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第66話 死の終焉

 混迷する戦場。取り締まりの無い宴会のような風景が死と血を撒き散らしていく。本来の管理者であるはずのブレーズ王は、この乱痴気騒ぎが中央まで届かないと判断した。ソールソンがもたらす戦況報告と、ブラーギによる分析を基に頭の中で現状を描いてのことだ。欲を言えば各宗教の兵達を減らしてくれれば良かったのだが、いささか都合が良すぎるというものか。



「ここに来て私情を優先したか。うまいやり方、下手な手、予想というのは上手く回らないものだ」



 まるで見てきたかのように、ブレーズは言う。もう終わったことだと。後は私人として幾らかの人間の安否を願うばかりだった。


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 近寄ってきた敵を無造作に切り捨てながら、一点を見つめる。その場の全員が似たような行動を取っていた。

 停止した巨人というのはそれほどに人に困惑から来る冷静さをもたらし……その肩の上での奇妙な戦闘に魅入られた。もはや敵のトンボもどきは来ない。勢力としての亡者達は敗北したのだ。


 最後の争いは互いの代表じみた存在によって決されようとしていた……


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 突き出された刃が、双剣の間を滑り抜けて火花を散らす。逸らさなければツコウは首か肩を傷つけられて、戦闘行動に支障をきたすか最悪死んでいただろう。

 大勢の予感を裏切って“後継者”アマドは予想外の強敵だった。ただ一人で一剣と争えるような男だとは誰も思っていなかったのだ。ただ一人を除いては。ツコウは知っていた。強い弱いではなく、アルゴフの後継者は剣での決着に異常なこだわるはずだと。



「ドラウグル化してないにも関わらずに、この速度。改造を自分にも施したか。それも……」



 交差する刃がそのままきらめいた。防御からの攻撃へと滑らかに移った双剣はアマドの利き腕の指を正確に断ち切った。しかし……指が落ちきるまでに、血が糸のようになって元の場所へと収まった。



「面倒な方法を編み出したものだ。魔術はよく知らんが、あれだ。肉体と魂の繋がりを消して、ただの物質として扱っているのか?」

「そうだ! 原理としてはこの肉人形を小さくしたものだ。悠久の時を経ても駆動するドラウグル化ですら逃れられない傷……神秘を帯びた剣程度なら、もはや私の不死身は妨げられない!」

「ふぅん」



 異常な再生能力という壁を前にしても、黒の騎士は動じない。というよりはその程度では話にならないからである。不死身にしても今の状況から幾つか対抗策が浮かぶ。



「それで? 次があるんだろう? 早く出さないと、出しきらないままになってしまう。それでもこちらとしては一向に困らないが……そちらはそうでもないはずだ。冥土の土産が欲しいはず」



 もはや連撃ではなく、同時に放っているようにしか見えない黒白閃が輝く。その度にアマドの体は傷つき、再生していく。

 ツコウからすれば再生する度に刻み続ければ良いだけの話。積み上げた技の厚みが違いすぎる。加えて言えばアマドの不死身は制限があると、激戦の中でツコウは推測していた。

 魂から切り離した手足は再生する。しかしアマドは肉人形を接触することで操っていた。ということは体のどこかに魂の器がある。倒すのならそれを砕くか潰すだけでいい。要は人間とさして変わらない。死霊術師が超越者ならば、世界は彼らのものだったはずだ。


 一方のアマドは不思議な歓喜を感じていた。思えば、これが初めての決闘だ。恐ろしくなど無いと言えば嘘になる。勝利はもはや訪れることはなく、後に待つのは死だ。それでも、この僅かな時間はアマドの生の中でもっとも輝いている。

 儀礼用の剣すら持ち上げられず、父の意識からすら忘れられていた哀れなアマド。それが今、長剣を片手に一騎打ちをしているのだ。失われたものが全て戻ってくる気さえする。

 ああ、だってほら、大国ケイラノスで最強とされる騎士がいる。彼の目は冷めていたが、同時にこの程度で戦いが終わるはずが無いと構えを崩さないでいる。期待されている・・・・・・・・んだ!



