半ば放棄された小砦。壁は飾り程度にしかなく、小さめのキープタワーが立っているのみである。
とりあえずここを拠点として活動することにしたツコウ達のために、“聞き分けが良い”兵を数人送ってくれるという約束をした後にアルマンは去っていった。その歩みには心なしか焦りが見えた。
「ホコリは多いですけど、よくあっさりと貸せる建物がありますね」
「北は山賊が多い。隠れやすい場所が多いのもさっき見ただろう? だからこうして少し高いところから見るための砦がある。物見塔ではなく砦なのは北から本格的に攻められた際の備えだ。屋上にバリスタを置いて、嫌がらせをしまくるんだ」
「ああ! 有事の際だけ使われるのか! そして敵は隠れるつもりが、ここからは格好の的になる! 良く考えるなぁ」
「貴方はこれからは考える側の人間になるんですよ、ボフミル殿。宮廷魔術師がどんな職務になっていくかは分からないが、意見を陛下から度々求められるはずです。こうした同行は経験を積ませておこうという王なりの心遣いでしょう」
なんてことだ。なんでこうなった。そう顔に書いてあるボフミルの肩をコリンが叩いた。その光景はまるで「分かりますよ」という風で、それほど無茶を要求した覚えのないツコウとしては心外だ。
自分なぞ
「樽の中は……お決まりの堅焼きと干物類か。コリン、ワイン持ってきてたりしないか?」
「革袋入りで良ければ人数分持ってきてますよ」
「本当か? お前は最高の従騎士になれるぞコリン」
「はいはい。それでこれからどうするんですか? アルマン殿と協力するつもりなんですよね?」
「ああ、そのあたりは……良いところで来たようだな」
砦の少しささくれて分厚い扉を開くと、赤の巨体と兵士達の姿があった。アルマンに比べると兵隊も頼りなく見えてきてしまう。自分も多分そうなんだろうなと諦めつつ、体躯の良さを羨むツコウは来客を中に招き入れた。
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同じ“一剣”同士でも知らないことはあるものだ。そうツコウは感心している。
これまでアルマンについては放っておけば何も喋らないが、重要な時は口を開く男としか知らなかったのだ。本当の寡黙というのはこういうものを言うのかと思っていたし、武量も認めていた。
しかし、無骨な外見とは違うらしい細やかさを持っているようだ。連れてきた兵達が持っていた荷物は瓶入りの酒や、包帯、そして干し果物などだった。それもかなりの量だ。
どれも素晴らしい贈り物だが、アルマンとしては数日で終わるようなものでは無いだろうと判断しているようだった。
「どうだ?」
また言葉が短くなってきたな、コイツめ。とは考えるが先程までとは印象が違ってきている。自分の知識は相手も当然に持っているだろうという慎重さと生来の気質が合わさってこうなっているのだろうと、ツコウにもぼんやりと理解できていた。
「やはりサルム卿の訪れた形跡は無かったか?」
静かにうなずくアルマン。今回の任務はどうも面倒になるなと考え、少し物憂げになる一行。しかし、それはそれとしてすぐに切り替えた。話すべきこと……というよりは情報の共有はまだ残っている。
「私はあまり接点が無かったのですが……サルム卿はどういった人物なのですか?」
「
「生きているか?」
「いや、十中八九死んでいるな。彼なら守りに転ずれば相当数を相手にできるだろうが、限度がある。かといって任務の怪物程度に遅れを取るとも思えない……想定外の敵と接触したと見るべきだな。まずは彼の死体探しから始める。残っていればだがな」
ツコウは腰掛けていた樽から離れ、古びた椅子の上に置いていた剣帯を取る。するりと自然な動きでコリンが後ろに回り、具合良く閉めて双剣を収めてくれる。主人の剣と帯を扱うのは従士にとって信頼の証だった。
「出るか?」
「ああ、早いほうが良い。どうせ見たくないものを見たくなる。その兵達はありがたく借りるが……アルマンはどうする?」
