらいの男じゃないか……意味が分からん!!」
「オェ……あんな意味不明な力持ってんのよ、歳をとらないくらい不自然じゃないわよ……最悪ね……」
ニコニコと笑いながら近づいてくるゼンを、恐怖で歪んだ顔をして見ている商人の男。
「15だ。」
「は、ひ」
「15万金貨な?ほれ、はやくしろ?」
手を前に出し、報酬を要求する。腰が抜けているのか立ち上がれずにいる商人は、突き付けられた金額に目を丸くし、反論してしまった。
「た、たかが山賊に15万金貨だと?!バカを言うな!!せいぜい――ングベッ!!」
最後まで聞く……なんてことはするはずもなく。