夜通し歩き、森を抜け、たどり着いた高い壁に囲まれた強固な守りを備えた街は【フェストン】。
以前ギルド本部があったのは王都【ケーニヒ】だったが、王命により王都からはるか遠く、辺境の地にあるフェストンへと移された。魔物の出現が減った事や、魔竜討伐の一件で信用が落ちた事、ただ単に当時の王がギルドの存在をよく思っていなかった等様々な理由が重なり左遷された。
それに比例するように、冒険者という職業の人気は低迷し、男戦士のように情熱的に冒険者を志した者以外はよっぽどではない限りギルドに入ろうとはせず、王室直下の騎士団に入団する者が増えていっている。
安定した給与をもらえ、危険な状況には陥ることが少なく、ただそこに居ればいいだけのぬるい職業こそ、今の平和に溺れているこの世界の正解であるように、人々は街を行きかっている。
ほぼ裸の大人の男女がいる異様な面子に、門番に止められて時間を食ってしまったが、なんとか街へ入ることができたゼン達。男戦士たちは、さすがに洋服店に行くと言い、その場で別れることになった。
「短い間でしたが、ご一緒できたことを光栄に思います。」
「ギルドにゃ俺が言っといてやる、感謝しろよ。」
「……違法物の報告で報酬もらいたいだけじゃない。」
「おい女、俺がお前の小言に気付いてないと思ってんのか?ハゲ丸がいなかったら山賊と一緒の運命だったのがわからねぇのか?一生感謝してその体で一生奉仕してやれよ?ハハハハハ!」
女戦士は青ざめて下を向いた。有益な情報を男戦士がゼンに伝えていなければ、全員が無事に街へ来ることが無かったことを、思い知らすような圧を与える目で睨まれたから。
「そ、それでは我々はここで!!失礼します!!」
深々と頭を下げて離れていく男戦士たち。ゼンは去り際にクロエへ視線を流し、いつ気付くかはわからないが、弓使いの声を『作る』指示を出す。
「さて……」
少し……街の中央へ歩みを進めて辺りを見渡す。
メインストリートは華やかで、賑わい、辺境の街の中でも栄えているフェストン。人々は笑い、豊かに過ごしているように見える。
「いいじゃねぇの」
「そうですね、ゼン、とても――」
クロエに向かう視線が多かったが、そんなことは当人もゼンも気にすることはなく、ギルド本部を探す。
不人気職業となってしまったがゆえ、本部と呼ばれてはいるものの、建物自体は大分小さいものになっていることだ。目印は、今も変わらず掲げられている太陽を模した御旗。
「はっ!なんだよここ、場末の酒場かよ。」
メインストリートから脇道に入った薄暗く汚れた小さい通り。万人を引き付けていたであろう太陽の御旗は薄汚れ、以前の面影はほとんどないと言ってよかった。ギィーっと大きな音を上げながら建付けの悪いドアを開き、中へ足を踏み入れるゼンとクロエ。
2階へ続く階段の横に、無駄に長いカウンターと、待合用に設けられた2~3人集まれればいい程度のテーブルとイス。壁には依頼表の貼り付けができるボードがあるが、破られた髪の切れ端が残っているだけ。
「クックック!!ここまで落ちぶれてるとは。面白れぇ。」
ドカドカとわざと音を出しながらカウンターへ向かい、ベルを鳴らす。すると、奥の部屋に続く入り口にかかっているカーテン越しに声が聞こえる。若い女性の声だった。慌てた様子で顔を覗かせた受付嬢とゼンの目が合った。
「い、らっしゃい、ませ?」
「おう、いらっしゃってやったぞ。」
「えぇぇと……冒険者さん、ですか?」
小さな体に大きなメガネ。レンズ越しに無垢な瞳で見つめられ、ゼンは珍しくきょとんとした表情をしてしまっている。
「ゼン、何十年も経っています。写真などの記録の媒体は存在しない。わからないのは当然かと。」
「あーね。そりゃそうか。」
クロエの言葉にそういえばと思い出し、受付嬢の頭をポンポンと撫でながらある男の名を呼ぶ。
