“一剣”こそはケイラノスの武威の象徴であった。
民と兵、騎士に商人……全ての者がこの日にそれを思い出した。いや、思い知ったというべきだ。この世に滅ばぬものなどなく、それはケイラノスも例外ではないのだ。
“青の一剣”コーディアは知名度という点において、シャルグレーテと並ぶ存在だった。国外においても“赤の一剣”と同様に知れ渡っていた。一剣として国に尽くすこと30年に近く、歴代で最長の記録を悲しみの釘によって打ち立てた。
ケイラノスにおいて貴人の葬礼は、死化粧を施して顔が見れるようにしながら墓所へと運ばれるものであったが、コーディアの遺体は棺に入れられていた。アンデッドにされないよう、自身で頭を吹き飛ばしていたのだ。戦なれした者よりも平和に暮らしている者のほうが多い以上、その凄惨な遺骸を晒すわけにはいかなかった。
進む葬列を挟むように見守る人々。その最後尾にいるのは六大騎士団である。騎士団員達は剣を捧げ持ち敬意を表す、この日ばかりは他の一剣達も儀礼的な長剣を手に同じ姿勢を取る。
ツコウもまた、文句を出すこと無く同じ姿勢を崩さない。“黒の一剣”にとっても、コーディアは良き師であり、父であり、兄貴分であった。
荘厳なる沈黙の中、六大騎士団の中で特に功績のあった者が入る墓所に棺が運び込まれ、儀式は終わった。これからは生者達の時間である。
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潰す。それが御前会議の端的な結論だった。
これまでケイラノス側は敵に対して後手に回りすぎた。それは被害を最小限に抑えると同時に、民草が穏やかに過ごすことで生産が滞らないようにするためであった。
勿論、会議では予算や消費される物資の桁などについて文官畑からは反対が噴出した。しかし、穏やかに見えてブレーズ王は尚武の気風を守ってきた男だ。時に面子はあらゆることよりも優先されるのだ。
「アルゴフの弟子が何人いるか? 関係ない。例え何百といようが、全て殺す。こちらの被害も甚大? だから何だという、既に犠牲は出ている。思うに私は、事ここに至るまで甘い夢を見ていたようなものだ。何もかもを小さくまとめようとして誤りを犯した。ならば行動を改める。私は間違っていた……何もかも使って異常者を消し去ってこそのケイラノスだ」
官吏達はこれからの激務に顔を引きつらせていたが、武辺者達は騎士も軍兵も熱意に溢れていた。よく言ってくれた、それでこそ我らが王である。その気概が大会議室に充満してむせ返りそうであった。
それは得体の知れない神秘への恐怖が、地上に墜落して殺せる相手になったという啓示に似ていた。
「既に軍勢は整えているな?」
「はっ。幸いにして我らには大義名分も揃っております。北のボレアへは軍と
「それで良い。だが最も重大な任を負うのは物資を運ぶ
国軍を統べる大将軍とブレーズ王の間で滑らかに続く指示と報告。六大騎士団は大将軍のような突出した権力者を持たないため、報告に関しては任せるしかなかった。全員が儀礼的な態度を示したまま、殺気だけを募らせていく。
その殺意を俯瞰するように眺められていたのはツコウ、シャルグレーテ、ヘリオの3人ぐらいのものだった。いくら強くとも、どんな強敵を倒せはしても、“一剣”にはその地を維持する能力は無い。役割の限界であるが、それぞれが何かを考え込んでいるようだった。
最後にボレアの正統な王を称するユーノスが厚く礼を述べ、会議は終了した。
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事前にすり合わせた予定調和の会議を終えた後、“一剣”達は中級貴族が集まるサロンに来ていた。予想通りというべきか、テーズだけが来ていない。元々がひねくれた性格であるし、コーディアの死に責任を感じているのだろう。
「東はどうだった、ヘリオ?」
「それがさ、何もないと思っていたら変な魔物と、例の継ぎ接ぎ怪物がいてさぁ。まぁ人は住んでいないから良かったものの、怪獣大決戦が行われてたよー」
「ああ、作ったやつを天然にぶつけて試験していたのか。自然発生する魔物なぞ、そうお目にかかれないというのにご苦労なことだ。魔物も素材にする気だったのかな」
あえてコーディアに触れないための話題だったが、思わぬ報告を聞くことになる。東の地は不毛なため、誰も気にしていなかった。どうやって連れて行ったかは分からないが、中々の大事が進行していたようだ。
「それをヘリオが片付けたのか? 凄いな。平時なら勲章モノだ」
「いや、それがさー陛下が雇った冒険者が二人来ててねー。またそれがとんでもなく強くってさぁ」
「冒険者がそんな危険な任務受けるか?」
冒険者達は組合を作り、それぞれの分野で有能なものを階級制度で評価している。後ろ盾の無い者たちがなんでも屋をするための組織ということだ。兵士などとは違い、特定の国への忠誠など無いことから功績と同じくらい問題点も多い。
「ああ、うん。その二人がね。“銀狼”と“凶刃”だったのよ。信じられる?」
「本当か? 最上位の冒険者だぞ。それにどちらも任務の好き嫌いが激しいと噂を聞く」
「はぁ。父上もまた大盤振る舞いしたものだね」
まったく幾らかかったのやら、とシャルグレーテはぼやく。金銭がいくらかかろうと、今回の事変を解決するというのは本気なようで何よりだとツコウは思うのだが、シャルグレーテには身内の浪費に呆れるのだろう。
「ま、とにかくもそこにいた化け物たちはばっさばっさと切り倒されてね。陛下の依頼でしばらくは東にいるみたいだよ。私、要らなかったんじゃないかなぁ。というかあの人達、下手するとツコウよりも強くない? って感じだったよ」
「まぁ別に俺より強くても構わんが……ケイラノスの“一剣”というだけで、仕事には困らないからな」
現に北には同等以上のペグマがいた。最強の称号というのは実はありふれていることをツコウは知っていた。厭世的な癖の一つではあるが、他人に煽てられていい気にならないのは悪くない性質と言えるだろう。
「さて、そろそろ行きますかー。じゃね、二人とも」
「さっきも話したように、お前が一番狙われやすいのを忘れるなよヘリオ。敵はアホだが、馬鹿ではないから手を伸ばしてくるだろう」
「はーい。私も気をつけるから、二人もね。結婚式には出るつもりだから、欠けないようにね」
去っていくヘリオを見ながらツコウは考える。ヘリオは存外に良くモノが見えるようだ。射手という戦い方が影響しているのだろうが……ツコウと同じことを懸念しているようだ。
「といっても留守番だけどね」
「いや、俺たちが本命でもある。気を抜くなよ、シャル。いざという時、お前の剣が頼りになる」
分かったと言いつつ理解が浅そうなシャルグレーテを見て、ツコウは嘆息した。一から事態を説明しなければならないかも知れない。しかし、六大騎士団を2つ残すということはブレーズ王は気付いているのだろう。
ならば、どれだけ期待に応えられるかだが……この戦いは歴史に残るだろうか? 誰にも判断できないことだった。