亡者の行進は人知れず開始されていた。その数たるや相手の兵数を大きくしのぎ、敏捷であることには影をも踏めまい。新しい死霊術師はある意味においては師の発想を凌駕していた。それは師には同胞がおり、系統立てて学んだことによる。世代を超えて出現した後継者には、力をつける時間は無かったが、同時に発想を縛るものが無かったのだ。
だが悲しいかな――発想に縛られないのは彼らも同じだったのだ。
「予想していたが、実際にやられると臭いや見た目だけで負けそうになるな」
下水道の鉄格子を容易く潜り抜けた亡者達……ネズミの大群は予想外の防御を受けた。恐るべきことに、それは人間が繰り出す斬撃だった。抜け出た端から薄青の双剣で斬殺されていく。
あり得ない事態である。大群というが、その数はもはや軍隊とでも言う規模。それが二本の腕による回転速度と正確な見切りで対処される。死したことで、さらに増した本能で肉を求めて騎士に群がろうとするが、全く届かない。それは川の流れを人体でせき止めるようなものだった。
「ドブさらいに慣れているとはいえ、全く」
火を点けるという対処法も当然考慮はされたのだが、火が突いた獣が走り回る情景を想像すれば却下するしかない。いくら地下が敵の尖兵の通行路となっていようとも、地上には人間の住居があるのだ。
水攻めもそうだ。成功した方が被害が大きすぎる。そもそも、大国の首都を網目状に巡った水路を、生物を殺せる勢いで満たす量の水など一体どこにあって、誰が運ぶというのか。
結果として取られたのは一つだけ逃げ道を残し、そこで潰すという選択。人間の限界とも言える六大騎士でも可能不可能の瀬戸際ではあるが……そこが評価されてしまった。全く成功しないでは、肝心の敵が逃げてしまうのだ。
成功の確率を上げるには、より精密な動きができる者に任せるしかない。今、繰り広げられている光景のように、空間を満たすような剣閃で不潔な害獣を捌き続ける奇跡の存在。
ケイラノス最強の騎士、
ここは決して通さない。それが
「効率を上げる。幾らか通すから絶対に逃がすなよ」
回転が切り替わる。先程よりも速く、精巧に変貌していく借り物の双剣を用いた青の剣閃はより高みを目指した。別にツコウの剣技がここで急成長するわけではない。剣の軌道になるべく多くのネズミを捉える方向に切り替えたのだ。
手早く片付けられる反面、何匹かは逃げ延びるが後ろに控える従騎士と騎士達は流石に正確な動きで支援してくれる。休みなく煌めき続ける天才の剣技が大盤振る舞いされて幾らかたった頃、変化が見えた。
「見えた。限界のようだな。コリン、
見えたのは
幾らアルゴフの弟子が飛び抜けた魔の力を持っていたとしても、全てのネズミの死骸へ死霊術をかける力があるはずもない。今は王宮で待機しているボフミルも、火の玉を数回使えば疲労困憊していたのだ。仮にそれほど力があっても、時間が足りない。悠久の時を待たないのなら、死霊術師達が有利なのはボレアを抑えている間だけなのだ。
「上! 何か奇妙な怪物が降りてきています! 空から来てて、とにかく……変です!」
間が抜けて聞こえるコリンの言葉に
「ツコウ、上に行け。全員でかかれば何とか代わりぐらい務まる」
「王城が落とされたら話にもならないからな」
「……分かった。頼む」
聖都をこんな様にしてしまったが、表立って戦えるのが嬉しくてたまらない。さて、任務から戻って来れなかった
「食いつかれたら、自分でなんとかしろ。無闇に仲間の頭をかち割っても意味はないからな」
「仲間? 仲間だったのかお前さん」
「今日限定だろうがな。一番腕の立つ順に大水門を囲め。死体のやつは逃がすなよ」
「いや、このデカイ下水門をツコウは一人でやってたのかよ。アイツ殺した方が人類のためになるんじゃないか?」
日頃顔を合わさない
その輪に加われなかったツコウはコリンだけを伴って、地上へ帰還した。
/
地上を守る近衛軍団兵と
中には自身で戦闘を行っている空の怪物さえいる。稀に見る天然の魔物を素材に使用しているのか、そうした個体の戦闘能力はまさしく怪物だった。
仕方もないことだ。常人の域を超えられないこともそうだが、聖都の兵たちは城壁ありきで訓練を受けている。壮大な白の門と城壁を素通りしてくる相手のことなど、想定するほうがおかしいだろう。
しかし、デタラメは何もアルゴフの弟子の専売特許ではない。
「持ち上げろ、〈
むしろこちらの方が先達である。麗しき女騎士“白の一剣”シャルグレーテが解放した異物の力によって、街路に階段が出現していく。埋もれたはずの神秘によって作られたソレは多くの人にとって、不安を感じるものだろう。
しかし彼女は疾走していく。まさしく風となって天上へと至る戦乙女そのままの姿で、金と白の残影を残しながら進み続ける。時間にして一瞬だっただろう。空を飛ぶ敵に対して、自分を相手と同じ高さまで持ち上げればいいという単純な対抗策。
「姫に続け!」
お付きのベリムとアルム、それに幾人かの騎士が後に続いた。この一団はシャルグレーテのことをよく知る者たちで構成されており、彼女らは姫の思惑を理解していた。
空中への階段を登りながら、シャルグレーテは次々に階段を伸ばし、踊り場を増やしていく。そこに白の騎士達は陣取り、それぞれの得物で怪物の羽を傷つけにかかる。
見惚れていた軍団兵達もそれに呼応する。地面に落ちてきた怪物はしばらく動けない。それに向かって弩兵の矢が飛び、槍が打ち込まれる。
「やれる……!」
「俺たちでも倒せるぞ!」
意気を上げる軍団兵達は日頃の確執を忘れ、騎士団の補助に回る。ケイラノスを守護する一点において結ばれる絆。それを――
「みんな、避けろォォーーー!」
おぞましい巨人の張り手が軍団兵を赤い染みに変えた。