「行こう……証人は多いほうが良かろうからに」
2つの最強はこの先で見ることになるものを予感していた。千里眼も超人の感覚も関係ない。今のような
そして、強さではそれは防げないことも痛感している。
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ごつごつとひたすらに無骨な岩の上を歩き、岩山へも赴く。ただの移動ですら訓練を受けた兵ですらへばってしまう。まさに北の地は天然の要害である。ゆえ逆説的に、この地を取られるようなことがあればケイラノスは崩壊とは言わずとも相当な不利を強いられる。
「ボフミル殿を守ることだけを考えよ。我らが死のうとも、一切責任は無い旨を既に提出している」
「で、そのボフミル殿はどっち側に行きたいですか? 感覚でいいので。もちろん責任はありません」
主目的はサルムの捜索にある。サルムが無事ならそれでいいが、そうでない確率は高い。となればサルムを倒すだけの“何か”がいることになる。練達の六大騎士団員を殺すような存在がいるとなれば、付近の住人にとっても脅威だ。それが人であれ……化け物であれ。
「う、うーん。あっち、かなぁ?」
旅用のローブを引きずり、杖で方向を指し示す魔法使いを兵達は微妙な目で見ていた。しかし、最高位の騎士である“一剣”が二人そろってその発言どおりに動くのでは追従する他ない。軍と六大騎士団は微妙な関係だが、末端である彼らが相手側とは言え幹部に反目などできるはずもない。
サルムを捜索するかたわら、ツコウとアルマンはボフミルの能力を測っていた。魔法使いについての情報が真実ならば、魔法使いは種族として現行の人間とは別種と言える。せいぜい耳が短いか長いか程度の違いであるので、差別意識などを持つには至らないが、能力値や利用方法を知っておく必要はあった。
おそらくはブレーズ王もそれを考えてボフミルを派遣したのだ。魔法使いが単に手品師程度ならば、体制にとって驚異とはならない。上手く使えばいいだけの新しい兵種になるだけだ。
だが知覚能力などが特殊なら話は別であり、価値は跳ね上がる。事実、外道の行為とはいえ死霊術師アルゴフは鳥を介するなどして遠隔地を正確に把握し、兵を送り込みさえした。同じようなことが可能なら……いち早く利用方法と数を揃えた国が大きな優位を得ることになる。王からすれば試さずにはいられないだろう。
「次は……あっちかな? あ、木が生えてますねぇ。こんなところにもこういう風景があるんですね」
ボフミルが杖で指し示した方角を見た“一剣”二人は動きを止めた。
頷きあった後、雰囲気が変化する。兵士たちは背中に水を浴びせられたように感じ、少しばかりの震えを覚えた。
「コリン。それとお前ら。全員でボフミル殿を隠しつつ、俺達から付かず離れずの距離を取れ。岩に隠れても構わんが、ボフミル殿は絶対に林の方からは見えないようにな」
「……行くぞ、ツコウ」
戦意をあからさまにした二人の騎士が林とも言えない緑に向かって歩き出す。もし彼らと同等の力量を持つものがいたならば、先の宿場町からすらその意を感じ取れただろう。
緑の葉を付けた木々の間からは、好ましい匂いは全くしなかった。慣れきった血肉の匂い……
「騎士は騎士を知るということを知らなかったのか? アルゴフの弟子」
『また貴方か。つくづく面倒なことだ。ここに来ることに意味があるとは思えないのだがね』
木々の中にサルムが立っていた。ツコウが知るサルムと同じ立ち方で、同じ声をしている。だが、これは絶対にサルムでは無いという確信があったからこそ、ツコウは話しかけた。アルゴフの弟子と言ったのは
サルムの黒い甲冑にひび割れた何かがこびりついている。元は液体だったらしい。
そしてサルムの目玉は四方八方を同時に見ようとするかのように回転していた。そして、サルムの額には継ぎ接ぎの傷がある上に頭髪が全て剃られていた。
我らが魔法使いに可能かどうか知りたかったこと。同じ魔法使いやその被造物、そして魔物を感知できるかどうか……その一部は事実となった。