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6.見えぬ未来、蘇る闇

ギルド本部のアダルヘルムの自室へ戻ったゼンは、フォンゼルとの出来事を酒を飲みなおしながら笑って話していた。


「わかりました~つってさっさと引っ込んじまったんだ。結構使えそうな奴だったけど、今は無理そうだったなぁ。」

「あなたは本当になんて面倒なことを……はぁ……仕方ない。ゼン・セクズ、早々に動くのか?」

「俺がひと暴れするのにちょうどいい依頼でも入ってんのか?」


机に積まれた書類を何枚か抜き取り、ゼンへ渡す。簡単に目を通したが、ため息をついて放り投げてしまった。


「馬鹿にすんな。」

「仕方ないだろう?少しだけだが魔物の動きは活発になりつつあるにしても、冒険者にわざわざ金を出して依頼をするより、報告が上がれば難易度に関係なく国が動く。今ギルドに入る依頼は、あなたが遭遇した商人のような人間ぐらいだ。」


不貞腐れたゼンはベッドで座っているクロエの体に飛びつき、胸に顔をうずめながら、


「おい黒ブタ。」

「そうですね、もう一度世界を魔物で満たしてみては?魔竜を蘇らすのも良いかもしれませんし、別の脅威を生み出してみるのも楽しいのではと。」

「ダメだダメだ!なにを言っている!トラウマを蘇らすな!」


一瞬ゼンに睨まれ、ひるんだアダルヘルムだったが、ゼンの様子が少しおかしいことに気付く。いつもならなにかしらの反撃や反論が飛んでくるのだが、それは一切なく、静かにクロエの体を触ってウトウトしているようだった。


「ダメ……でしたら、彼に会いに行くのはどうですか?」

「あーあいつか。そういえば、わすれ――……」

「まさか、眠かったのか……?」

「しー…っ。寝る前はこうですけれど、途中で起こされた時の寝起きの悪さは世界が滅びます。」


無防備な状態のゼンを見たのは初めてだったアダルヘルムは珍しそうにのぞき込み、頬に触れようとしたが、クロエのひと言で思いとどまり離れる。


「その……クロエ嬢も疲れているだろう?私は下でマディと一緒に寝る。ここは好きに使ってくれて構わない。」

「相変わらずお優しいのですね、呪いの元だというのに。ありがたく使わせていただきますわ。おやすみなさいアダル。」

「私のせいでもあるからな……おやすみ、良い夢を。」


アダルヘルムはそう言って部屋を出て1階へ下りて行った。


「『良い夢を』……ふふふ……ふふふふ……」


クロエは横になることなく、自分の膝の上で寝息を立てるゼンを見つめ、時折頭を撫で、夜を明かした。



翌朝――。


ノックをして自室に入るアダルヘルム。目に入ったのは風呂上がりのゼンがクロエを押し倒している現場。


「他人のベットでなにをしようとしているんだあなたは……!」

「朝なんだから仕方ねぇだろ」

「どの時間帯でもやめてくれ。」


舌打ちをしてクロエから離れ、上着を着て外出の準備に切り替えるゼン。アダルヘルムはゼンの中で大事な情報源でありおもちゃであるゆえ、簡単に壊しはしない。アダルヘルムもそれはわかっているので、多少の戯言はゼンに対して発言する。


「自分だけ楽しんだくせに」

「それはあなたが勝手に……っ!」

「まぁいいや。数日出る、お前はどうするアダル?」

「……私にも仕事がある。それに、あなたがギルドに戻ったことを広める必要があるのだろう?戻るまでできる限りの事はしておこう。あと……あなたは歩いて行くのだろう?不便のないよう通行証を用意した、マディから受け取ってくれ。」


