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9-7

エリアスは、ソファに腰を下ろしたエドワルドを前にして、じっと彼の表情をうかがった。

王の突然の訪問──そして、カーティスの同行。

ただならぬものを感じないわけがない。


(……何が、起きている?)


「それで、陛下がわざわざ私に何の御用でしょう?」


努めて平静を装いながら、エリアスは問いかけた。

エドワルドは優雅に足を組み替えると、静かに微笑む。


「まずは、どうしてカーティスがここにいるのか、から話すべきか?」


エリアスは視線をカーティスへと向ける。

彼は少し苦笑しながら、肩をすくめた。


(王族と、その伴侶しか入れない東の宮殿……)


視線を巡らせながら、脳裏で情報を整理する。


(つまり──カーティスは……)


「まさか……」


ぽつりとこぼれた言葉に、エドワルドがくつくつと笑う。


「お、分かったか?簡単な問題だろうが」

「いえ……ただあまり当たっては欲しくないのですが……」


そう言いつつエリアスはもう一度カーティスを見た。

矢張り顔には苦笑が浮かんでいる。


「私と同じ立場か、それに準ずる立場、ということですよね?」


その答えにエドワルドが笑みを深めて頷く。


「なるほどな。レオナードが気にいるわけだ」

「……どういう意味です?」

「そう勘ぐるな。ただの感想だ」


そう言って、王は声を上げて笑った。

カーティスは軽くため息をつくと。


「まぁ、僕もまさかこうなるとは思わなかったけどね。色々あって、今ここにいるわけで……」

「色々?」

「……うん」


カーティスは曖昧に笑う。

しかし、それ以上の説明はしない。

エリアスは言い知れぬ感覚を覚えながらも、それ以上は問い詰めなかった。


「まあまあ。それは後でもかまわない話だ。本題に入るとしよう」


エドワルドがエリアスを見る。


「レオナードの暗殺未遂事件の件だ」

「……っ!?」


エリアスの目が見開かれる。


「暗殺未遂……?」

「そうだ。レオナードは狙われている」


一気に、背筋が冷たくなる。

思わず身を乗り出した。


「まさか、レオ様は……!」

「無事だ。今は、な」


エドワルドは落ち着いた声で言った。


「だが、まだ犯人の目星がついていない。王宮内に何者かが潜んでいる可能性が高い」

「そんな……誰が、そんなことを……」


エリアスの脳裏に、ロベルトの顔がよぎる。

だが、彼は夜会の時、毒の入ったグラスを自分も受け取っていた。

少なくとも、彼が黒幕ではない可能性はある。


「ロベルト先輩……でも、あの方は……」

「今のところ、ロベルト自身に決定的な証拠はない。だが、彼の母親……先々王の皇女が関与している可能性がある」

「先々王の皇女……」


エリアスは息をのむ。


「もしかすると、だ。ロベルト自身は止めようとしているのかもしれないな。しかし、あの母親はどれを許さないだろう」

「陛下はご存じなのですか……?」

「まあ、彼女も王族だからな。この国の皇太子は代々男だ。女性の冊立は許されていない。しかし先々王には王子がいなくてね。よって王位は王の弟に──私たちの父に受け継がれることになった。ただ彼女はそれを“王位簒奪”と想っているらしいな」

「馬鹿な……」


この国に生きる以上、仕方がないこともある。

それを理由に現王兄弟を恨むのなんて、おかしな話だ。

けれどそこでそれを説いたところで仕方がない。


「……レオナード殿下の話は……確かな情報なのですか?」


エリアスの問いに、エドワルドは「まだ確証はない」と前置きしつつ、続けた。


「だが、ロベルトの動きを見ていれば、ほぼ間違いないだろう。彼女は歯止めが効かなくなりつつある」

「つまり……」


エリアスは唇を引き結び、考えを巡らせる。


「ロベルトの母上が、この国の王政を揺るがそうとしている……?」


エドワルドの目が僅かに細められる。


「ふむ……そこまでは言い切れないが、目的は"レオナードの排除"である可能性が高い」

「殿下を排除……」


エリアスは息を呑む。


「レオナード殿下がいなくなれば、陛下が孤立され……そして、その座を狙う動きが出ると?」

「……話が早いな」


王は満足げに微笑んだ。


「まだ確定したわけではないが、その可能性は十分にある」


エリアスの心臓が、強く脈打つ。


(レオ様が……命を狙われている……)


今まで、どれだけレオナードの束縛に反発しようと考えていたか。

しかし、命の危機が迫っていると知ると、それがすべて霞んでいく。


「……だからこそ、君に伝えておきたかった。レオナードが戻る前に、君の意志を確かめておきたかった」

「私の……意志……?」

「君は、どうしたい?」


その問いに、エリアスは息を詰まらせた。

どうしたいのか。


「レオナードを救いたいと思うか? それとも、このまま私の力をもって逃がしてやってもいい。可愛いカーティスのお願いだからな」


最後の方は冗談交じりの声だったが、カーティスはため息を吐いた。

選べ、と言われている。

エリアスは拳を握り締めた。

答えは、決まっている。

迷う必要も、ない。


「……私は……レオ様を、助けたいです」


それは、即答だった。

どれだけ不満を抱えようと、どれだけ束縛されようと――

レオナードの命が脅かされているのなら、彼を見捨てることなどできない。


「……そうか」


エドワルドは満足そうに微笑んだ。


「では、君にも協力してもらおう。レオナードがいない時を狙ってカーティスを越させることにしよう。私が動くと噂になりやすいだろうからな」


エリアスは覚悟を決めた。


(俺にできることがあるなら、やる……レオ様を、守るために)


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