ケイラノス王城で執り行われた式典は華々しいものだった。というよりは、けばけばしいモノだったとツコウは記憶していた。ボレア王ユーノスとケイラノス王は元々親戚関係にある。ユーノスの母はケイラノス王族であったからだ。そのために式典に手を抜くことは許されない。婚姻政策の要であり、現にブレーズ王の娘の一人は南のサーラーン国へと嫁いでいるために、それを重視していると示さなければならなかったのだ。
会場はまさに文武百官の色とりどりであった。六大騎士団の団長と副団長、そして一剣。軍団長に宰相まで揃っているのだ。大国でありながら質実剛健という気風のケイラノスで生まれた彼らは、自分の仕事を放り投げて来た茶番にうんざりしていた……顔には出さないが。
「ユーノス! よく来てくれた!」
「ああ、ブレーズ。我が兄弟よ!」
その倦怠感はその光景で終わりを見せた。参加者は全員が顔の筋肉を総動員して、必死に笑いをこらえるのに多大な努力を必要としたからだ。
ケイラノス王ブレーズは自分自身が剣を振るう王であり、今も鍛錬を怠ってはいない。並の騎士よりも遥かに腕が立つという評価が真実だということは皆が知っていた。一方、ボレア王ユーノスは動く贅肉だった。
ケイラノスとボレア。その有り様は違えど、どちらも尚武の国であるはずなのにどうしてこうも差が出るのか……笑える哲学的な疑問の嵐が過ぎ去るのを全員が待ちわびていた。
参加者達の名誉のために言うと全員がそれをこらえきった。解散の段になると全員が足早であったのは言うまでもない。
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それからは会議の連続になる。そこからはサボりがちなツコウも逃れられなかった。王女であるシャルグレーテを右往左往させるわけにもいかないので、ツコウは所感を聞くためだけにほぼ全ての会議に出席する羽目になったのだ。
日頃は面倒だとしか感じない一剣会議にたどり着くと、黒の一剣は顔を机に打ち付けて安堵していた。上品な笑い声と共にからかうよう声をシャルグレーテがかけてくる。
「大丈夫かい? 私の旦那様」
「なんだ。最初の夫婦喧嘩なら受けて立つぞ。今なら鬱憤ばらしで二倍の実力が出せる」
「あ、そういえばそうだったね。結婚おめでとーふたりとも」
「いや、まだ婚約だろ……」
脳が天気な黄”の騎士ヘリオ相手には、皮肉屋の“緑”の騎士テーズも小さくツッコむことしかできない。テーズは口が悪くとも、癖の強い面子にあっては良識的な部類に入ってしまう。
「それにしても“アルゴフの乱”がここまで尾を引くとはな。敵は中々の知恵者か」
「いや、頭を使うバカといった印象だな。行動がいちいち読みにくい上に、手法は狂ってるとしか思えん。なんだよ改造人間って……死霊術師の方がまだ可愛げがあったぞ」
「む。やつらは強い」
まとめ役のコーディアが話を戻し、アルマンが締めくくった。アルマンは気のせいか少しばかり、喋る言葉が長くなったように感じられる。いい傾向だろうと全員が思う。互いに違う任についていても、我らは一剣。ケイラノスを守る剣の形をした盾なのだから。
「敵の最大の問題点……長所と言い換えていい。それはどこでことを起こすか分からないからだ。ここまでの会議で疲れているだろうが、推測を語ってくれツコウ。お前は度し難いやつだが、それだけに正しい意見をひねり出す」
「褒めるのか、けなすのかどっちかにしてくれコーディア卿。こういうのも何だが、連中の首領と思えるやつはどこか俺に似ていた。そこから発想すると……恐らくボレアを連中にとっての理想郷に変える気だろうな」
「なんだそりゃ」
「今回、俺は宮廷魔術師のボフミル殿と行動をともにした。結果、分かったのは魔術師というのは素の状態では悲しいほどに虚弱だ。あれではどの村だろうと、どの国だろうと、バカにされて育っただろう。どこへ逃げても結果は同じ……ならば、どうする? 答えは簡単で無いのなら作ってしまえばいい」
弱者はアルゴフに導かれて強者となった。それでも根っこは変わらない。彼らには嘲笑された感覚がこびりついている。それはどこまでいっても払拭されない痛みだろう。おそらく、ボレアを理想郷に変えても……満たされることはない。
「アルゴフの弟子はそう多くないと俺は思う。やり口からして二人か三人だろう。騙して安定させるのが得意なのが一人、使命感を持った英雄のごときやつが一人。最低でもそれぐらいは存在する」
「なら次はどう出るってんだ?」
「てんだー」
「ヘリオ、うるさい。個人的には西の沼地から来そうな気はするな。南は多分無いだろう。サーラーンは遊牧の民で、迷信深い。魔術師の存在自体を認めようとはしないだろう。一方、西の民は奇跡にすこぶる弱い。貧しい環境で細々と暮らす者達には、アルゴフの弟子たちは救世主のように思えるだろうから」
「筋は通っているな。東は荒れ地で論外だからな。こうして聞いていると……一人は少なくとも正規の教育を受けていないか? 論理だてて計画を練るのは相応の知識が必要だ」
アルゴフと一番弟子はかつての戦いで打倒した。ならば、頭が回るやつはどこから来たのか……考えても、今展開したツコウの推測と同じで正確な答えは出ない。
北のボレアは新しい形に変わりきるまで動こうとはしないだろう。
「軍は北と南を警戒。六大騎士団は不意を突かれないように、通常の任を全う。そして、俺たち一剣が調べ上げる。お偉方の考え方はそんなところじゃないかね。我々にはどうやっても敵の思考は読めないからな」
その時、扉が静かに開かれた。注目された兵は汗をかきながら一枚の命令書を渡すと、そそくさと立ち去っていった。
「私達ってそんなに怖いかなー」
「なんか噂でも一人歩きしてるんだろ。で、なんだって」
「ツコウとシャルグレーテがサーラーンへ特使として派遣される。西の沼地へは私とテーズだ。アルマンは北で待機、そしてヘリオは東だ。その間の王都自体の防衛は各騎士団長と団員が行う。以上」
自分たちの会議は意味が無いな。そう思いながら、全員が席を立った。ヘリオはしばらくの間、東は嫌だーなにもないじゃんと連呼していた。