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第51話 後処理

 ボレア軍とケイラノス軍との戦いはケイラノスの勝利に終わった。

 しかし大城塞ダグザはむしろ戦闘後の方が忙しくなり、上は将軍から下は下男まで足を止めている暇も無かった。理由としては降伏したボレア兵の数が予想を遥かに上回る数だったからだ。


 ほとんどは遁走したが、追撃は控えられた。大国たるケイラノスは逃げた兵達が、「ケイラノス強し」という評判を広めてくれることを期待しているのだ。

 さて、問題は降伏してきた居残り組にある。なんとも不思議なことなのか、いや当然のことなのか……逃げ去った連中よりも降伏してきた者たちの方が遥かに男らしい価値観の持ち主だった。しかも人数はダグザの守備兵とほぼ同数であり、それを悟られないために旗をより多く掲げられるなどの努力が必要だった。


 まったく、どちらが勝利者やらと赤霊せきりょう騎士団長のリアンが呟くほどだった。


 彼らは堂々とした態度で武器をケイラノスへと預け、今は城外の野営地で分散して柵に囲われている。彼らの扱いをどうするかはお城の住人の考えることだったが、決まるまではダグザの者で扱うことになる。

 戦の熱にしばらく浮かれていたダグザの守将ルーオパは我に返ると、降伏兵とダグザ守備兵がなるべく関わり合いにならぬよう距離を取るという方策を取り、そのため彼も走り回っている。


 結局は規律の取れた赤霊せきりょう騎士団が降伏してきた者たちの監視にあたることとなった。赤の騎士達の威風はボレア兵達も認めるものであったので、捕虜と勝者の分かりやすい対立を起こさずに済んだ。


 ツコウも未だにこの地に留まって作業を手伝っている。その理由は色々とあるが、困ったことに手伝えるのは兵たちの埋葬ぐらいしか無かった。あまり軍と密接にするものではなく、“赤”は忙しい。さりとて何もしないのでは気分が悪いので、ツコウは毎日穴を掘ることにした。



「ないなー」

「無いか?」



 砦で借りた簡素な作業衣を着て、ツコウは額をぬぐった。鍛えすぎた肉体は特に汗をかかないが、一仕事を終えた感じを出そうとするための行動に過ぎない。

 ツコウとて何の目的もなく埋葬作業をしていたわけではない。改造兵の死体が見つかれば国益に繋がり、仕事をさらにこなしたことになるのだ。一応、男爵がする仕事ではないがそれを言っても無駄だろう。



「だから、いきなり現れてそれだけを聞くんじゃない。改造兵の死体が見当たらないって話だろ? お前がミンチにしてしまったやつはともかく、リアン騎士団長が斬ったやつは残っていてもおかしくないんだが」

「む」



 アルマンもどこかで埋葬作業をしていたのだろう。赤の甲冑に土埃が付いている。アルマンは鎧が遺物なので手入れを心配する必要が無いのだけは羨ましい話だ。そもそも甲冑を着て作業をする意味は分からないが、あるいは鍛錬なのかもしれなかった。



「遺物ならとにかく、技術で程よく改造された兵士などというものはボレアで作れるモノじゃあない。ボレアには悪いが、ケイラノスでも無理だからな。アルゴフの弟子が向こうにいるんだろうが……渡しもしなければ、認めもせんだろうな。大体弟子が何人かも知らん」

「……それなのだが、なぜボレアを使ったのだ? 言ってはなんだが、ボレアではどうやってもケイラノスには勝てん。実験と推測するが、そうならば道を外れる存在だ。許せん」

「日頃からそれぐらい喋ってくれ」



 苦笑しながらツコウがクワを置くと、下男が手ぬぐいを差し出してきた。礼を言って受け取ると、男はとんでもないとかゴニョゴニョ口にしながら、去っていった。元の位置に戻った下男は仲間たちと何事か笑い合っている。



「相変わらず人気がある」

「自分でも不思議だが、ああいう働き者から良くして貰っているな。軍兵からは相変わらず嫌われているよ。埋葬作業をする騎士なんてのは、許せんらしい」

「理由はそういうところだな」



 好かれる理由が何にせよ全ての死体を検分するのは一人ではとても無理なので、本来の作業者達がそれとなく気にかけてくれるのなら、非常にありがたいことだ。さてもう一堀りして休憩するか、とツコウが気合を入れた途端に意気はくじかれた。

