──王とカーティスが去り、静寂が戻る。
扉が閉まり、廊下を遠ざかる足音が消えた。
それでも、部屋の中にはまだ彼らの気配が微かに残っている気がして、エリアスは息を詰めたまま動けずにいた。
(……レオ様の、暗殺未遂……)
耳に残るのは、エドワルドの言葉。
──"レオナードは狙われている"
無意識に拳を握る。
レオナードが標的になっていることに疑いはない。
ロベルトの母が背後にいる可能性も高い。
だが、決定的な証拠がない以上、弾劾することも叶わない。
何より自分には情報が少なすぎて判断が鈍る。
(それに……陛下は、レオ様にこの件を伝えているのだろうか)
不安が脳裏をよぎる。
エドワルドは、エリアスに「どうしたいか」と問うた。
それは、つまり "レオナードにはまだ伝えていない" ということではないのか?
(まさか……陛下は、レオ様を囮にするつもりなのでは?)
その考えが浮かんだ瞬間、背筋に冷たいものが走った。
今、エドワルドが何もせず動きを見守っているのは、敵を泳がせて確実な証拠を掴むため。
だが、それは同時に、"レオナードに危険が及ぶ" ということでもある。
(レオ様が……このまま何も知らずにいれば……)
胸の奥がざわつく。
(レオ様が……傷つくのは嫌だ)
このまま黙って見ていることなどできない。
たとえ何を失おうとも、レオナードだけは失いたくなかった。
ふと、手元に視線を落とす。
薬指に嵌められた指輪が、淡い光を宿していた。
(……これ)
何気なく触れたそれは、冷たいはずなのに、どこか肌に馴染んでいる気がした。
違和感があったはずの存在が、今では当たり前になりつつある。
(本当は……俺は、これを受け入れたいのか?)
今更気づいた事実に、喉が詰まる。
こんな形でなければ──
こんな強引なやり方でなければ──
(……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない)
すぐに思考を振り払う。
今考えるべきは、レオナードのこと。
自分がどうすべきか、どうしたいか、だ。
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
(何があっても、レオ様を助けたい……)
──そう思った矢先、部屋の外が慌ただしくなった。
「……殿下が戻られました!」
扉の向こうから聞こえた侍女の声に、エリアスの心臓が跳ねた。
一瞬、息を詰める。
(……戻ってきた)
「エリアス」
低く、静かに。
それでいて、どこか熱を孕んだ声が耳に届く。
「……レオ様」
エリアスが振り向くよりも早く、腕が伸びてきた。
「……っ」
強く、確かに、抱きしめられる。
「……っ……レオ様……?」
肩に回された腕の力は、いつも以上に強い。
まるでエリアスの存在を確かめるかのように、確実に、その体温を感じようとするかのように。
そして、戸惑う暇もなく、唇が重なった。
「……んっ……」
深く、焦れるような口づけ。
それが何を意味するのか、聞かなくても分かる。
(……この人も、何かを感じているのか?)
疑念と、確信の間で揺れる思考を振り払い、エリアスはそっと目を閉じた。
(どうあっても……やはり、好きだ)
どれだけ支配されようと、どれだけ逃げ場がなくとも。
レオナードの温もりを拒むことは、できない。
だからこそ──
(助けたい。守りたい)
レオナードが知らないのなら、俺が伝えなくてはならない。
このまま、何も知らずにいるわけにはいかない。
己の決意を胸に刻む。
(レオ様……俺が、あなたを守りたいのです……)
エリアスはそっと、レオナードの背に手を添えた。