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第30話 幕間・休暇~シャルとの場合

 聖都商街区は人が溢れ、動物が溢れ、色が溢れていた。

 重い荷を懸命に駄馬が牽く。これからここで生活を始めようとする若者達が、希望と絶望を両立させた顔を見せている。喫煙カフェで老人達が肩を狭くしている。

 それら全てが大門の前に作られた噴水からは見ることができる。見る者は余程に生活に余裕がある者に限られるという事実さえ、ここでは雑多に流れていく。


 シャルグレーテはこの光景が好きだった。噴水の低い壁に腰掛けながら、いつまでも見ていられる。加えて人の流れが多いため、人の記憶にあまり残らないことも素晴らしいと考えている。白の女騎士自身が男性よりも同性に群がられそうな美貌なため、焼け石に水という感があるが、日々の忙しさに追われる人々には夕食になって思い出すぐらいにはなってくれる。

 今日の格好はおかしくないだろうか? と王宮の華は悩んでいたが、態度には出さなかった。体に吸い付くようなシャツにベスト、そこであえてきつめのズボンを履いて女性らしさを出していた。首から下がったクラヴァットで制服感を薄めてもいた。男性貴族を女性用に改良したような格好だが、ステッキではなく剣を下げている。流石にスカートを着る勇気をシャルグレーテを持ち合わせていなかった。



「それにしても……遅いな」



 時刻は既に約束の時間に近づいてきている。されど待ち人来たらず。

 王女騎士のお相手がやることは決まりきっているので、ただ不満が口に出たというだけのこと。実際、数分後には目当ての人物が現れたので、シャルグレーテは立ち上がって照れ半分、威嚇半分に仁王立ちの姿勢を取った。



「よー。待たせたか?」

「いいえ、私も今来たばかり……ってコレ言う役割が男女逆じゃないかな」



 胸と尻が無ければ爽やか極まる貴公子にも見えるシャルグレーテに対して、ツコウは街で行動する時のいつもする格好だ。黒のダブレッドにズボンから靴まで黒い。この男が所属している騎士団に愛着があるわけでなく、地味な色ならなんでもいいのだ。

 任務中もあまり気取った言葉遣いをしないツコウは、非番になると完全に貴族らしさを失う。どうやら日頃はアレでも硬い口調に分類しているらしい。顔もボーッとしており表情が無い。



「なんで待ち合わせ時間より先に来ているんだ? 今がちょうどだろ、ホレ」



 その言葉通り、街に時刻を告げる鐘が鳴り響く。ツコウはだるそうに見えても……というよりは脱力と律儀さを両立できる男であり時間に遅れるようなことはない。反面、時間より早く来たりもしない。約束より早く来ることで下手に出ている意思を示すだとかいう考えは、知っていてもやらない。

 礼儀知らずと言われるのも仕方が無いが、国を放り出されても生きていける人間の余裕だろう。



「……乙女には色々あるものさ」

「遅れて来るなら分かるけどなぁ。さて、どこを回るか。前回は……ああ鍛冶屋だったか。なら今日は旅装を見たいな」

「いい店を知っているのか?」

「今から探す」



 歩き出すツコウに並ぶシャルグレーテは、しばらく手を閉じたり開いたりしていたが、意を決してツコウの袖を握った。ツコウは怪訝な顔をしたものの、振り払われることはなく……やはり一歩前進していた。いや、これは二歩ではないかと姫の心を浮き立たせた。


/


 時折上がる黄色い歓声に笑顔で応えながら、シャルグレーテは握った手がばれないよう取り繕った。ちなみにツコウにそんな声は一切上がらない……単純に知名度が低かった。“一剣”でありながら目立たないというのはもはや特殊技術の類だ。

 旅装を見たい、というツコウの提案は王女騎士にとっても結構な問題だった。なにせ特別な任とは言え、他の同僚付きとは言え、四六時中ツコウと共にある生活が増えるのだ。日中は胸甲を付けなければならないが、寝間着や平服など洒落た点を付けられるところは無数にある。

 お決まりの移動経路に、いつも以上に胸を弾ませながらシャルグレーテは予定を思い描いていく。



「そうだ。目立たない店を見つける前に、いつもの大店おおだなに行かないか?」

「ああ……それはそうか。お前の、あー下着とかズボンとか、あそこにしか置いてないからな」



 相変わらずの顔のまま放ってきた慎みの無い言葉に、シャルグレーテはツコウの手を少しつねる。そんな他愛のないやり取りが好ましいと思ってはいても、制裁は加えなければならない。


