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第63話 幕間・銀と青と

 補給やら兵站というのは大事なことである。あまり受け入れていない国もあるにはあったが、ケイラノスは大国であるためそうした考えを持っていた。ゆえにわざわざ予算をひねり出して専門の黄光おうこう騎士団を作ったのである。

 この場面ではそれが少しばかり裏目に出た。敵もそれぐらいの知識はあったようで、各地に散らばる黄光おうこう騎士団に雑多な死体が襲いかかってきた。しかし、補給だけでなく交通網を確保するのも黄光おうこう騎士団の役割だ。動きの緩慢な動死体は雑魚も同然。獣の死骸であろうと食いつけはしない。

 だが……改造生物ならば話は変わってくる。



「この連中ー! 私達・・嫌いすぎでしょ!」



 ケイラノス周辺で巡回していたヘリオの隊に群がってきた改造生物は、徹底して硬さと速さを追求した存在だった。敵は“一剣”を目の敵にしていると、呑気なヘリオでも悟る。思うに、それは以前アルゴフの屋敷を襲撃したからだろう。

 なぜならこのムカデにも似た、奇怪な人造魔物は明らかに対ヘリオを想定した存在だった。突如として襲撃してくるのは理解できる。だが。このムカデもどきはヘリオだけに群がってきた。

 閉口するほど硬い上に、速い。仕方なくヘリオは荷馬車へと移り乗り、御者を道連れにすることを申し訳なく思いながら、仲間たちから離れる他はなかった。

 不安定な足場から放たれる矢は移動中であっても、完璧に一体のムカデに集中して命中した。弓使いの“一剣”に相応しい絶技は、ムカデの強固な外殻に何らの傷も与えなかった。



「大体ムカデって嫌いなんだよね……ああ、もう! 普通の矢じゃ駄目か!」

「ははっ! 蝶だって、カブト虫だって、あの大きさになれば気持ち悪いですぜ!」

「はっ! 確かに……ねっ!」



 御者とて栄えある六大騎士団の一つ、黄光おうこう騎士団が採用した男である。至極真っ当で勇敢であることは最低条件だ。全速力かつ、ヘリオを荷台から振り落とさないよう気を遣いながら馬を急がせていた。

 その覚悟には応えなければならない。三日月が現世に現れた〈月天弓〉が、実在する架空の矢を作り上げる。



「三日月の加護よ、いざ束ねよ! 〈月天弓〉!」



 問題は許容量と敵の硬度だ。試さなければ、次の行動に移ることはできない。

 それは歴代の担い手と同様の使い方。最大出力による決戦兵器としての〈月天弓〉。攻城兵器じみた大きさの矢が形成され、放たれる。現実を侵食する矢じりが、空を切る音は不可思議な旋律のようだ。


 命中。そして爆散するムカデもどき。その結果に〈月天弓〉歴代最高の担い手は苛立ちを覚えた。


 一体は爆散したが、ムカデの改造生物は全てが合流して総勢9体。それがこちらへと段々と迫ってくる。同僚の心配は的中した。しかし具体的には何が狙ってくるか分からない以上、黄光おうこう騎士団にこれをどうにかする手立ては無かった。

 改造生物を当ててくる。“一剣”級のアンデッドを出してくる。想像できていたのはその程度だった。



「コイツら……この手応え、〈月天弓〉の最高威力じゃないと倒せないようになっている……!」



 〈月天弓〉は現“一剣”が用いている遺物の中では最も有名なものだ。歴代で使用され続けてきたため、情報が多い。


 効果自体はそう強力ではなく、持ち主の技量に左右されるコーディアの下位遺物“展延槍”。

 最強のツコウが愛用している魔道具〈双剣・ペインタス〉は、そもそもが現代に入ってから初の模造品である。

 最上位遺物〈地変剣ガイアブリンガーは貴重すぎて、シャルグレーテが手に取るまでは飾りであった。

 アルマンの鎧は地味なため、同僚ですらあまり把握していない。ひねくれ者のテーズは明かしていない。


 情報はどんな分野でも武器だ。〈月天弓〉は単純ゆえに対策が取りづらく、相手はこれに対して基本的な動きで対処するしかない。だからこそ、“黄”の象徴として使い込まれて来たのだが……完全に対処されるのは今回が初である。優位は敵にある。