今日もゼンの機嫌はいいらしい。鼻歌を歌いながらクロエに何かを作らせていた。


「理解ある『仲間』がいると頼もしいなあ?」

「アダル、これを……当面しのげると思いますわ。」

「……?なんだこれは?」


柔らかく、ぐにょっと手にフィットする割れ目がある筒状の物体と、粘度の高い液体が入った物をアダルヘルムに渡す。クロエは軽く使い方とおぼしき仕草をした。


「当面それでしのげるぞ~」

「なっ!まさか!バカなのかあなたは本当に……っ!!」


ゼンの意図に気付いたが返すタイミングを失い、ゼンはクロエを連れて部屋を出て行った。


1階にいるマディから通行証を受け取り、人々の視線を受けながら街を出る。


「あいつどこにいるんだっけな?」

「我々と離れる際、泣きながら自分を封印していましたし、南の洞穴にいらっしゃるのでは?」

「あーそうだったそうだった。んじゃいくか。」


フェストンからはるか南、魔竜討伐跡地近くに魔物が生まれてくると言われる洞穴がある。

数日どころではなく、数十日かかる道のりになるが、そんなことを気に留めることなく歩みを進めるゼンとクロエ。途中、いくつかの町や村を見て、笑いながら。


切り立った山の中腹。火山の熱と毒を持ったガスが発生し、人間はおろか動物も近づくことの無い荒れた土地。火山性の地震の影響で自然に作られた洞穴の奥に巨大な結晶が群生している場所があった。

美しく見えるその結晶の奥にわずかに見える頭にツノが生えた普通にしていれば、整った顔立ちの男。


「ひでぇ顔だな。」

「泣いていましたからね。」

「んじゃ起こすか。ファイン・ゾンダーリング、聞こえてんなら避けろよ~」


目を閉じ、開く。結晶が細かくバラバラと宙に飛散していく。


「ゼーーーーーーーーン!!!」


体を半壊させながら、結晶の中にいた男、ファイン・ゾンダーリングは飛び出し、ゼンに抱きついた。結晶ごと破壊されていった体は、不思議なことに徐々に巻き戻るように元通りになり、復活した腕でさらにきつくゼンを抱きしめ、キスをした。


「ん……ぷふぁっ!オカエリ!」

「元気そうだなファイン。」

「ずーっと待ってたよ!ねぇ、なにするの?どこから壊すの?!」


見た目とは裏腹に子供っぽい仕草でゼンに甘えるファイン。


「まぁそう急くな。」

「ファイン、お久しぶりです。お召し物は?」

「む……ゼンはクロエちゃんとずーっと一緒にヨロシクしてたの?」

「便利さでいえば黒ブタの方が上だからな。」


ぷくっと頬を膨らませて怒っているファイン。クロエが体に触ろうとしたがパシッとその手を弾いて拒否をした。それが気に入らなかったのかゼンはファインの体を四散させる。


「……わざとそういう態度をとるなと前から言ってんだろ。」

「あはっ!だってこの感覚、久しぶりで……すごくキモチイイ……っ!」

「イカれたんなぁお前は。」

「……ゼンと一緒デショ?」


大人しくクロエに服を着せてもらったファインはゼンと共に洞穴から出て伸びをする。


「これからどうするのゼン?ボクを起こしたのはナゼ?」

「一応お前『魔王』やってただろ?その力でちょっと混乱させてくれ。」

「そうしたらご褒美くれるゼン?」


返答なく、ヒラヒラと手を振りながら山を下りて行くゼンの姿を見て、ファインはにっこりと笑い天に向かって声を上げる。


眷属けんぞくたちーー!起きる時間ダヨーーー!!」


一瞬の静寂。

バサバサと、わざと音を立ててファインの元に飛んできた一つ目の蝙蝠こうもりが肩にとまり、空の色が揺れる。

東の空は燃えるように赤く、西の空は黒く沈み、北の空は光に包まれ……ゼンのいる南の大地はファインから漏れ出す多量の魔力の重さで震えている。


「まってまってゼーーン!ボクは一緒に行くんだからネ?」

「これからお前の眷属を端から消してくのに、それを見たいってか?」

「うんうん!見たい!ヤリたい!!」


顔に右手をあてて、高らかに笑い声をあげる。


「ぜーーんぶ壊そ!ボクも、眷属も、世界もぜーーんぶ!」


元魔王ファイン・ゾンダーリング。ゼンと出会い、心を奪われたイカれた魔族の長。ゼンと共に、世界を『導く』存在として、起床。

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