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第36話 間違いのない決着

 一気に子爵邸への道を駆け抜けるシャルグレーテとコーディア。

 休息も取らずに主に従う馬も流石の名馬だ。小さな領地に邪魔者など無ければこうも容易く侵攻できる。いや、取り戻すための逆襲が可能になる。



「邪魔をするでないわぁ!」



 響く轟音、吹き飛ぶ動死体。――邪魔者はいないのではなく、まるで相手にならないでいるのだ。

 コーディア自身、長く“一剣”を努めた達者であるが、この力はそれだけではない。下位遺物“展延槍”。かつて行われた戦いにおいて、使用者を打ち負かしたコーディアに託された遺物だ。

 外観は先端のみが円錐形の小型馬上槍だが、実際には大型の質量と長さを持つ……単純でありながら効果的な神秘が宿る。こうした遺物は上位であればあるほど強力だが、便利さも上がっていくとは限らない。むしろ最上位の遺物などは限定的な状況でしか効果を発揮しないなどの場合が多く、使い勝手においては古代に量産された兵器の方が優れている。


 例えば代表的な最上位遺物“太陽剣”と“月光の君”が良い例だろう。前者は爆発的な火力を持つが、自身の熱から守るのは所有者のみ。後者に至っては“太陽剣”に装着するのが正しい使いみちと来ている。



「ぬっ……腐っても兵か。哀れな……」



 コーディアの前進が鈍る。

 子爵邸に近づいたことで子爵が抱えていた兵や傭兵といった、素体が優れているアンデッドが増えてきたのだ。どうやら死霊術で動かされている彼らには“展延槍”の実態が見えているようだ。

 相手の思惑通りに時間を稼がれるのか。そう思われた時、その・・最上位遺物が唸りを上げる。



「付き合う気は無いよ。後ろから来てるヘリオにここは任せて、先に行かせてもらおう。我らが道を作り上げろ、〈地変剣ガイアブリンガー〉!」



 咆哮とともに大地が裂ける。周辺のアンデッド達は突如現れた穴へと落ち、もがいて必死に地上を目指す。その最中、再びの振動がさらなる揺れを引き起こす。

 シャルグレーテとコーディアの前に適度な傾斜の登り坂ができあがったのだ。地形を自在に操る最上位遺物の恩恵に驚くこと無く、二人の“一剣”は馬の速度を最高速に上げて跳躍した。配置されていたアンデッド達の上を飛び去り、さっさと次へと向かう。


 ヘリオとツコウは必ずここに間に合う。その信頼が成せる業であり、事実になるだろう。先程までの戦場に届く煌めく矢を見た気がして、シャルグレーテは微笑んだ。


/


 ようやく到達したモラレス子爵邸はシャルグレーテの基準からすれば、ささやかに過ぎた。しかし、邸の外に配置された兵の数は馬鹿にできない。怖気を誘うのはその犠牲者にして兵達が、一応は陣形じみたものを組んでいることだ。前面に使用人や農民が置かれ、後ろに兵の生きた死体が並ぶ。さらにこれまで出てこなかった弓手の死体までいる。

 無視して行けるものではないが、是が非でも通らなければならない。相手の布陣を鼻で笑い、コーディアの馬が跳ね上がった。



「哀れとは思うが、我らは“一剣”。1人で邸内の制圧など事足りよう」

「ことが片付いた後には、死してなお忠を尽くした兵として葬礼が行われるだろう。私に約束できるのはそれだけなんだ。本当にすまない」



 言うなりシャルグレーテは馬を降り、細剣を眼前に突きつける。その効果のほどは実証された後だが、死人に学習能力など無い。怪力を誇るドラウグルがいないことを確認すると、指揮棒を振るうように〈地変剣ガイアブリンガー〉が閃いた。



「その小賢しさによって、私にとっては楽になった。相手の能力を甘く見たな」



 盛り上がる壁が四角を描く。布陣したということが皮肉にも悪手であった。死霊術によって動き出した死体が怖いのは、平穏の中に投げ込まれた時。そして、散発的に徘徊するような時だ。

 わざわざ固まってくれるなど、その利点を殺すに等しい。四角の岩壁は防衛陣を飲み込んでそのまま蓋をした。

 それを見届けた後に、シャルグレーテは遺物の連続使用によって少々目眩を覚えたが、引き出した怒りによって視界を固めて再起した。


 ツコウとコリンは各村の救援に走り回っているだろう。ヘリオは道中に残された敵を追い打っている。その様子がありありと浮かぶからこそ、ここで疲労に屈するなど許されない。よくも我が臣民を奈落へ放り込んだな悪鬼共。

 最初はコーディアが扉を粉砕しようと構えたが、意外にも扉は開かれていた。シャルグレーテは怒りとともに、ついにモラレス邸の扉をくぐった。


 モラレス家の構造は簡単だった。玄関口を抜けると上の階へと繋がる別れ階段が、すぐに見える。そこにいたのは三人の異形。



「黒い粘液に覆われているのがアルゴフ・・・・だね。やはり地下墳墓で見たドラウグルと同じ姿だから」

「他は……モラレス子爵。……子爵に似ているのは嫡子・・か」



 見たままを述べる二人は気付かない。神ならぬ身ではそれが限界なのだ。

 この時既にアルゴフの精神がツコウによって砕かれていることも、モラレス子爵の息子こそが後継者という事実も知る手段は無いのだ。


 ここに決着はついた。例えソレが作られたあらすじだとしても……


/


 六大騎士団はこれほどの物か、とアマドは震える。

 師の肉体に施した二重の死霊術。そして己の模造品が容易く蹂躙されたのを知覚する。



「これは……ヘマの暴走に助けられたな」



 “調整者”クレトの言葉に頷きを返して、秘密裏に作られた地下道をアマドは進む。アンデッドを利用して掘られた道であり、進むごとに背後のスケルトン達が再び塞いでいく。上は今大混乱にあるため、気付かれることは無い。


 見た目にも派手な最強の騎士達による突撃に、新時代の魔法使い達は目を奪われていた。そうしている間に子爵領は緑鎖りょくさ騎士団が展開していた。用意した地上の逃走経路は全て包囲されており、敵ながらその知略に舌を巻く他は無かった。


 アルゴフがこの地で死ぬということを知った“信奉者”ヘマが、「自分こそアルゴフの弟子である」と喧伝しながらの暴走をしなければ全滅もあり得たのだ。早々に死霊術師達から欠員が出てしまったが、新しき始まりに良い教訓が得られたとアマドは思う。その思考の中に実の父親を排除した影は一切ない。



「数と質。その両方が必要だ。師のキメラは質として高いが、あれでも足りない。ケイラノスの背筋を凍らせる物が必要だ」

「お前が首領だ。必要な物があれば、私に言え。だがまずは拠点を得なければな……」



 ケイラノスは無事アルゴフとその後継者を討ち果たした。

 それが間違っていないからこそ、誰もが高らかに宣言した。アルゴフの乱はこれにて終了したのだと。

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