「アダルヘルム!!でて来い!!」
こじんまりとした室内に響くゼンの声。2階で過剰反応を起こした人物がいたようだ。物を倒した音とドタドタと走る足音。息を切らして慌てて駆け降りてきたひとりの男。
「よぉ~久しぶりだな。」
「ゼン・セクズ……!!」
階段の手すりに添えた手は震え、驚愕した表情を見せる男。受付嬢の頭に手を乗せたままなことに気付いたアダルヘルムは駆け寄り、ゼンから受付嬢を引きはがし、心配そうに声を掛ける。
「マディ、なにもされていないか?どこかおかしなところはないか?だいじょうぶか?」
「え、あ、はい、大丈夫です、よ?」
過剰な反応に驚く受付嬢マディ。だが少しうれしそうな表情を見せている。
「そいつはあれか?お前のひ孫か?それとも孫?あーもしかして『娘』か?クックックッ」
「……私の部屋まで来い、ゼン・セクズ。」
首根っこを掴まれ、引きずられていくゼン。雑な扱いをされているにもかかわらず、特に気にするそぶりを見せることなく、ヒラヒラとマディに向かって手を振っていた。
「変わらずげんきそうじゃねぇの?」
「誰のせいでこんなことになっていると思っている!!」
廊下にクロエを残し、ゼンを部屋に引き入れ扉を乱暴に閉めたアダルヘルム。
「それはどれのこといってんだアダル?わっかんねぇなー」
「とぼけるな……私の寿命をいじくり、奇妙な呪いまでかけて生き長らえさせたこと、忘れたなんて言わせないぞ。」
ニヤニヤしているゼンを睨みつけるアダルヘルムは、今にも殴りかかりそうな衝動を血がにじむ程握りこんだ拳で抑え込んでいる。
「十分楽しんでるだろお前、んな怒るこたねぇだろ。」
「……っく!!」
否定ができないのは、本能的に『楽しんでいた』ことが事実だったからだ。その証拠に、彼の言う呪いが刻まれた下腹部が、呪いを付けた本人を見てまた疼き、熱を持ち始めている。
「私のことはとりあえず後でいい。今頃なにしに来た?あなたのせいでここまで落ちたギルドなんかに……」
「俺のせい、ねぇ?大体、平和になりゃこんな施設いらなくなるもんだろ。お門違いな言い分だぞ?そういうお前も、わざわざ云十年もギルドになんかにしがみついてるくせに。」
「私はギルドという組織を、冒険者であることを誇りに思っているからこそ消さずに、誇りをもって死んでいった仲間の魂と志を途絶えさせぬために、長としてここにいる。だけどあなたは……あなたは自分がしでかしたことをお門違いだと?なにがしたい、なにをしようとしてるんだゼン・セクズ……」
ひとり掛けのソファに腰を下ろし、頬をついて立ち尽くしているアダルヘルムを見る。
「俺に選ばれて利用されることを誇りに思えアダルヘルム。」
「なにを……うっ……?!」
いつの間に入室したのか、アダルヘルムの後ろにはクロエが立っている。ゆっくりと歩み、仰向けになってベッドへ横たわり、静かに呼吸をするクロエ。
「こんなところにずっと引きこもってたんだろ?そんな固まった脳みそになってるんじゃ俺の言うことも理解できなさそうだな?」
「やめてくれ……下にマディもいるんだ……こんなこと……」
「これも大事な『お勉強』になるだろ?楽しめよアダルヘルム。」
横たわるクロエが吐息を漏らす。ビクンと体が反応し、じっとりとした汗を吹き出す、アダルヘルムは正気を失い、自分の服を脱ぎながらクロエ覆いかぶさり、乱暴に下着を引きちぎりその体に食らいつく。
「あー俺がなにをしたいかだっけ?とりあえず当面はギルドに復帰して稼ごうと思ってるぞ。あとそうだ、商人の護衛依頼あっただろ?違法取引してたみてぇだから証拠も持ってきたから――ってまぁ今は聞こえねぇわな。クックック!!こうやって見るのも悪くねぇ。」
男女の不自然で荒い吐息と軋む木製の天井に、マディは耳を塞ぎ、耐え切れず外へ飛び出していった。