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9-8

──王とカーティスが去り、静寂が戻る。

扉が閉まり、廊下を遠ざかる足音が消えた。

それでも、部屋の中にはまだ彼らの気配が微かに残っている気がして、エリアスは息を詰めたまま動けずにいた。


(……レオ様の、暗殺未遂……)


耳に残るのは、エドワルドの言葉。


──"レオナードは狙われている"


無意識に拳を握る。

レオナードが標的になっていることに疑いはない。

ロベルトの母が背後にいる可能性も高い。

だが、決定的な証拠がない以上、弾劾することも叶わない。

何より自分には情報が少なすぎて判断が鈍る。


(それに……陛下は、レオ様にこの件を伝えているのだろうか)


不安が脳裏をよぎる。

エドワルドは、エリアスに「どうしたいか」と問うた。

それは、つまり "レオナードにはまだ伝えていない" ということではないのか?


(まさか……陛下は、レオ様を囮にするつもりなのでは?)


その考えが浮かんだ瞬間、背筋に冷たいものが走った。

今、エドワルドが何もせず動きを見守っているのは、敵を泳がせて確実な証拠を掴むため。

だが、それは同時に、"レオナードに危険が及ぶ" ということでもある。


(レオ様が……このまま何も知らずにいれば……)


胸の奥がざわつく。


(レオ様が……傷つくのは嫌だ)


このまま黙って見ていることなどできない。

たとえ何を失おうとも、レオナードだけは失いたくなかった。

ふと、手元に視線を落とす。

薬指に嵌められた指輪が、淡い光を宿していた。


(……これ)


何気なく触れたそれは、冷たいはずなのに、どこか肌に馴染んでいる気がした。

違和感があったはずの存在が、今では当たり前になりつつある。


(本当は……俺は、これを受け入れたいのか?)


今更気づいた事実に、喉が詰まる。

こんな形でなければ──

こんな強引なやり方でなければ──


(……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない)


すぐに思考を振り払う。

今考えるべきは、レオナードのこと。

自分がどうすべきか、どうしたいか、だ。

深く息を吸い、ゆっくりと吐く。


(何があっても、レオ様を助けたい……)


──そう思った矢先、部屋の外が慌ただしくなった。


「……殿下が戻られました!」


扉の向こうから聞こえた侍女の声に、エリアスの心臓が跳ねた。

一瞬、息を詰める。


(……戻ってきた)


「エリアス」


低く、静かに。

それでいて、どこか熱を孕んだ声が耳に届く。


「……レオ様」


エリアスが振り向くよりも早く、腕が伸びてきた。


「……っ」


強く、確かに、抱きしめられる。


「……っ……レオ様……?」


肩に回された腕の力は、いつも以上に強い。

まるでエリアスの存在を確かめるかのように、確実に、その体温を感じようとするかのように。

そして、戸惑う暇もなく、唇が重なった。


「……んっ……」


深く、焦れるような口づけ。

それが何を意味するのか、聞かなくても分かる。


(……この人も、何かを感じているのか?)


疑念と、確信の間で揺れる思考を振り払い、エリアスはそっと目を閉じた。


(どうあっても……やはり、好きだ)


どれだけ支配されようと、どれだけ逃げ場がなくとも。

レオナードの温もりを拒むことは、できない。


だからこそ──


(助けたい。守りたい)


レオナードが知らないのなら、俺が伝えなくてはならない。

このまま、何も知らずにいるわけにはいかない。

己の決意を胸に刻む。


(レオ様……俺が、あなたを守りたいのです……)


エリアスはそっと、レオナードの背に手を添えた。


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