「……いいだろう」
レオナードの金の瞳が、まっすぐにエリアスを見つめる。
「だが、その前に一つ言っておく。お前には、何もさせるつもりはない」
「何も……?」
「そうだ。お前は何もせず、ただ私の傍にいればいい」
低く落ち着いた声。
だが、それは明らかに "エリアスを巻き込まないための言葉" だった。
「それじゃ、私はただ守られるだけですか?」
静かに問い返すと、レオナードの眉がわずかに寄る。
「それでいい」
「よくありません!」
思わず声を荒げた。
レオナードの表情が一瞬だけ驚きに揺れる。
「……俺は、何もできないほど無力じゃないです」
エリアスは拳を握りしめた。
「俺……私は、貴族の家に生まれ、文官になって……ここまでやってきた。だから、何もできないなんて言わせません」
「だが、お前が文官だったからこそ、王弟妃になったのではないのか?」
レオナードの言葉に、エリアスの喉が詰まる。
確かに、今の自分は "王弟妃" という立場だ。
けれど――。
「レオ様の妃だからといって、大人しくしていられるほど従順ではないんです」
レオナードは、じっとエリアスを見つめる。
「……お前は本当に変わったな」
「そうかもしれません。でも、それは悪いことじゃないでしょう?」
エリアスはまっすぐに言った。
「レオ様を守るためなら、私は何だってします」
レオナードの目がわずかに細められる。
彼はしばらく黙っていたが、やがて――
「……ならば、聞け」
そう言って、エリアスを寝台へと座らせた。
自分もその隣に腰を下ろし、ゆっくりと口を開く。
「お前も知っての通り、私は狙われている」
「……はい」
エリアスは息をのむ。
「視察の馬に細工をされたていた……あれは、恐らく決定的な証拠にはならないだろうが、誰かが意図的に仕掛けたものであることは間違いない」
「つまり……これは、単発の暗殺未遂ではなく、もっと大きな動きがあるということですよね」
レオナードは頷いた。
「そうだろうな」
「犯人の目星は……?」
エリアスの問いに、レオナードは静かに答えた。
「……ロベルトの母、先々王の皇女。そのあたりはもう聞いているだろう?」
「やはり……彼女が……」
「彼女がどこまで関与しているかはまだ不明だが、ロベルト自身はそれを止めようとしているのかもしれない」
エリアスは拳を握る。
「ロベルト先輩が……?」
「ああ。奴は、自分の母を止めようとしているようだが……」
「抑えられない、と」
「……ああ」
レオナードは短く肯定する。
「彼の母は、先々王の血筋に強い誇りを持っている。だからこそ、私たち――今の王家を認めていない」
「それで……陛下ではなく、レオ様が狙われた?」
「そうだ。私が消えれば、王は孤立し、政治的に不安定になる」
「……つまり、狙いは “エドワルド陛下の失脚” ですね。そこまでは聞きました」
「私が話さなくとも、だな……」
エリアスの言葉にレオナードが苦笑を漏らす。
「……でも、だからこそ私が何かしないといけないんです」
エリアスは強く言った。
「レオ様を守るために、私にできることがあるなら、やらせてください」
レオナードは少し考え込むように目を伏せた。
やがて――
「……分かった」
短く息を吐きながら、彼は頷いた。
「ならば、まずはカーティスと話をしよう。奴なら、裏の情報を掴んでいるはずだ。兄上もどうせ絡んでくる」
エリアスの胸に、安堵と覚悟が混ざった感情が広がる。
「……ありがとうございます、レオ様」
レオナードは微笑み、エリアスの顎をすくい上げた。
「礼を言うのはまだ早い。先に言っておくが、私はお前とカーティスが接触するのは昔から嫌だったんだ……覚えておけ、エリアス。お前の夫は狭量だと」
冗談めいた声でレオナードが言った。
そして――唇が重なる。
それは、まるで誓いのように。