「なら、それに応える!」

「へぇ……」



 奇怪な姿勢からの突撃。傍から見ているとただの突撃だっただろう。それは対象である当事者の視点からは全く違うように見えていた。剣士として不条理なまでに強いツコウの頬に薄い線が走り、遅れて血が線を引いた。



「なんだ、今のは。面白い剣技だ。躱しきれないとは……あの世に行った時、師匠に何か言われそうな気がしてきた」

「種を明かす馬鹿がいるとでも?」

「だよなぁ」



 単純に剣士としてのアマドを評価した場合、彼はツコウどころかコリンの影すら踏めない程度の技術しか持っていない。まさしく素人に毛が生えた……それも産毛だろう。当然にツコウを騙し抜ける領域にはいないはずで、まぐれすら起こらないほどの差がある。それを当ててきた。

 必ず種があるはずであり、それは何かを探るべく単調な剣撃の応酬を続ける。その過程で、最強の騎士が徐々に傷ついていく。周囲の観客たちが不安を見せ始めた頃……



「なるほど。盲点だった……というより普通ならあり得ない。見た目に騙されるとは、俺も未熟が過ぎるな」

「まさか……」



 もう見破られたのか。アマドは熱がこもった継ぎ接ぎだらけの顔で笑う。この男の方が余程人間ではない。

 それを肯定するように徐々に戦いの天秤は元に戻り、ツコウが傷を負わなくなる。種を看破してしまえば、後は容易いとばかりに攻め立てる。アマドはそれを十数合耐えた。驚異的な粘りと精神的に強くなったからである。それも終わりが近い。



「お前は誰からも剣を習ったことがない。まぁ経歴を考えれば当然のことだ。だからといって、参考になるものが無いではない。最初は死体から知識を吸収でもできるのかと疑ったが……まさか夢物語の剣技を持ち出して来るとは思わなかった」



 そう。アマドがツコウを傷つけられた種はそこにある。それは演劇の題材や冒険譚に出てくる現実にはあり得ない技。

 蛇のように曲がる剣。獅子の爪にも似た袈裟斬り。風のようにすり抜ける歩法。それを可能にしたのは人間を超えた身体能力であり、先入観の無い素人だったからこそ使えることに気付いたのだろう。

 改造を自身にも施したアマドからすれば、「人間にはあり得ない」という枷が無い。よく見れば肘一つ取っても、人間とは異なり逆方向に曲げていた。



「では……終わりだ。〈双剣・ペインタス〉起動」

「いやまだだ! 知っているぞ、その剣はこけおどし……」



 気合を入れ直したアマドが放つのは異常な剣技。右手の剣が背を回り、左側から出るという人体ではあり得ない攻撃。それが何かにぶつかってあらぬ方向へ向かってしまう。そこにあるのは空間に塗られた黒の染みだった。



「〈双剣・ペインタス〉は試作品だ。目標は斬撃の残留。未だその域に届いてはいないが、技術は日々進歩しているというわけだ。黒の軌跡を物質化することに成功した」



 アマドが思わず後ろに下がると、黒の塊にぶつかって動きを阻害される。物質化といっても大した強度ではない。子供が殴れば壊れる程度だが、それで十分だった。輝くは再びの黒白閃。ただ一人の両手から下される超速の連撃。その本領が発揮される。

 元より地力に差がある戦い。一手間違えれば終わりの中での致命の隙を見せたアマドは切られた端から、黒の絵の具を差し込まれ不死身の木偶人形となる。削られに削られ、残ったのは心臓と頭部だけとなった。


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 奇妙な光景だった。誰も喝采をあげず、どこか虚しい空気を共有していた。心臓を掴み取られ、頭部だけで生きている。

 おぞましいはずが……ケイラノスどころか、人間種にとってさえ不倶戴天であったであろう死霊術師はひどく哀れだった。彼のやったことは許せないが、そこに憐憫を見出すのもまた人というものだろう。



「は、はは……勝てなかったかぁ。相手が君では、まぁ仕方が無い、か」

「魂は心の臓に宿る。変なところで正直だな」

「そんなわけが無いだろう。内蔵を移動する機能だって付けてたよ。余りに君が速すぎて、活用できなかったけれどね」

「そうか。何十年か先なら勝負は分からなかった」

「いやいや。それでは君に勝てても、さらに大きくなった国には勝てなかった。師の遺志が全ての私にとってはそれでは意味が無いんだ。ああ……どこまで行っても、いくら手を汚しても、私には届かなかったんだ」

「……そうか。敵である以上は、お前に加減をする気は無い。だがお前は歴史に名を遺した。冥土の土産にはそれで良いだろう」



 感傷を持て余して、ツコウは空を見上げた。雲が流れ、太陽が顔を出している。自分が死ぬ日も晴れていればいいが……さようなら、そう言おうとしたが止めた。ただ静かに心臓を握りつぶした。

 瞬間、飛来した長剣が残っていた頭部を弾き飛ばした。剣が飛んできた軌跡の先にいたのは“緑の一剣”だった。



「テーズ……」

「はは、悪人の末路か。最後までひどい……もの……だ……何も……えら、べ……」



 これが“アルゴフの乱”に続いて起きた“アマドの災禍”の終焉だった。

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