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第64話 守りの刃

 その威容を見て、ブレーズ王をはじめとした多少の余裕がある者は“壮観だな”という不謹慎な感想を抱いた。まるで動く城のような大巨人は神話の再来そのものだった。アレを作り上げた死霊術師の手腕に拍手でも送りたい気分である。

 公人としてのケイラノス王は力量などとは違った意味で怪物である。どんなに不条理でも、あるがままを受け入れる。ゆえにアレが城を破壊するための巨人であると看破した。

 そして手腕に評価を与えながら、敵の意志についての評価は実に辛辣だった。



「どうにも……この敵は面白くないな」

「面白い敵など必要ありますまい」



 ブレーズは白盾はくじゅん騎士団団長ソールソンの身も蓋もない言葉に苦笑した。なるほど、真っ当な感性をしていれば敵を必要とするほうが間違っている。だが、王であるブレーズにとって敵は存在意義である。外に望むか、内に見出すかは別としても敵がいないのでは王の存在価値は薄れていく。

 立場としては騎士団も同じだが、実戦経験がある彼らにとって敵というのは実体を持った生々しい存在なのだ。所詮自身の感性など培養されたモノに過ぎないことをブレーズは弁えていた。



「やれることは全てやってみた。小動物による物量、怪物の質、そして決定打となる巨大な動死体。手持ちの札は多いほうが良いとは言え、切る時期を全て外している。まるで素人のように、それでいて賭け金はたっぷりと持っている」

「素人というよりは……知識だけ溜め込んで知恵が無いもののようですわね」



 黒悔こくかい騎士団団長ブラーギの言葉にブレーズ王は頷いた。その言葉から思い返されるのは王冠を被ったばかりの自分と……個体としては最強の札である黒い騎士の顔だった。


/


 誰もがその威容に畏怖し、恐慌する直前。“黒の一剣”ツコウは違和感を覚え、納得した。あの奇っ怪な肉の寄せ集めである巨人。あれを使うなら好き勝手に暴れた方がやりやすいはずだ。だというのに巨人はケイラノスの戦力だけを狙って、潰している。

 向こうは預かり知らないだろうが、民衆は王城と貴族街へと避難済みだ。この状況では避難と言えるか怪しいが、それでも平民区画からは遠くなり、死ぬ確率は減っている。



「なるべく壊さないよう、死なせないよう動いているか。破壊ではなく、支配が目的。そのくせ方法は力任せ。誰だか分かってきたぞ……そしてようやくのお出ましか」



 城壁と同じ高さというふざけた巨人の肩に小さな影が見える。ほとんど直感的にそれが死霊術師であり、誰かということをツコウは察した。



「モラレス子爵の息子、アマド。哀れにもドラウグルと化し、討たれたと聞いていたが……それが却って疑いを持たせた。しかし、考えてみれば納得がいく。手間のかかる上に見た目が変わってしまうドラウグル化の施術など、子爵領を奪う上で意味がない」



 今更どうでもいいことだが、と思った瞬間に敵にとってはそうではないと知らされる。目の前に広がった足を、横の壁に張り付いて躱す。街路の石畳が吹き飛んでいくが、アレ一つでも命中すれば終わりである。



「シャル!」

「分かっているさ! 全部隊は巨人に構うな! 残存した怪物を撃破しつつ、少しずつ下るんだ! 肉の巨人アレの相手は――」

「「一剣我らが務める!」」



 そう。この空前絶後の怪物を相手にできるのは彼らしかいない。

 黒の鎧と白の鎧。正反対の色をまとったつがいが挑むほかないのだ。


/


 そしてこの地も最終局面を迎える。

 ケイラノスと正統ボレア軍の優勢は変わらず、闇に濁された軍勢は生命の輝きに駆逐されていく。それでも、この二人が勝たねば全ては水の泡だ。まだ終わってはいない。



「ハァァァァ!」

「オ、オ、ペグマ……」



 左右になど目もくれず、直線の軌跡だけを残してペグマと哀れなカーネは剣を打ち合わせた。

 全て断ち切らんとするペグマの鉄板を、カーネはスルリと受け流して見せた。カーネが下手をすれば“一剣”と同格の存在であり……その技能がいくばくかは失われていないことの証拠であった。


 こと、ここにいたっては何かを話しかけるなどペグマの流儀ではない。死人の戯言を聞く気も無い。ただ偉大な戦士が不死者などに堕ちて・・・いるのが気に入らない。ペグマの価値観ではあってはならない存在を消し去るためだけに、鋼鉄は振りかざされる。

 極端に戦闘能力のみを追求されたカーネは、この戦いのための使い捨ての道具だった。元より個我が強く反乱の可能性すらあったため、ドラウグル化ではなく改造技術と精神の改ざんに重点が置かれていた。確かに強敵だが、ただの段平であるペグマの剣でも終わりをくれてやれる。


