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第62話 序盤戦

 亡者の行進は人知れず開始されていた。その数たるや相手の兵数を大きくしのぎ、敏捷であることには影をも踏めまい。新しい死霊術師はある意味においては師の発想を凌駕していた。それは師には同胞がおり、系統立てて学んだことによる。世代を超えて出現した後継者には、力をつける時間は無かったが、同時に発想を縛るものが無かったのだ。


 だが悲しいかな――発想に縛られないのは彼らも同じだったのだ。



「予想していたが、実際にやられると臭いや見た目だけで負けそうになるな」



 下水道の鉄格子を容易く潜り抜けた亡者達……ネズミの大群は予想外の防御を受けた。恐るべきことに、それは人間が繰り出す斬撃だった。抜け出た端から薄青の双剣で斬殺されていく。

 あり得ない事態である。大群というが、その数はもはや軍隊とでも言う規模。それが二本の腕による回転速度と正確な見切りで対処される。死したことで、さらに増した本能で肉を求めて騎士に群がろうとするが、全く届かない。それは川の流れを人体でせき止めるようなものだった。



「ドブさらいに慣れているとはいえ、全く」



 火を点けるという対処法も当然考慮はされたのだが、火が突いた獣が走り回る情景を想像すれば却下するしかない。いくら地下が敵の尖兵の通行路となっていようとも、地上には人間の住居があるのだ。

 水攻めもそうだ。成功した方が被害が大きすぎる。そもそも、大国の首都を網目状に巡った水路を、生物を殺せる勢いで満たす量の水など一体どこにあって、誰が運ぶというのか。


 結果として取られたのは一つだけ逃げ道を残し、そこで潰すという選択。人間の限界とも言える六大騎士でも可能不可能の瀬戸際ではあるが……そこが評価されてしまった。全く成功しないでは、肝心の敵が逃げてしまうのだ。


 成功の確率を上げるには、より精密な動きができる者に任せるしかない。今、繰り広げられている光景のように、空間を満たすような剣閃で不潔な害獣を捌き続ける奇跡の存在。

 ケイラノス最強の騎士、黒悔こくかい騎士ツコウ。その名の面目躍如と言ったところか。だが、下水道はこの巨大な都に無数に張り巡らされている以上、ツコウが防げるのは最も大きいこの場所だけになる。しかし、ここ以外の地点ではそれぞれ蓋をするなどの対策が取られていた。

 ここは決して通さない。それが黒悔こくかいに与えられた役目だ。傍目には無謀としか見えないが、実のところを言ってしまえばそうでもない。勿論最初をツコウがしのいで見せるという難事を切り抜ける必要はあるが、それは達成が迫っていた。



「効率を上げる。幾らか通すから絶対に逃がすなよ」



 回転が切り替わる。先程よりも速く、精巧に変貌していく借り物の双剣を用いた青の剣閃はより高みを目指した。別にツコウの剣技がここで急成長するわけではない。剣の軌道になるべく多くのネズミを捉える方向に切り替えたのだ。

 手早く片付けられる反面、何匹かは逃げ延びるが後ろに控える従騎士と騎士達は流石に正確な動きで支援してくれる。休みなく煌めき続ける天才の剣技が大盤振る舞いされて幾らかたった頃、変化が見えた。



「見えた。限界のようだな。コリン、上の・・情勢を確認しろ。場合によってはここを離れる」



 見えたのは生きた・・・ネズミだった。それらは動く死体となった同胞たちに連動して動いているだけで、外に出ても問題は……まぁ後々出てくるかもしれないが現在の敵とは言えない。

 幾らアルゴフの弟子が飛び抜けた魔の力を持っていたとしても、全てのネズミの死骸へ死霊術をかける力があるはずもない。今は王宮で待機しているボフミルも、火の玉を数回使えば疲労困憊していたのだ。仮にそれほど力があっても、時間が足りない。悠久の時を待たないのなら、死霊術師達が有利なのはボレアを抑えている間だけなのだ。



