ツコウという男は己の職業に関して、いささか複雑に考えている。この茫洋とした表情の裏で意外にモノを考えていたりもしていた。
この最強騎士がなぜ六大騎士団に入ったかと言えば、単純に向いていたからだ。仮にも騎士の家の子だ。自分に人より抜きん出た才能があることは早くに分かった。ツコウの兄はその才を妬んでいたが、健康に成長した時点で長男の勝利である。長子相続制がある以上は、家長がそれを覆さない限りはどんな才能があろうと次男は次男に過ぎない。
それでも惜しまれた才能はグランベ卿という奇特な男が引き取り、見事に開花した。グランベ卿は元々傭兵まがいと裏で陰口を叩かれるような人だったが、それだけにツコウは多くの技術を学んだ。大抵の物事を武力で解決してしまえるのは、グランベ卿のおかげと言っていい。親子というよりは悪友のような関係になったが、義母は無くとも義理の父にツコウは結構感謝していた。生きる手段を与えてくれたのだから、間違いなく恩人だった。
しかしツコウは己の才能に関して、優越感を全く覚えていない。努力は人より多く重ねたが、それも才能があれば大した負担にならなかった。どうにも自分だけいかさまでもしているようで、むしろ居心地が悪い。
一を聞いて十を知るのが天才だというが、天才は別に一しか努力をしないわけではない。従騎士の時分では他人と同じように10の努力……どころか15の努力を重ねていた。他者を圧倒的な速度で置き去りにして、最強の称号は呆気なく手に入った。
自分の剣技が国の至宝とさえ言われても、はぁとしか返せない。これにそんな価値あるのか? と疑問すら覚える。
それでも騎士であり続けたのは向いているからだ。容易く生きていける。そして、他の人に貢献ができるからだ。ツコウの視点で見れば料理人や馬丁の方が余程に価値がある。彼らが無事生きていけるための戦いというのなら、自分の不快感など些細な事だろう。
ゆえにツコウが毛嫌いする人物像は才能や身分を使って戦いの理由にする輩である。“アルゴフの乱”であれば最初期のヒギャルやビャルキがその典型だった。血筋だの何だのを傘に来て偉そうにすることには共感しないが、理解できる。それがなぜ他人を殺していいということに繋がるのか、さっぱり理解できない。むしろそいつが死んだ方が沢山の人が生きていけるから、そいつを殺す。
それがツコウという男の、矛盾と在り方だった。
これからの戦いは、果たして彼の思想に沿ったものになるのだろうか……
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北の道は、北のお山の子供たちである。
そう言われるほど、北の地は起伏が激しい。ケイラノスが大国となって以来、常に道をできるだけ整備して来たが到底足りるわけもない。結果として道だけが整備され、周囲は丘や窪地に囲まれた場所になる。要するに待ち伏せに好都合な場所になってしまっているのだ。戦があれば駆け引きの見せ所だが、ここを利用するのはもっぱら賊の類だった。
今も10名ほどの山賊が旅行者に襲いかかった後で、血溜まりが生々しい。道の脇にある荒々しい岩にまで赤が飛び散っている。
……多分彼らは鎧の色が見えなかったのだろう。ツコウは9人を切った愛剣を敵の服で拭きながら、考え事をしていた。ちなみに残り1人はコリンが倒している。
「妙だな……」
「はひぃ……何が、ですか?」
応えたのは意外にもボフミルだった。この山賊たちに見るべきところは無かったが、ツコウは大いにボフミルという男を見直していた。死体に囲まれて青白い顔で吐き気をこらえているが、ボフミルは戦闘の際に火の玉を放ったのだ。
人間が火の玉を出す時はなかなか面白かったが、相手にかすりもしなかった。それはそれとして生死をかけた場で攻撃に出れる初心者は稀だ。訓練を積んだ兵の中であっても初陣において、他人を害することが出来ないものが多いのだ。相手が悪人であっても、他者を殺してしまうことはそれほど大きく精神を蝕む。
突然の遭遇戦で一発相手に
「北は国境があるからその付近は幾つも砦が点在する……つまりは守りが堅いんだ。そして王都周辺も当然に警備が厳重だ。だから山賊と出くわすのはその中間地点あたりで、もっと先になるはずなんだ」
「ついでに聞きますけど、数で勝っていても武装している相手を襲いますかね? もっとこう、躊躇するものでは?」
本人の意向を無視して従騎士に推薦したことを根に持っていたコリンだが、戦闘で大分気が晴れたようだ。先の戦いといい、若い兵の成長は早いものだ。順応する速度が尋常ではない。
「その通りだ。連中が山賊の類なら、多少の傷でも文字通りの命取りになる。傷が腐っても死ぬ。骨を繋げるのに失敗しても死ぬ。国から外れて生きるというのはそういうことだからな」
ツコウですらケイラノスから他国へ流れようかなと気まぐれに思っても、行った先ではやはり騎士なり戦士になるだろう。無頼漢という道は険しすぎる。金があっても伝手がなければ物すら買えない。
「だからこそ、賊は普通なら自分達より少ない人数相手に脅しという手段で交渉する。おかしな話かも知れないが、悪党という生き方こそ頭を使わなければならなくなる。まぁそんな勘定もできない馬鹿もいることも確かではあるが……」
「この人達は我々を見るなり襲ってきましたね」
「わざわざ隠れられていたという利すら捨ててな。まるで狙っていたようじゃないか」
ツコウの自身の価値評価は低いが、他の者から見ればそうでも無いことはきちんと理解している。ここには六大騎士団の武を象徴するツコウと、宮廷魔術師のボフミルがいる。
王宮はツコウの実力を知っているからこそ、これで十分だと差配したわけだが……“敵”だとすれば話は変わる。わざわざ少人数で動く馬鹿の貴人三人という風に。
「どこの誰かは知らないが、酷なことをする。相手の素性ぐらい教えてやれば良いものを……聞いていて“一剣”をその程度だと判断したのなら、ただの馬鹿にしか思えないけどな」
「狙われるような心当たりがあるんですか?」
「有りすぎてどこか判別できん。ただボフミル殿が最大の標的で、我々はおまけだった可能性は捨てられないな」
ボフミルが標的、という場合の方が厄介だ。
ツコウが狙われることに不思議はない。なにせ国内への干渉が任務の
「北の情勢は思っているより厄介かもしれん。どこかの砦へと立ち寄って情報が欲しい。サルムと出会えるのが一番良いのだろうが……」
「ツコウ様、馬が来ます」
「……おや、あれは……なんでここにいるんだか」
北から駆けてきた見事な駿馬もまた、こちらが視界に入ったのだろう。徐々に馬足を落として、ツコウ達の斜め前でピタリと止まる。見事な馬術だった。そしてそれに跨っている男は、騎士というイメージをこれでもかと主張する武具を身に着けている。反面、マスクを開けた兜から覗く顔は水面のように凪いでいた。
「ツコウ。ここで会ったのは偶然か?」
「どういう意味なのかから話してくれ。前から思っていたが……お前微妙に会話が変なんだよ、アルマン。日頃喋らないからだ」
「む」
出会ったのは思いがけない人物……