大国、ケイラノスが抱える国王直下騎士団を総称して6大騎士団という。数は文字通り6つの団からなっている。
そのうちの一つである
胸甲を外した黒の制服姿のツコウの眼前にあるのは、魔術絡みで記入を求められる書類だ。そしてサイドテーブルに置いてあるのは、義務付けられた礼儀作法を習得するための本だ。今のツコウは両方を並行にやらなければならない。
私人としてのツコウは「やってられるか」と言い。公人としてのツコウは「他にやることあるだろ」と喋っており、部屋の机という机をナイトテーブルも含めてぶった切りたい衝動と戦っていた。
「任務来ねぇかなぁ……」
どこぞのアホが反乱を起こしたりだとか、山賊が勢力を拡大しているとか、そういった気楽にやれる仕事をツコウは欲していた。勉強するより人を殺すほうがマシとでもいうような、とんでもない考え方である。しかし、ケイラノスは大国中の大国。そんな事が起こりはしない。
だからこそ過日に“一剣”達を振り回してくれた〈アルゴフの乱〉は衝撃的だった。魔術師なるものがいかに危険であるかを世に知らしめ、そしてなんと便利なものかを目端が利く者たちに印象づけたのだ。
〈アルゴフの乱〉は正式な事件と認められ、同時に解決済みという布告が成された。それでも深く関わった者ほど、それを信じきれないでいた。まだ残党が残っており、今度は北方へでも逃げていたのなら追う労苦は以前よりも厳しい。そうしたわけで、いざというときのために“一剣”は国の中央付近にとどめ置かれている。
そんな風に悶々としながら仕事をしていると、扉が控えめに叩かれ、従者コリンが入ってきた。
「ツコウ様……北方の方で魔物が出現したそうで……」
「来たか……!」
「サルム卿が討伐に出向かれました。ツコウ様に来ているのはダンスの講師の方です」
「本気でいい性格になってきたなお前……」
ここに来て、極めて面倒なことが“黒の一剣”には降り掛かって来ていた。
“アルゴフの乱”は極めて特異な事例ではあったが、六大騎士団は最終的には成功したと言っていい。だから褒美を取らさねばならぬ。しかしあえて言えば内乱である“アルゴフの乱”で得たモノは物質的には何もない。
ゆえに分かりやすくアルゴフの首を取った“一剣”達を陞爵することで、事態の締めくくりとしたのだ。多少の年金は発生するが、蘇った古代王を討った褒美として金貨をくれてやるよりは安く付く。
この複雑怪奇な事情によってツコウは単なる騎士爵からグランベ卿として男爵になってしまった。準男爵をすっ飛ばしている辺りにも考えたくない事情があるが、そこは自業自得である。ちなみに領地はどっかの山にあるらしいが、人が住んでいないのでどうでもいい。
「行きたくないが、行くか……はぁ……」
1対100で戦えと言われた方が気楽だと本気で考えているツコウだが、これに関しては自業自得である。一時は出奔を考えもしたが結局そこまで思い切りが良くないことが分かった。自業自得で縛られて人は大人になるんだなぁと、成人を大分昔に迎えている騎士は思った。
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主人が精神的に疲れ切った身体で王城の別棟から出てくると、笑いを噛み殺したような顔のコリンが出迎えた。ツコウは腹いせになにかしようと思ったが、双剣を返して貰うとそんな気は失せていた。
コリンは成長した。“アルゴフの乱”で肝が据わったのか、落ち着いて見える。都会なれした結果、茶色の髪を長くしてふわりとさせている。肌のできものも無くなった結果として女性からは中々受けが良いようだ。対女性という目で見れば明らかにツコウよりは人気だった。
“アルゴフの乱”は彼の故郷から始まって、モラレス子爵領で終わった。数奇な運命を背負いながらも日々成長を続けているコリンを、主であるツコウでさえ眩しく思う時があるほどだ。そんな成長に敬意を払って従騎士にしようかと提案したが、コリンはそれを拒否している。何か思うところがあるようだった。
「今日の予定はようやく終わったか……あれからもう半年は経ったが、こんなことをしていて良いのかねぇ」
「半年ごとにあんな出来事が起きていたら、国が持ちません。とはいえ、北の方でいざこざが多くなって来ていますね。今朝、サルム卿が出ていかれましたが……
「南の次は北。死体の次は魔物と人間か。騒動の種は何だって良いらしいな……俺に出陣許可が降りさえすれば良いんだが」
下位貴族が通る門に向かって歩き続ける主従。さて、残りの時間はどうするか……などとツコウが考えていると、人の流れが止まった。どうやら門のあたりに何かがいて、前の連中はそれを見ようとしているようだ。
珍獣でもいたのか、とだけ考えてツコウは大人しく流れが再開するのを待った。職業病か本来の性質なのか……待つことは苦にならず、他人を押しのける気もない男なのだ。
しばらくすると、神話のごとく人の群れが割れていく。裂け目に向かって、女性も男性も熱い目線を送っている。この流れを見て、黒の騎士はどんな珍獣がいたのか理解した。
金の髪は女性にしては短く、どこか少年のように感じさせる。そして体のラインはしっかりと女性であることを主張していた。
彼女こそケイラノスの民から愛されるアイドル。王族でありながら卓越した剣技で六大騎士団の一つ、
「お、お、お、おはよう、ツコウ! ぐ、偶然だなぁ……良ければ昼食を一緒にどうかな?」
「おー、おはようシャル。……毎度この調子で大丈夫か、お前」
「え? ハハハ、嫌だな。私は至って元気さ!」
成立しているのかいないのかわからない会話、とりあえず元気を見せてどうにかしようとする動き。“一剣”でもこの道は別らしく、ツコウの側は逆に冷静なままだった。
いつもは中性的な顔を赤く染めながら、貴公子じみた動きを空回りさせるこの女性。名をシャルグレーテ・レイノー・ケイラノス。
ツコウの婚約者である。