感心したような、呆れたような声が木立に響く。ツコウにとって最悪なことに、それは今しがた解体した元サルムの口から発せられていた。サルムを“改造した”当人が成果を整理するように誰ともなく喋っている。
その口を黙らせたところで無駄だろう。そうツコウは見切っている。
『これほどの素体をもってしても、“一剣”には及ばないか。君が特別なのか、それとも“一剣”全員がそうなのか……まぁいいや、それにしてもよくもここまでバラバラにしてしまえるものだ。友人だったんだろう、彼は? それをこうも傷つけるとは流石は“黒の騎士”。冷酷無比な秩序の守り手だよ』
「秩序は関係ない。俺はそういった大義名分は好かんからな……アルマン、サルムとの立ち会いの見届人を努めてくれたことを感謝する。だが、ここで元の職務へと戻った方が良いぞ」
「……問題ないか?」
「この程度ならな。それに俺は戦争も好かん。そっちを止めてくれ……戦場で華々しい活躍など御免こうむる」
「む」
アルマンは競歩のような速さで、あっさりと元の
こちらからはボフミルで感知してきたのだが、今の所向こう側がボフミルを感知している様子は無い。その確率をさらに高めるために、“赤の一剣”は目立ちながら動いているのだろう。気の回る男である。
「サルムを探していた俺たちに、サルム自身をぶつけるやり口には反吐が出そうだが……褒めてはやろう。一体どうやった?」
『その剣だよ。魔導具というそうだね? 遺物や魔導具は持ち主に魔法が使えるようにする道具と言っても間違いはない。現在の人類でも接続されているなら感知することはできるさ。むしろ、こっちが聞きたいけれど……どうして伏兵が分かったのかな?』
「気配と勘。“一剣”を倒せる個体の実験と、足止めを兼ねているのだろうという単純な思いつきに過ぎん」
なるほどなぁ。その声の後に、周囲の木から六人の戦士が落ちてきた。いずれも北の国の戦士なのか……背も高ければ筋肉も
「……死霊術と違って、増やすのには失敗したのか。アルゴフは随分と奇怪な生き物を作っていたが、そうそうできるものではないんだな」
『まぁそうだね……今しがた君が殺してしまったサルムさんもそうだけど。本人の意識が残っていると拒否反応が出てしまう。かといって記憶を全部消そうものなら技量が低くなってしまうからね。目下模索の最中さ。失敗作で“一剣”の足止めができるのだから悪くはなかったけれど……ああ、サルムさんに意識があるのを言ってなかったね。とても辛いだろう?』
「別に。剣を振るう時に相手からどう映るか、などと斟酌するものではない。他の連中にはそうやってきたのに、友人だけは別にするというのは話がおかしくなるだろう」
向いているなどという理由で生死の場に立っているツコウは、そんな贅沢は許されないとばかりに言い捨てて剣を構える。失敗作とは言え、肉体の強化はされているだろう相手と6対1という窮状だがそんなことは関係ない。
すぐさま戦いが始まるが、死んだはずのサルムはまだ口をきく。
『折れない、くじけない、諦めない。これだから六大騎士団は困りものだ』
「ぬかせ。遠くから見ている者には理解できないだけだ」
全員に負けられない理由があるというだけのこと。どんな奴だろうと自分の命惜しさに、金を目当てに……あらゆる願望を足に込めて立っている。そこまで考えてツコウは
この男は自分と何もかもが正反対。視点の差はあれど……どこか他人事のようだ。そう……この者からは欲望が感じられない。欲とは俗なものだけでなく、使命感の達成なども含まれる。血塗れの正道を歩んでいるのに、どこまでも淡々と……
もしや……と言いかけた言葉を飲み込んだ黒の騎士は勝負を急ぐ。短めの双剣で、斧や大鎚を振るう巨漢達と激戦を開始した。その結果は黒幕を含めた誰しもが予想した通りだった。
もしや、この新たな敵は自分とは正反対ではなく同類なのではないのではないか? 返り血を浴びたツコウは呆然と考えた。自分も他人から見たら……ああなのだろうか。ただ目標の大小が違うだけで、後は同じなのか?
疑問を浮かべながら、気がつけばツコウは自分でも無意識に次の行動の指示をコリン達に出し終えていた。
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ツコウがアルマンのいる陣地に合流した時と、ほぼ同じ時刻。
北の国、ボレアの寒々しい城の中で太った男が快哉を叫んでいた。戦士の国らしいとごまかしてはいるが、石造りの城はボレアの気候に全く対応しておらず、王の間では中央に大きな火を宿す鍋が置かれている。その熱を壁を隠すタペストリーが吸収し、さらに冷気を防ぐことで、この王の間は辛うじて最高の空間という環境を維持していた。
「ハハハハッ! 聞いたかカーネ将軍! とうとう我が国が! 我が軍が! にっくきケイラノスの地を踏むことに成功したぞ!」
「そうですな」
北の国では珍しい銀甲冑をまとい、マントを付けているカーネ将軍の言葉は素っ気なかった。
カーネ将軍は若い頃に各国を旅していたことがあり、そういう意味での見識は深い。もう初老に入った年齢だが、新しい考えを受け入れる柔軟さをも併せ持つ。ケイラノスに面するボレア南方軍が無茶をこれまでしてこなかったのは、彼が止めていたからだ。
しかし、その老将軍の諫言はもはや聞き入れられることは無くなった。
その理由はボレア王の横に立つ黒衣の男の存在だ。どこで見出したのかは分からないが、ボレア王はこの男を相談役に据えてからは自制というものを無くしてしまったようだった。
もっともボレア軍がケイラノス北部にわずかなりと侵入し、軍を配置できたのは確かに快挙だ。山を挟んだ向こう側に敵国がある以上は、山の裾を迂回していくしか無い。向こうからすればわざわざ場所を教えてもらっているようなもので、いくらかの小砦と本拠地を置くだけでボレアは手も足も出なかった。
どうやってそんなことをやってのけたのか不明だが、その実績は認めなければならない。
「ですが、ケイラノスに侵入した軍への補給計画を立てねばなりませんな。それにいかにケイラノスで手に入れた地を維持するかもです」
「ハハハ! 小うるさい老骨は黙っておれ! それも全てこの者が良い案を出してくれる!」
静かに頭を下げる黒衣。顔すら見えぬ人間にカーネは疑念の目を向けざるを得ない。
それと同時に、どういう精神を持っていればこうも楽観的になれるのかと自分の主に対しても思う。
老将軍は胸中の不安を消すことがどうしてもできなかった。