 だが、これはあまりにも悲しい。ペグマは初めて戦いにそんな感情を抱いた。


 縦割りの剣を防ぐ鋼。カーネの筋肉は膨れ上がり、ペグマの一撃に拮抗を示した。

 続く振り上げで肉を裂いた。しかし、僅かな裂傷はすぐさまふさがった。

 横薙ぎの剣でカーネを大きく吹き飛ばす。その際の擦り傷を修復しようとして、過度の再生が行われ、更に醜悪な外見となった。


 ああ、確かに強くはなっている。性能は向上し、本来大したことがない人の治癒力を目に見える域まで押し上げている。だが、ペグマにとって明らかに老将軍は弱体化していた。軍で正当に自分を扱った唯一の男の無様に耐えられない。

 改造術を施した者は、勇者の何たるかをまるで分かっていない。文化によって定義は異なれど、それは心の積み重ねによって成る存在だ。


 カーネが磨いた技量は、肥大化した筋肉を動かすためではない。その経験は死人を動かすためのものではない。その見識は死者に対して活かせるものではない。

 ただ大きければ良いだろうという勘違いが、ひどく歪に反映されたのが今のカーネ将軍だった。行動の全てに雑と精密が入り混じり、ただの暴力装置としてしか機能していない。


 ペグマは全霊を込めて剣を振り上げた。天に突き上げるような姿勢は、隙だらけなどという言葉すら温かった。


 さらば偉大な戦士。いざや受けよ、天なる裁き。


 振り下ろされる段平。最速にして曲がることなき雷刀。

 威力のみを追求した馬鹿らしい一撃を前に、哀れな死骸は硬直した。完全に自身の正中線を狙われ、己を再生不可にする一撃を前にして、死霊術師の玩弄物はいなすか、避けるかという二択にすら選択の矛盾で動きが凍る。


 まさしく雷に両断され、蛇足を味わっていた老将軍はようやく天にある戦士の館へと赴けたのだ。


/


 北の終わりはもう一つ。改造兵はカーネだけではないのだ。

 しかし、赤霊せきりょう騎士団にとっては慣れたものだ。以前相手した存在に遅れを取るなどということはあり得ない。狙うのは普通の兵には対処が難しい改造兵と獣型のアンデッド。それさえ潰せば良い。


 多くの団員が獣型を狙う中、アルマンは改造兵を求めて歩き続けた。馬に乗る必要も今回は無い。

 アルマンが所有する遺物〈衝把鎧しょうはがい〉は、鎧の上に神秘的防御を上乗せした甲冑であり、戦場で見られるような偶然による死を防いでくれるのだ。

 更に同僚たちにも知らしていないこともある。〈衝把鎧しょうはがい〉は下位遺物であり、全体の守りとしては大したことが無い。六大騎士団に所属できる程度の腕があれば、渾身の一撃で抜ける程度の硬度だ。しかし……この守りのベールはある程度の操縦が可能なのだ。アルマンは周囲を正確に把握しながら、適切に守りを移動させていた。

 豪胆にして巧緻。それがアルマンだ。


 手指に展開し、改造兵を殴り倒す。後ろからの奇襲に対して、即座に守りを背後に移動する。

 敵に隠された精鋭を制圧しつつ、アルマンは目標を見つけた。


 それは一人の改造兵。その首根っこを手で捕まえて吊り上げる。



「見つけたぞ。死霊術師」

「なっぜ! 分かった!?」

「改造兵達より一人だけ更に高い身体能力を持ちつつも、ろくにそれを使いこなせていない。一目瞭然よ」



 そのまま括り殺そうとしたアルマンの指は止まる。どれほどの犠牲の果てに獲得したのか……死霊術師“調整者”クレトは首の筋肉で締め上げに抵抗している。だが、常の落ち着きがクレトからは消え失せている。ここは逃げる局面だ。逃げに徹すれば、師が計算したとおりに魔術の種を撒き続けられる。

 しかし、クレトは自らその道を捨ててしまった。冷静にやれると評価されたが、冷静に考えた結果として今なら“赤の一剣”を倒せることに気付いてしまった。



「喰らえ。化け物。そして、やれい」

「ぬ」



 クレトの体から奇妙な音がしたと同時に、肋骨が刃となって飛び出した。それをアルマンは鎧で受け止めたが……残りの改造兵達が次々にアルマンの背に剣を突き立てた。

 勝った。自分達を脅かし続けた大敵の一人を打倒した。あるかなしかの微笑がクレトに浮かび、次に驚愕へと変わる。


 クレトをくびり上げる手の力が全く緩まないどころか、更に力を増していた。再度、改造兵に剣を振るわせても変わらなかった。


 前述通り、アルマンは周囲の状況を把握するのに長けている。ゆえに彼は知っていた。自分の生命と引き換えに敵の首魁を打ち取れることを。正真正銘、アルマンは赤霊せきりょう騎士団の“一剣”だった。

 死霊術師にも勝る、護国の亡霊がとうとう敵の首をねじ切った。念の為にあらゆる部位を潰しておくために、何度も拳を振り上げた。相手が血肉の水たまりになった時、アルマンは動きを止めた。


 敵の返り血と自分の血に塗れた姿は、誰かの代わりを務め終えた証。同僚たちも、それを見ても動きを止めたりはしない。戦場で自分だけが死なないなどと端から思ってはいないのだ。

 偉大なる赤の騎士に名誉など不要。そうすれば、誰かが怪物と戦わずに済むのだから……


 北部の趨勢は決した。

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