ゼン達がフェストンの街に帰還したのは、各地に眠っていた魔物たちが目覚めてから20日後。
20日前の平和な賑わいはなくなっており、街を行きかう者たちの様子も変わっていた。王国から派遣されたであろう兵士や、冒険者らしい装備をした者が街中をうろついている。
ギルド本部は、というと……突然訪れた世界の異変に合わせ、賑わいを取り戻し、ひと月前の湿ったくらい雰囲気はなくなって、満員御礼と言った様子。狭い室内はすし詰め状態、その中を無理やり進み、カウンターで忙しく登録手続きや、依頼の受諾をしているアダルヘルムに声を掛ける。
「忙しそうだなぁアダル。」
「ゼン!!い、今は後にしてくれ!!」
「アレ?この人も生きてるの?久しぶり~ダネ?」
「ぬぁっ?!ちょ、っちょっとま……『あいつ』とは……なんてことだ……」
いつも通りフルネームで呼ぶことすら忘れるほど、切羽詰まった様子で手と口を動かしているアダルヘルムは、ゼンの後ろから顔を覗かせた人物を見て更なる混乱をした。
「すまない!!今は登録のみ受け付ける!依頼の受諾や受付は夜に行から!今は未登録者以外は退室してくれ!!」
どうにかして抜けようと、苦肉の策をとる。室内にごった返していた冒険者たちの整理をし始めた。
しかし、素直に聞くものばかりではない。どの時代でも、気性の荒い者はいる。額に血管を浮かせ、怒号を室内に響かせる。
「ふざけんな!せっかく稼げるチャンスが来たんだぞ!さっさと受け付けしろ!!」
「君、申し訳ないが理解を頼む。連日過剰な書類や受付をしている状況だ。不備があれば君たち冒険者たちに迷惑をかけてしまうんだ。だからここは穏便に……」
「うるっせえ!!受付なんて紙に印押しておわりだろーが!んな簡単な事も出来ねぇってのか!!せっかく俺様がギルドに登録してやったんだぞ!!」
理解ある冒険者たちは素直に退室していく中、騒ぐ若い男はアダルヘルムに食って掛かかる。しかし、動じることなく対応を続ける。
「ギルド長命令だ。早くここから出ていきなさい。」
「偉そうに……俺様はなあ!王国の騎士団出身のエリートなんだぞ!!もっと敬え!!」
その様子を見ていたゼンは小さい声で笑いながらカウンターの内側に入り、男の前で立ち止まり優しく微笑みながら、声を掛ける。
「これはこれは……騎士様でしたか。あまりにも粗雑な振る舞いでしたのでどこの田舎者のクソガキが迷ってこちらにきてしまったのかと。クックック!!」
「なっ、なんだと!!誰だお前!!」
顔を真っ赤にして、さらに怒りをあらわにする若い男は、ゼンの襟首を掴み威嚇した。
「その様子だとあれだろ?騎士団とかいう高貴な方々と折が合わず、逃げ出したか?それかクビにでもなったか?やっぱりフォンゼルは人間を見る目があるらしい、こんな使えねぇ奴はギルドにも必要ねぇわ。」
「……っだとてめぇ!!表出ろコラァ!!」
図星だったのだろう、ゼンの襟を力いっぱい引っ張り、カウンターから引きずり出して床に転がした。
「「「あ。」」」
クロエ、アダルヘルム、ファインが同時に声を上げる。異様な空気に包まれる室内。転がったゼンはそのまま床に寝ていて起き上がる気配はない。
「な、なんだよ……」
さっきの威勢はどこへやら。
数名残って様子を伺っていた冒険者も視線を外し、ほぼ裸の痴女に瞳は見えないのに憐れんだ視線を送られてるように感じ、ツノを生やしている異種族の男に頬を染めながらニヤニヤと見られ、ギルド長は頭を抱え諦められたかのように視線を逸らされた。事情をよく知らないマディでさえ、今の状況を一瞬で理解し、アダルヘルムにしがみついて後ろに隠れたのだ、情けない声を出すのも仕方がなかっただろう。
「ゼーーン?わざとデショ~?」
