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第42話 赤のアルマン

 赤霊せきりょう騎士団……その任務は遊撃。

 ケイラノスは国境の警備に余念が無いが、それは騎士団ではなく軍兵によって行われている。国家を守る盾……現存する緩い軍閥の最後の砦とも言える。しかし、そんな思惑に日夜介入しているのが六大騎士団が一つ、赤霊せきりょう騎士団なのだ。


 対外的に見ても最も有名な騎士団であるだけあり、通常の騎士より遥か上とされる六大騎士団の中でも更に精鋭揃い。西に問題あらば西へ、東に問題あれば東へ。とことん忙しいが、それゆえ内外から有名に加えて恐れられてもいる。

 見方によっては内部の不正などに干渉する黒悔こくかい騎士団とは正反対の集団である。国民からの人気も“黒”とは違って高いが、一方で介入回数が多いため軍閥との仲は最悪という両極端な性質を持つ。


 その騎士団の最強、“赤の一剣”アルマンがなぜか、北へ向かうツコウ達と出くわした。近頃の風評から、彼らが北へと意識を向けているのは当然だろうが……何があったのか。



「道を歩いてきたならば……こちら側で何か問題が起きていなかったか? 略奪や強盗でも良い」

「そういう事件性のある問題には出くわしてはいないが……妙な山賊達がいた。こっちが武装しているにも関わらず、脅しも愉悦の誇示もしないで襲いかかってきた。加えて数が中途半端に10人だった」



 見つからないように動く山賊はもっと少数である。そして名も知れるような大規模な集団はもはや反乱分子だ。先程、ツコウたちが倒した連中はどちらにも当てはまらない。



「……」



 その言葉に頷いて、アルマンは周囲の死体を検分している。特に装備を念入りに調べているようだった。フルプレートアーマーでよくもまぁそんな細かいことができるな、と讃えたい筋力と集中力である。



「……そこで打ち切らないでくれないか。そいつらが目当ての連中で間違いは無いのか?」

「ああ。これを見ろ、ツコウ」



 そう言って差し出されたのは一本の剣だった。ツコウによって折れることなく原型を留めている。柄の先が丸く、刀身の根本に異国の文字が踊っている。総じて北方産の武器に見られる特徴だった。



「北の剣だな。どうしてそれが引っかかる? 山賊なら交易している連中から奪うことだって――」

「気付いたか」

「……そいつら、北のボレア国の戦士なのか。主道路を通って密入国してきたとでも? いや、違うな。いきなりの襲撃かつ、標的は我ら。つまりは貴人ではなく兵を狙ってきたのか。すると、まさか……」



 一つ頷き、アルマンは金属が擦れる音共に馬に戻る。馬上の人となった彼は、そのまま北へと……



「おい、お前らも分かったか。みたいな顔して自分だけ戻るな! ちゃんと意見のすり合わせと確認をしろ! こっちも聞きたいことがあるんだよ!」

「凄い……ツコウ様がマトモなことを言っている……」



 コリンが失礼極まりない発言をしている最中に、のんびりとした動きでアルマンは手招きした。馬の脚は常歩なみあしで、それを以って移動しながら話をしようと暗に言っているようだった。

 仕方無しにツコウ達も習って同じ速度で並ぶ。ツコウとボフミルにアルマンが並んで速度を合わせ、コリンは一馬身下がっている様子になる。もっとも、平民出であるボフミルは常歩でも少し苦労していた。



「さっきの剣は北の国ボレアの物。まさかとは思うが、ボレアが攻めて来たというのか?」

「ある意味ではそうだ。ボレアは北のディルザラン山の向こう側で整列している。ゆえに我々もここにいるのだが……奇妙なことが続き、いささか自由な手足が欲しかったところだ」

「奇妙なこと」

「まず、連中が戦法を変えた。向こう側の陣列も整然としたままで奴ららしくない。そして、北方においてこれまで見られなかった怪物などが出没するようになった」



 頷ける話ではあった。

 北方の軍兵団も赤霊せきりょう騎士団も百戦錬磨ではあるが、それだけに動きが遅くなる。なぜならここ何年どころか何十年も同じことを続けて来ているのだ。気も削がれ、ああまたかとこちら側でも馴れ合いのように準備する。そこで急に動きを変えられたのなら、臨機応変さに欠けてしまい上手く対応できなくなる。



「戦法というのは俺達が倒した賊どものことか?」

「ああ。山向うの連中はそのままに、少数の隊を送り込んでくる。更に都合の良い時期にその噂が野火のように広がり、物資の動きも鈍くなってきている。だが、こちらも同じように対応することはできない。結果、俺は駆けずり回って事態を見回っている」

「ボ、ボレアと戦争になるんでしょうか? 早く調査を終わらせて、戻らないと……ああっ戦に巻き込まれて……」

「落ち着けボフミル殿。人間は意外と死なない。しかし、その攻め方は妙だ。ちぐはぐに過ぎるぞ。ボレア単体ではケイラノス相手に戦争など起こそうが、元が不毛の地。物資が長持ちしない。かといって兵を巧妙に送り込んでしまえば、ケイラノス相手の商売ができなくなる。それではまるで……」

「確実に勝てると見込んだ戦い方だな。伝手を頼ったが、他の国が連動している気配は今の所ない」



 考えれば、考えるほどツコウにもわけが分からない。

 ボレアは確かにそう裕福な国ではないが、自立できないほどではない。加えて寒い地域ならではの商品があるため、ケイラノスとは仲良くやったほうが良いのだ。大国なればこそ他の国に渡る前に高く買う余裕がある。

 ゆえにボレアはたまにおかしな将軍が現れでもしない限り、演劇のようにちょいと槍の穂先を突き出して示威するだけだったのだ。



「確かに、いやな感じだな。ボフミル殿の任が済み次第、次の任務が来ない限りは協力しよう。ともかく魔術師殿を送り届けないことには俺の剣もそうそう回転してくれない」

「助かる」

「それだけか……長々と喋ったかと思えば次は短い……」

「ツコウは変わったな。昔はお人好しを隠していた気がするが、今はそうでもない」

「そんなに変わってない。ただ、ボフミル殿の派遣といい……これは“アルゴフの乱”の続きな気がしてならんのだ」



 それにはアルマンは頷いただけだった。

 小砦の一つを宿舎代わりにしてくれるということになり、そこからしばらくは本格的に北での活動を始めることになった。当然の流れとして、ツコウは同僚のことを口にした。



「怪物退治といえば、魔物退治に“黒”からサルム卿を派遣している。調査の参考に会いたいんだが、今どこにいるか知っているか?」



 アルマンの動きが止まる。まるで嫌なものに道を遮られたように、顔をしかめている。それは不穏の前兆を察する“赤”の騎士ならではの感覚かもしれなかった。



「ツコウ。ここ最近で派遣されて来た騎士はお前だけだ」



 風が重くなった気がした。

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