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10-3

「……いいだろう」


レオナードの金の瞳が、まっすぐにエリアスを見つめる。


「だが、その前に一つ言っておく。お前には、何もさせるつもりはない」

「何も……?」

「そうだ。お前は何もせず、ただ私の傍にいればいい」


低く落ち着いた声。

だが、それは明らかに "エリアスを巻き込まないための言葉" だった。


「それじゃ、私はただ守られるだけですか?」


静かに問い返すと、レオナードの眉がわずかに寄る。


「それでいい」

「よくありません!」


思わず声を荒げた。

レオナードの表情が一瞬だけ驚きに揺れる。


「……俺は、何もできないほど無力じゃないです」


エリアスは拳を握りしめた。


「俺……私は、貴族の家に生まれ、文官になって……ここまでやってきた。だから、何もできないなんて言わせません」

「だが、お前が文官だったからこそ、王弟妃になったのではないのか?」


レオナードの言葉に、エリアスの喉が詰まる。

確かに、今の自分は "王弟妃" という立場だ。

けれど――。


「レオ様の妃だからといって、大人しくしていられるほど従順ではないんです」


レオナードは、じっとエリアスを見つめる。


「……お前は本当に変わったな」

「そうかもしれません。でも、それは悪いことじゃないでしょう?」


エリアスはまっすぐに言った。


「レオ様を守るためなら、私は何だってします」


レオナードの目がわずかに細められる。

彼はしばらく黙っていたが、やがて――


「……ならば、聞け」


そう言って、エリアスを寝台へと座らせた。

自分もその隣に腰を下ろし、ゆっくりと口を開く。


「お前も知っての通り、私は狙われている」

「……はい」


エリアスは息をのむ。


「視察の馬に細工をされたていた……あれは、恐らく決定的な証拠にはならないだろうが、誰かが意図的に仕掛けたものであることは間違いない」

「つまり……これは、単発の暗殺未遂ではなく、もっと大きな動きがあるということですよね」


レオナードは頷いた。


「そうだろうな」

「犯人の目星は……?」


エリアスの問いに、レオナードは静かに答えた。


「……ロベルトの母、先々王の皇女。そのあたりはもう聞いているだろう?」

「やはり……彼女が……」

「彼女がどこまで関与しているかはまだ不明だが、ロベルト自身はそれを止めようとしているのかもしれない」


エリアスは拳を握る。


「ロベルト先輩が……?」

「ああ。奴は、自分の母を止めようとしているようだが……」

「抑えられない、と」

「……ああ」


レオナードは短く肯定する。


「彼の母は、先々王の血筋に強い誇りを持っている。だからこそ、私たち――今の王家を認めていない」

「それで……陛下ではなく、レオ様が狙われた?」

「そうだ。私が消えれば、王は孤立し、政治的に不安定になる」

「……つまり、狙いは “エドワルド陛下の失脚” ですね。そこまでは聞きました」

「私が話さなくとも、だな……」


エリアスの言葉にレオナードが苦笑を漏らす。


「……でも、だからこそ私が何かしないといけないんです」


エリアスは強く言った。


「レオ様を守るために、私にできることがあるなら、やらせてください」


レオナードは少し考え込むように目を伏せた。

やがて――


「……分かった」


短く息を吐きながら、彼は頷いた。


「ならば、まずはカーティスと話をしよう。奴なら、裏の情報を掴んでいるはずだ。兄上もどうせ絡んでくる」


エリアスの胸に、安堵と覚悟が混ざった感情が広がる。


「……ありがとうございます、レオ様」


レオナードは微笑み、エリアスの顎をすくい上げた。


「礼を言うのはまだ早い。先に言っておくが、私はお前とカーティスが接触するのは昔から嫌だったんだ……覚えておけ、エリアス。お前の夫は狭量だと」


冗談めいた声でレオナードが言った。

そして――唇が重なる。

それは、まるで誓いのように。

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