「クククク。あーおもしれぇ。」
ファインはなにかを期待して、ワクワクした様子でゼンに声をかけた。それに反応したゼンは、笑いながら起き上がり、若い男の聞き手の肩に手を添えてトントンと優しく叩き、
「一応な?ここは俺の家になる場所だからな?お前のような奴の汚ねぇ血で穢したくねぇわけなのよ。」
「は、はぁ?」
「だからさ、これで勘弁してやるから。さっさと失せろガキが。」
若い男の聞き手がビクンビクンと、腕から指先にかけて異常な動きを見せ、ダラリとぶら下がっているだけになり、動かなくなった。
「え……?なん、なんだこれ……感覚がない……えっ?え?」
自分の聞き手の感覚を失った若い男は理解が追い付かず混乱しているようだった。
「アダルヘルム、こいつはもう冒険者として機能しねぇ。除名しとけ。」
「……そうだな。」
「えー……ゼン優しすぎじゃナイ?」
「それはどうかしら?人間にとってはそこそこの痛手では?」
自分を無視して和気あいあいと話しをしているゼン達を見て、若い男はその場に膝を落とした。
「お、俺様の腕が……わからない、動かない、なんだこれ……なんで……」
「お取込み中すみません。忙しいのでサクッとこちらに……指で結構ですので印をお願いしますね。」
アダルヘルムの後ろに隠れていたマディ、棚から1枚の紙と赤いインクを持って若い男の元へ行き、除名の手続きを進めた。上の空になってブツブツ言っている若い男の動かなくなった腕を掴み、親指にインクをつけて紙に押し付けた。
「おいアダル、お前の娘も大概だな。」
「まだ14歳だが肝が据わっている子だ。でなければここを任せてはいない。……あなたにくれてやるつもりもないからな。」
「ハハハ!今はチビすぎていらねぇわ。」
若い男にぺこりと頭を下げてカウンターに戻り、書類の確認をするマディ。ゼンの発言に怒って返事をするアダルヘルム。スキップをしながら若い男に近づいたファインは耳元で囁いた。
「優しいゼンに感謝だよ、キミ。」
「これが……優しい……ふざけるな……クソ野ろっんがっあっ」
「黙れ、ゼンの悪口を言うな、さっさと消えろ。」
ファインは若い男の顔を片手で掴み、口がきけないように顎の関節を潰した後、肩にとまっている
「ファイン、遠くへ捨てとけよ。」
「うんっ!まかせてゼン!」
ファインにしかわからないことだが、結局、2度とここへ来ることができないほどの『遠く』へ連れていかれたことは間違いなかった。
騒動が収まり、一度外へ出ていた冒険者の登録を再開させる。クロエは手伝いをするようにとゼンから指示を受け、カウンターへ。ゼンは、一旦外へ出ているギルドに登録済みの冒険者を見に外へ出た。
「おい、お前ら。」
わざと声を上げ、自分に注目するように仕向ける。ざわついていた路地が静まり、視線がゼンに集まる。
その中の数名がゼンの体に光るタグを見て驚愕の表情を見せていた。
「プラチナ……?」
「シルバーでしょ?」
「刻印が違う。だとしたら――」
次第にざわつき始める。そのタイミングを見計らってゼンは饒舌に話し出す。
「知っての通り、世界は魔物の共の手に堕ちようとしている。これがどういう意味か分かるか?お前ら冒険者の、ギルドの力を見せつけるチャンスが来たってことだ。批判や差別に負けず、おのれの力と志を信じたお前たちが日の目を浴びる機会が、もう一度来たんだ。わかってるだろ?国の命令だかなんだか知らねぇが、そんなもんに縛られて生きる必要が無くなったんだぞ?喜べ!誇れ!そして『白金のゼン』を讃えろ!誇り高き冒険者として、ふたたび歩み成長できる喜びを与えられたことを!」
外から聞こえる歓声。アダルヘルムは渋い顔をして、ゼンの後ろ姿を見つめていた。