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第32話 仮初の強敵

 探索は恐ろしいほどの速度で進行した。

 前回、事態を知る者をなるべく抑えようとした結果の失敗をケイラノスは繰り返さない。大国だからこその早さがそこにある。人の口に戸は立てられないというが、国民の数が他国より遥かに多いケイラノスではより顕著になる。

 どうせ広まってしまうのだから、速やかに全力で叩き潰す。前回の失敗をそれはそれと置いておいた上での切り替えは、国王ブレーズの手腕によるものだが、徹底したやり口はケイラノスのものだった。


 解決役たる史上初の“一剣部隊”コーディア隊は、各騎士団が調べ上げた優先度に従って可能性を潰していく。その最中に、モラレス子爵がある種の狂気にあるのではないかという疑いを掴んで急行している。


 そうして進行していく事態の中で、槍の穂先としての役割を与えられた男は少しばかり不満だった。



「こんなにあっさりと行くのなら、前回からコーディア殿に任せれば良かったんじゃないか? あの時、俺の休暇を潰してまで任務に駆り出されたんだが……」

「最強という称号への偏見だな。書類だけを見れば、ツコウは全てに長けているから任せようということになる。儂のような長いだけの経歴よりも、頼りになると思われたのだろう」



 トロットでコーディアの馬と並走しながらの会話をツコウは微妙な顔で続けていた。

 べつにコーディアの会話の内容がいただけないのではなく……ツコウの愛馬サグラリオンがコーディアの馬に対抗意識を燃やしているのだ。無限に思える名馬の体力に負けじと動く馬に閉口しながら、ツコウは手綱を操っていた。なにせ乗馬がいちいちコーディアの方へ顔を向けるので方向が徐々にずれては、直さねばならないのだ。

 お前に名馬の称号は付かんだろうなぁ、とツコウは思わざるを得なかった。


 もっとも……一行は山の坂道を登っている最中だが、左右に木々がある状況では盛大に道を逸れるのはむしろ難しいくらいであった



「そろそろモラレス子爵の領地だね。警備の兵も、見張り台も無いけど近隣とは仲いいのかな?」

「真っ当に統治してるんだろう。少なくとも逃散するような民がいない程度には……山賊とかが待ち構えるのにも絶好の場所なのが、気にかかるな」



 前衛の女騎士二人が言う。普通は逆ではないかとも思える配置だが、一行は全員が怪物であるために問題は無かった。


 領民は生産者であるため、ある意味では領主にとっては最も貴重な財産だ。勝手に住む場所を変えたり、逃げ出したりするのは大抵の領地規則では違反となる。厳罰化しているところもあるが、止められるほどに王家の威光は強くない。

 現状ではそのような治世しか築けない愚か者という貴族社会の風評と、黒悔こくかい騎士団によって主の首がすげ替えられることが抑止力となっていた。



「まぁ確かに、何かと出くわした方が自然……」



 かもしれない。そう口にしようとしたツコウは一瞬で後腰から黒白の双剣を抜いた。

 一拍遅れて、残り3人が警戒しようとした瞬間にツコウは確かに何か・・と出くわした。馬の上からわざと跳ぶことで衝突を殺しながら、愛馬が死なないように動く。



「コリン、馬を頼む! それと全員、俺に構わず進め!」



 咄嗟の叫びにためらいながらも、馬脚を速くして視界から遠ざかっていく4人を見たことでツコウは安堵した。これで何も気にせず戦えるというものだ。ツコウは目の前に立っている特級の化物を見上げた。



「よぅ、アルゴフさん。今日はまた随分とめかしこんでいるな?」

『ほぅ……質問に質問で返して悪いが、この状態でなぜ私と分かるのかね?」



 ツコウの眼前に立つ敵は異形としか形容のしようがない存在だった。ベースは熊なのだろうが頭は3つ、狼の足が24本、そして背中から剣を持った人間の腕が12本。熊としての姿を残した上で継ぎ足されていた・・・・・・・・・

 どんな戦士だろうと、こんなものと戦ったことはないと断言できる姿。数百年の昔から目覚めた死霊術師が送り出すこの世で一番醜悪な合成獣キメラだ。



「いやいや、そりゃ分かるだろう。いかにも扱いづらそうな見た目に加えて、一行の中で俺だけを目標にしてるんだ。中に誰かいなければ、そんな器用なことができるようには見えん」

『正解だ。これは君を倒すためだけに作ったアンデッド。新鮮な脳を3つ繋げてもまともに動かなくてね。仕方なく私が動かしているというわけだよ』

「全部か半分かは知らないが、こっちに魂を寄越して良かったのか? 子爵領には俺の仲間が向かっている。1人離脱させた程度で逃げられるとでも?」



 この怪物がアルゴフの意思無くとも動けるようなら危ないが、死霊術師の魂はここにある。もちろんモラレス子爵領には様々なアンデッドが配置されているだろうが、それで止められるような“一剣部隊”ではない。

 アルゴフ自身も分かっているからこそ、この場でツコウと対峙している。敵対者としてはその裏には何があるのか聞き出したいところだが、熊の顔が歪んでいる。それは笑いのようだが、頭が3つあるために表情すら操るのが難しいのだろう。



『さて、ね。裏の裏までは明かさないが、私は心底君が恐ろしい。だからここで殺すべく手間を講じたわけだ。私が生きていた時代よりも巨大になったケイラノスという国。それを変革しようと思うなら、最悪の鬼札こそ君だ』

「ふん? 随分と高く買ってくれたものだが、要は後継者を逃がすまでの時間稼ぎか」

『その通りだ。私はビャルキ王やヒギャルが心底嫌いだったが、奴らが強いということだけは認めている。それを遥かに凌駕するお前たちに勝とうとするのは欲深いというものだ』



 “墓を建てる者アルゴフ”あらため、“三首のアルゴフ”が背中にうごめく剣山を鳴らす。対するツコウは黒白双剣をだらりと構えただけだ。熊の腕を合わせて14本の手に対して、ツコウは2つしか腕を持たない。

 普通に考えれば単純に手数で敗北するだろうが、アルゴフは自分の側こそが挑戦者なのだと震える。



『最後に言っておくが、君たちは素晴らしい。尊敬すら覚える剣士たちだ。時代に選ばれた英雄たちよ……その力量に相応しい行動を期待する。どうか他者を容易く排斥などしないでくれ』

「生憎、決められる立場にない。俺は命令が気に入らなければ辞めるような騎士で、英雄などではないよ」



 魂を肉に収めたアルゴフは、心のなかで汗を滝のように流していた。

 これまでは何かを間に挟んだ邂逅であった。今でもアルゴフの肉体は遠くにあるが……それでも向き合うことでツコウに“対等の敵手”として狙われる恐怖を今更に理解する。


 理由もない強者。それがふらふらと行動して予測が付かない。謀略的に事を進めるにあって、これほど厄介な存在は無い。必ず殺す。不慣れな生の殺意を込めてキメラ・アルゴフは森の中、地面を蹴った。

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