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第31話 後の闇夜へ捧ぐ

 南方貴族、モラレス子爵邸。そこでは異常事態が静かに進行していた。

 しかし、それに気付くような者は1人としていなかった。召使い達は変事に気付いてはいたが、異常とは思っていなかったのだ。


 哀れな落伍者、病弱であるあまりに世界から放逐されたはずのアマドの部屋から声がするようになっていた。最初、使用人たちはとうとうアマドが自他の境界を無くしたのだと考えた。まぁ可愛そうな坊ちゃまで話は済んでいたのだが、最低限の給餌の際に声の種類が増えていることに気付く。

 当然の反応として成り代わりや侵入者が疑われたのだが……その日の内になぜか・・・皆、おかしいとは思わなくなった。あの部屋には最初から4人・・が軟禁されていると思い込んだ。子爵当人の脳からは元よりこの部屋は意識から除外されていた。


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 暗闇の中、静かに集う4人の男女。3人はまだ人間の形をしているが、1人は明らかに人間とは思えなかった。肌が黒塗りの粘液じみた物で覆われ、放つ気配は死体のそれだ。アルゴフである。

 瞑目し、瞑想の最中にあるアルゴフは突如として目を大きく見開き周囲を確認した。憑依の際に現在へと回帰するための基本動作だ。



「師よ。なにか変事でも起こりましたか」



 “後継者”アマド・モラレスがアルゴフの一番弟子として、問いかけた。かつて虚弱であった姿は既になく、どんな騎士や戦士にも劣らぬ偉丈夫と化していた。魔法への天才的な才覚を見せたアマドはかつての己に決着をつけるために、肉体改造の技法を習得した。その他の術もある程度は使え、アルゴフの後継者として相応しい人物に育ったのだ。



「我が目が全て閉ざされ、耳も大幅な減少を見せた。紛れもなく変事。すなわち……ケイラノスが誇る六大騎士団が本腰を入れたということ。我が身は早晩、永遠の旅に出ることはもはや疑いない」

「そのようなことがあるはずがありません! アルゴフ様こそ、地祇が遣いたまいし生き神ではあられませんか!?」



 “信奉者”ヘマが口からつばを吐き散らしながら抗弁する。彼女は元々の環境が酷すぎた反動か、アルゴフに期待を寄せすぎていた。アルゴフとしては予定調和である自身の破滅という事実を受け入れることすらできない。些か危うい人材だが、その崩壊気味の精神ゆえか心に働きかける術に長ける。混乱を起こすという点に絞れば、アマドもヘマには遅れを取る。



「むしろ我が身としては、感嘆に震えている。生前は戦士などというものは野蛮で卑賤としか見えないが、この国の騎士という戦士階級は学も重視している。世の中が正しく進むさまは好ましいものだ。だが……お前たちのように魔の素養に恵まれし者達を見落とすという愚をおかした。それを修正してやらねばなるまい」

「では、万事予定通りに」



 “調整者”クレトは短く言う。この男はいわゆるところの器用貧乏という性質で、魔術師としては伸び代が小さかった。しかし精神的な度量は誰よりも優れており、計画を粛々と進めていくことには信頼がおける。例えアルゴフがどのような目にあおうと、怒りを脇にどけて行動してくれるだろう。彼の身はアルゴフの計算によれば、天寿を全うすることができる。


 彼らは皆、アマドと同様に原因不明の虚弱体質に悩まされていた者達だ。ゆえにアルゴフへの忠誠は絶対の物となったのだ。

 現人類は魔力を放出する機能を失っているが、同時に体内へと溜め込んでいる。そのため、人間の域を飛び越えた強靭な存在が誕生するのだ。だが逆に魔術の才能がずば抜けた者たちがいたとしたなら……彼らは周囲に比べて肉体的に劣ることになる。穴がふさがっていないのだから。

 ケイラノスは大国であり、分母が多いため存在を確信できた。探し出すのも噂を辿れば難しいことは無い。時間を考えれば三人もの弟子を送り出せることは、まず満足すべき結果だとアルゴフも考えている。


 我が身を慕う弟子たちと尊敬できる敵の間に挟まれて、アルゴフは危うく昇天しそうな感覚を覚えた。まだ、駄目だ。最後の仕事が残っていると、強いて気を引き締めたアルゴフはまだ潰されていない、この城周辺の動物たちへと感覚を移す。



「迷いなく進む音、馬に乗っているな。怒りと義務を感じる……やはり、彼らが私の死神となるようだ。しかし容易く討たれるわけにはいかないのだよ。この身に残されし最後の役割……魔術の恐ろしさを知らしめるまでは。各々、脱出に取りかかれ。最後に確認するが、アマドよ。本当に構わないのだな?」

「ええ。ご随意に」

「……そうか」



 その簡潔さに死骸の身で薄ら寒さを覚えたが、それだけ成長したということだろう。そう判断したアルゴフは、躊躇わずに知覚を二分割した。さぁ、用意された終劇だ。しかし出し物はまだ続くと気づけるかな?

 期待を込めてアルゴフは片方の意識を飛ばした。目指すはこの城へと続く道に用意したモノ。アルゴフの恐ろしさを植え付けるために用意された存在。それをもって彼と互角に戦ってみせよう。


 その肉体は獰猛たる殺意を漲らせながら、1人の騎士へと襲いかかった。黒の甲冑へと。

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