「上! 何か奇妙な怪物が降りてきています! 空から来てて、とにかく……変です!」



 間が抜けて聞こえるコリンの言葉に黒悔こくかい騎士達は苦笑いした。それはとても貴重な光景だった。“黒”が就く任務は後ろ暗いものが多く……



「ツコウ、上に行け。全員でかかれば何とか代わりぐらい務まる」

「王城が落とされたら話にもならないからな」

「……分かった。頼む」



 聖都をこんな様にしてしまったが、表立って戦えるのが嬉しくてたまらない。さて、任務から戻って来れなかった黒悔こくかい騎士達には悪いが、半分程度でやらせてもらうとしよう。



「食いつかれたら、自分でなんとかしろ。無闇に仲間の頭をかち割っても意味はないからな」

「仲間? 仲間だったのかお前さん」

「今日限定だろうがな。一番腕の立つ順に大水門を囲め。死体のやつは逃がすなよ」

「いや、このデカイ下水門をツコウは一人でやってたのかよ。アイツ殺した方が人類のためになるんじゃないか?」



 日頃顔を合わさない黒悔こくかい騎士達は浮つきながら、減らず口を叩きながら、集中していく。ネズミが相手だとは全く自分たちらしいと笑っていた。

 その輪に加われなかったツコウはコリンだけを伴って、地上へ帰還した。


/


 地上を守る近衛軍団兵と白盾はくじゅん騎士団の戦闘は控えめに言って、おとぎ話のような様相を呈していた。人間よりも大きいトンボドラゴンフライのような魔物が地上に降りては、騎士や兵士の死体を輸送してくるのだ。

 中には自身で戦闘を行っている空の怪物さえいる。稀に見る天然の魔物を素材に使用しているのか、そうした個体の戦闘能力はまさしく怪物だった。白盾はくじゅん騎士が何人かでかかってようやく相手にできるという相手に、常人の域を出ない軍団兵達は手も足も出ない。


 仕方もないことだ。常人の域を超えられないこともそうだが、聖都の兵たちは城壁ありきで訓練を受けている。壮大な白の門と城壁を素通りしてくる相手のことなど、想定するほうがおかしいだろう。


 しかし、デタラメは何もアルゴフの弟子の専売特許ではない。



「持ち上げろ、〈地変剣ガイアブリンガー〉」



 むしろこちらの方が先達である。麗しき女騎士“白の一剣”シャルグレーテが解放した異物の力によって、街路に階段が出現していく。埋もれたはずの神秘によって作られたソレは多くの人にとって、不安を感じるものだろう。

 しかし彼女は疾走していく。まさしく風となって天上へと至る戦乙女そのままの姿で、金と白の残影を残しながら進み続ける。時間にして一瞬だっただろう。空を飛ぶ敵に対して、自分を相手と同じ高さまで持ち上げればいいという単純な対抗策。



「姫に続け!」



 お付きのベリムとアルム、それに幾人かの騎士が後に続いた。この一団はシャルグレーテのことをよく知る者たちで構成されており、彼女らは姫の思惑を理解していた。

 空中への階段を登りながら、シャルグレーテは次々に階段を伸ばし、踊り場を増やしていく。そこに白の騎士達は陣取り、それぞれの得物で怪物の羽を傷つけにかかる。白盾はくじゅん騎士団の見栄えが良い武器は決して飾りではなかった。長大過ぎるハルバートは敵との間で距離を保つためであり、その力を存分に発揮していた。


 見惚れていた軍団兵達もそれに呼応する。地面に落ちてきた怪物はしばらく動けない。それに向かって弩兵の矢が飛び、槍が打ち込まれる。



「やれる……!」

「俺たちでも倒せるぞ!」



 意気を上げる軍団兵達は日頃の確執を忘れ、騎士団の補助に回る。ケイラノスを守護する一点において結ばれる絆。それを――



「みんな、避けろォォーーー!」



 おぞましい巨人の張り手が軍団兵を赤い染みに変えた。

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