「相性最悪過ぎて、泣けてくるわよー!」



 呑気を装い、己を鼓舞する。大丈夫だ。きっとなんとかなる。そう信じる他はない。

 先の言と矛盾するようだが、情報が武器になってくれない。なぜなら現状を把握すればするほど、相性の悪さが浮き彫りになっていく。


 ヘリオの強さは性格と反した圧倒的な技量と、精密さにある。己に内在する力すら正確に把握して、温存すべきか全力で射抜くかを選択していくのだ。それを知る相手は全力で倒すしかないという状況に持っていくだけでいい。時間さえあるなら、いずれまた作れるという点も厄介だ。

 つまりヘリオは今までの担い手と同じく、いずれ尽きる大砲でしか無くなってしまう。敵は人間では無いのだから。後は何発撃てるかだ。これまでの使い手も決して凡庸ではなかったが、平均して三発で異常な疲労に見舞われている。


 ヘリオは撃った。

 一発目は余裕があった。二発目で違和感を覚えた。三発目で少し視界が揺れた。四発目で倦怠感が全身を覆った。


 全力で駆けていた荷馬車に敵の足が引っかかり、荷台から叩き落される。ヘリオは「逃げて」と言おうとしたが、その前に御者は全力で護身用の棍棒でムカデを殴り、効果を成さずに全身を蜂の巣にされた。



「く、っそぉ」



 余力を振り絞り僅かな距離を取る最中に、一発。着地と同時に一発。計六発の最大威力……歴代一位の座を獲得してヘリオの生は終わるだろう。ムカデの刃が迫る。連想するは死神の鎌


 ……いや、連想ではない。現実に……死神の鎌がある? 死が近いとこんなものが見えるのかなと思いかけたヘリオの耳に幼くも、妖艶な声が響く。



「あれぇ。黄色のお姉さんじゃない。こんなところで何してるのさ?」

「アナタは……」



 灰色の髪と、青黒い服装。性別も年齢も分からないが、その圧倒的な存在感はヘリオの気付け薬となるほどだった。こんな時の間が抜けた瞬間を終わるまで待ってくれるような可愛げは、人造の怪物には無かった。実在する虫の鎌を凄まじい速度で繰り出したが……偶然は続く。



「〈好愛桜〉ではよく分からんが……多分、硬いのでしょうねこの連中は。ははっ! 魔都より南の地も中々に楽しいですね。そそるものが実に多い……全て楽しみたいですよ」



 声がした時には異常な硬度を誇っていたはずの魔獣は、全身を・・・裁断されて原型を留めていなかった。何という速度。ヘリオが知る最強の使い手ツコウとは方向性が違うが……“一剣”たるヘリオが全体を見切れない剣撃だった。

 いや……単純に才能の塊であるツコウよりも不気味ですらある。それはこの二人の纏う空気だ。


 隔絶しているが隣接している。天賦の才能を練磨したのが六大騎士団ならば、この二人はそこにさらなる何かを乗せたような……得体の知れなさがある。力の大小よりも、それが恐ろしい。



「あー! 勝手に一体倒してる! これじゃお兄さんの方が一体多くなるじゃない!」

「早いもの勝ちと、先日は言っていたのに前言が軽いな。しかし……ヘリオ殿だったか、死骸からするとアナタはこれを六体倒したのか……良いですね。実に素晴らしい。戦ってみたい」

「〈凶刃〉レイシー……〈銀狼〉イサ……」



 先日顔合わせをした最高位冒険者の二人。彼らの帰り道に偶然にも出くわしたというのか。

 ヘリオは御者の血肉を見た。この偶然は彼が惹きつけたのだ。



「とはいえ万全の状態でないと、面白くもない。とりあえずムカデの駆除からでしょう」

「これ、本当にムカデ? 家に出る方が面倒なんだけど」

「あ、はは……。お二人向きの相手は教えますので……倒すのはムカデだけにしてくれないかなぁ……」



 こうして“黄の一剣”は命を拾った。

 そして、厄介な味方は厄介な味方へ押し付けることにするのだった。

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