エリアスは、ソファに腰を下ろしたエドワルドを前にして、じっと彼の表情をうかがった。
王の突然の訪問──そして、カーティスの同行。
ただならぬものを感じないわけがない。
(……何が、起きている?)
「それで、陛下がわざわざ私に何の御用でしょう?」
努めて平静を装いながら、エリアスは問いかけた。
エドワルドは優雅に足を組み替えると、静かに微笑む。
「まずは、どうしてカーティスがここにいるのか、から話すべきか?」
エリアスは視線をカーティスへと向ける。
彼は少し苦笑しながら、肩をすくめた。
(王族と、その伴侶しか入れない東の宮殿……)
視線を巡らせながら、脳裏で情報を整理する。
(つまり──カーティスは……)
「まさか……」
ぽつりとこぼれた言葉に、エドワルドがくつくつと笑う。
「お、分かったか?簡単な問題だろうが」
「いえ……ただあまり当たっては欲しくないのですが……」
そう言いつつエリアスはもう一度カーティスを見た。
矢張り顔には苦笑が浮かんでいる。
「私と同じ立場か、それに準ずる立場、ということですよね?」
その答えにエドワルドが笑みを深めて頷く。
「なるほどな。レオナードが気にいるわけだ」
「……どういう意味です?」
「そう勘ぐるな。ただの感想だ」
そう言って、王は声を上げて笑った。
カーティスは軽くため息をつくと。
「まぁ、僕もまさかこうなるとは思わなかったけどね。色々あって、今ここにいるわけで……」
「色々?」
「……うん」
カーティスは曖昧に笑う。
しかし、それ以上の説明はしない。
エリアスは言い知れぬ感覚を覚えながらも、それ以上は問い詰めなかった。
「まあまあ。それは後でもかまわない話だ。本題に入るとしよう」
エドワルドがエリアスを見る。
「レオナードの暗殺未遂事件の件だ」
「……っ!?」
エリアスの目が見開かれる。
「暗殺未遂……?」
「そうだ。レオナードは狙われている」
一気に、背筋が冷たくなる。
思わず身を乗り出した。
「まさか、レオ様は……!」
「無事だ。今は、な」
エドワルドは落ち着いた声で言った。
「だが、まだ犯人の目星がついていない。王宮内に何者かが潜んでいる可能性が高い」
「そんな……誰が、そんなことを……」
エリアスの脳裏に、ロベルトの顔がよぎる。
だが、彼は夜会の時、毒の入ったグラスを自分も受け取っていた。
少なくとも、彼が黒幕ではない可能性はある。
「ロベルト先輩……でも、あの方は……」
「今のところ、ロベルト自身に決定的な証拠はない。だが、彼の母親……先々王の皇女が関与している可能性がある」
「先々王の皇女……」
エリアスは息をのむ。
「もしかすると、だ。ロベルト自身は止めようとしているのかもしれないな。しかし、あの母親はどれを許さないだろう」
「陛下はご存じなのですか……?」
「まあ、彼女も王族だからな。この国の皇太子は代々男だ。女性の冊立は許されていない。しかし先々王には王子がいなくてね。よって王位は王の弟に──私たちの父に受け継がれることになった。ただ彼女はそれを“王位簒奪”と想っているらしいな」
「馬鹿な……」
この国に生きる以上、仕方がないこともある。
それを理由に現王兄弟を恨むのなんて、おかしな話だ。
けれどそこでそれを説いたところで仕方がない。
「……レオナード殿下の話は……確かな情報なのですか?」
エリアスの問いに、エドワルドは「まだ確証はない」と前置きしつつ、続けた。
「だが、ロベルトの動きを見ていれば、ほぼ間違いないだろう。彼女は歯止めが効かなくなりつつある」
「つまり……」
エリアスは唇を引き結び、考えを巡らせる。
「ロベルトの母上が、この国の王政を揺るがそうとしている……?」
エドワルドの目が僅かに細められる。
「ふむ……そこまでは言い切れないが、目的は"レオナードの排除"である可能性が高い」
「殿下を排除……」
エリアスは息を呑む。
「レオナード殿下がいなくなれば、陛下が孤立され……そして、その座を狙う動きが出ると?」
「……話が早いな」
王は満足げに微笑んだ。
「まだ確定したわけではないが、その可能性は十分にある」
エリアスの心臓が、強く脈打つ。
(レオ様が……命を狙われている……)
今まで、どれだけレオナードの束縛に反発しようと考えていたか。
しかし、命の危機が迫っていると知ると、それがすべて霞んでいく。
「……だからこそ、君に伝えておきたかった。レオナードが戻る前に、君の意志を確かめておきたかった」
「私の……意志……?」
「君は、どうしたい?」
その問いに、エリアスは息を詰まらせた。
どうしたいのか。
「レオナードを救いたいと思うか? それとも、このまま私の力をもって逃がしてやってもいい。可愛いカーティスのお願いだからな」
最後の方は冗談交じりの声だったが、カーティスはため息を吐いた。
選べ、と言われている。
エリアスは拳を握り締めた。
答えは、決まっている。
迷う必要も、ない。
「……私は……レオ様を、助けたいです」
それは、即答だった。
どれだけ不満を抱えようと、どれだけ束縛されようと――
レオナードの命が脅かされているのなら、彼を見捨てることなどできない。
「……そうか」
エドワルドは満足そうに微笑んだ。
「では、君にも協力してもらおう。レオナードがいない時を狙ってカーティスを越させることにしよう。私が動くと噂になりやすいだろうからな」
エリアスは覚悟を決めた。
(俺にできることがあるなら、やる……レオ様を、守るために)