 声とともに伝令兵が駆けて来るのが目に入ったが、表情が面白い。喜びと悔しさを両立させたような引きつりが、能面の下に隠れているように感じられる顔だ。それで敬礼まで完璧なので、彼は少なくともツコウよりは対人面で有能なようだ。



「ツコウ様! お客人がお見えになりました!」

「客? ペグマだったら逃げるぞ」



 一度逃げ切ってからペグマの姿は見ていない。死体の山にも残念ながら混ざってはいなかった……ちなみにツコウは改造兵とペグマの両天秤でペグマの死体の方を熱心に探していた。

 戦場というのは不思議なもので、そういったもう二度と会いそうに無い者ほど再会を用意する。それを想像するとうんざりだった。



「ペグマ?」

「後で報告書を出す。すまんが後は頼むよアルマン」

「む」



 アルマンと入れ替わりで掘った穴から出る。穴の中の下男達は明らかに喜んでいない様子だったが、ツコウは別に助けなかった。どう考えてもアルマンの方が自分よりも良いやつであることは疑いないのだ。


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 客、というのが誰かはすぐに分かった。遠目に白の装備と白馬が3騎揃っていたからだ。

 柔らかそうで短めの金髪。翡翠のような瞳がこちらを取り込むと、なついている犬のような勢いで寄ってくる。走り方が本気過ぎるのと、速度が怪物的な点を除けばさぞ感動的な光景だった。



「ツコウ! あわ、あわわ……負傷したと聞いて駆けつけたぞ! 背中を開きにされたと! 大丈夫か!? お前が死ぬときは私が決闘で勝った時だけなんだぞ!」

「……凄い勢いで冷静になったぞ、俺。斬られたのは確かだが、もうほぼ治った。あとお前は夫を決闘で殺す気なのか。そして、表向きの用向きを言ってからにしろ」



 稀代の剣士であるシャルグレーテが慌てふためく様は中々見ものではあったが、対面というものがあるだろう。連れている騎士に目を向ければ呆れた顔が一人、もう一人は苦笑しきりであった。

 シャルを落ち着かせるのに、特徴的な髪を10分ほどワシャワシャとかき混ぜる羽目になったツコウだった。


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 軍兵と六大騎士は仲が悪い……とは言っても王女であるシャルグレーテを相手にしてはダグザの守将ルーオパも流石に気を回さなければならなかった。護衛の騎士も女性であることに言及しながら、“特別に”という言葉を連発しながら城塞の広い部屋を貸してくれた。



「で、表向きは」

「戦場後の視察を表向きに、実際は北の防備を解くために目立ちに来たんだ。六大騎士の内、三つが砦にいるとなればボレアも再び攻める気が失せるという理屈でね。私を使者にしたのは……まぁ、その……父の気遣いだろう。贈り物も預かっている。ベル、荷物をこれへ」



 鉄を無理やり輝かせたような髪をした女騎士が、粛々と包を持ってきてくれる。シャルグレーテにも護衛がいたとは、意外にブレーズ王は親ばかという存在らしい。護衛より護衛対象の方が強いだろうに。

 包を解くと、目の覚めるような薄青の双剣があった。



「〈双剣・ペインタス〉を調整する間の代替品とのことです。冒険者組合のリンギという人物の特注品で、貴殿が三年雇えるほどの金額がしたとか。お受け取りください」

「あー、ありがとうベル殿。給金の三倍ねぇ……持参品を嫁に用意してもらう“一剣”というわけか。笑える」

「……その呼び方はおやめください。私の名はベリムです」

「ベルは親しい人だけがそう呼ぶんです、最初はベリーだったんですよ。でも、嫌がって……」

「お前たち、人の男に群がるな。それはそうと、その双剣は壊れた遺物などを溶かしてメッキしているそうで、怪物にもちゃんと効果があるそうだ……これからの戦いには必須だな」



 シャルグレーテが腕を一振りすると、二人の女騎士は侍女のような仕草で部屋を後にした。


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