 目指す先にはその商館がもう見えてきた。離れていないというわけではなしに、単純に大きい。王都の商街区にこれだけの土地を買えるというだけで、目眩がしそうな金持ちなのは疑いない。事実、中に入れば客から店員まで舞踏会に似た有様だ。

 シャルグレーテからすれば正直言ってあまり好きではないが、致し方ない選択だ。品揃えということもあるが、王室御用達などという称号をばら撒くわけにもいかず、姉が懇意にしている店しか選択の余地は無い。それでも小さい店を利用する時は、そう触れ回らない代償に高い買い物をしていた。


 にこやかに近づいてきている店主を見て、また肩が重くなったとシャルグレーテは嘆息した。


/


 いつのまにやら外に出て、呑気にタバコなぞくゆらせているツコウに近づいて、シャルグレーテはその口から煙の発生源を取り上げた。別に良いじゃないかというような顔でツコウは手を上げた。



「終わったのか。その様子だと店主の方が上手だったな?」

「そうね。私好みの生地で作った一式がなぜか・・・、もう用意されていたよ。全くあの連中ときたら……」

「向こうは専門家で、お前は大将首だ。そりゃ叩き落とす策ぐらい持ってるだろ。しかし買い物に時間がかからない、というのでは面白みもないか」



 世間一般において女性の買い物は長く、付き合う男は諦めの境地に至ると言う。

 その考えで行くと、ツコウは異端になる。この男は物をろくに持たないくせに、女性……シャルグレーテのみだが……の買い物に全く苦を感じない男だった。

 そこでも好感が持てると王女騎士は一人頷いた。欠点はツコウ自身の買い物も女性のそれと同等に長いということだが、それはまぁ仕方ないことだ。


 既にいい感じの店を見つけておいた、というツコウの言に従ってシャルグレーテは弾むように歩き出した。なんであれ、堅苦しい店ではないだろう。


/


 まるで木こり小屋を思わせるような店だった。実際に、そうした客層を狙っているのだと毛の生えたトロールじみた店主は言っていた。不意の客を逃さないためか、あくまでそれらしく作ってあるだけで木の香りが漂い、清潔感がある店だ。

 威嚇している熊のような笑顔の店主に見守られながら、ツコウは並ぶ商品を吟味し始める。



「今日は何を買うんだい? お前のことだから実用的な品だろうけれど」

「実用的と言えば実用的だが、金属製のカップだ。前に使っていたのは、カル……あー、失くしてしまったからな」



 言いかけた言葉を王女騎士は完全に理解していたが、頷くに留めた。何をしたのかは想像がつく。自分の男はそんなふうに見えないのに、細やかな儀式を大事にする男だ。

 シャルグレーテは一緒に並びながら、商品を眺めていく。



「意外に色んな形があるものだな」

「長く旅をする時は、こうした小物は馬鹿にできない。実用性もだが、気に入った品一つで心が安らぐこともある。色でも形でも良いが、自分と合う物が大事……というのはお前には言うまでもないな」



 ツコウは物を持たないために、一つの品定めにかける時間が異常に長い。装飾などなどの要素を全て一つにつぎ込んでいるようだった。

 店に並ぶカップの中には毒と判明した鉛で作られた物もあり、これだから小さい店はとも思わないではない。女騎士の見解と一致しているのか、ツコウもそのあたりは完全に無視している。

 やがて彼が選んだのは意外にも、何の衒いもないデザインの物。長石から作られた杯を鋼で覆った物だ。



「あー、あー」



 珍しく言いよどんでいる黒の騎士。彼には似合わないし、らしくもない態度に白の女騎士も訝しく思いかけたが……



「これ、お前のもこれにしよう。何か家紋とか、こう、刻みを頼んだ特注で」

「! あ、ああ……そうだね。それは、ちょっと、素敵かな……うん。いい案だと思うよ」



 やはり自分たちの仲は進展している。あの日以来、階段飛ばしで駆け上がっている。

 黒と白。麗人と奇人のつがいは紋様について頭を悩ませて、夜までかかった。


 熊の店主は迷惑そうだったが、支払われた金貨に最高の笑顔を見せた。

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