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11-1

王宮の大広間は、華やかな装飾と貴族たちの談笑で満ちていた。

カーティスの婚約発表ということもあり、多くの招待客が集まっている。

煌びやかな衣装を纏った貴族たちが談笑し、音楽隊が優雅な旋律を奏でる。


(……華やかだな)


エリアスは少し離れた位置から、会場の様子を眺めていた。

いつもなら、このような場ではレオナードの側近として後ろにいた。

だが、今日は違う。

彼は"王弟妃"として、レオナードの横にいる。


(慣れないな……)


視線を巡らせると、既にカーティスはエドワルドと共に壇上に立っていた。

いつもの飄々とした態度は変わらないが、どこか緊張の色が滲んでいる。


「さて、本日の主役の一人が、ようやくその立場を受け入れたようだ」


レオナードの低い声が耳元に響く。


「カーティス、緊張しているように見えますね」

「当然だろう。あれがどれだけお調子者でも、国王の婚約者という立場の重みは変わらん」


エリアスは小さく頷いた。


(……問題は、ここからだ)


この場には、ロベルトも招かれている。

そして――エリアスの家族も。


「エリアス!」


父・エルネストの声が鋭く響く。

彼は王宮での正式な装いをしているものの、その眼差しは厳しい。


「お前、一体どういうつもりだ? なぜ何も言わずに……?」

「父上……」

「しかも、お前が王弟殿下に閉じ込められていると聞いた。どういうことだ、エリアス!」


エリアスの目の前に立つのは、父であるフィンレイ子爵エルネスト、母、そして兄。

久々に顔を合わせた家族の表情は、驚きと困惑、そして怒りに満ちていた。

周囲の貴族たちが興味深そうにこちらを見ているのがわかる。

エリアスは静かに視線を落とし、拳を握りしめた。


(……やっぱり、こうなるよな)


無理もない。

自分の家族に何の相談もせず、王弟妃としての道を選んだのだ。

元々、家族はレオナードとの関係を良しとしていなかった。

それは家格の違い故に、だ。


「エリアス、本当に大丈夫なの? 無理をさせられているのなら、今すぐ……」


母の声は心配に満ちている。

兄も何か言いたげにエリアスを見ていた。


「私は……」


なんと言えば納得してもらえるのか。

どう伝えればいいのか、言葉を探していると――


「申し訳ない」


――その瞬間、予想もしていなかった言葉が響いた。

エリアスの家族だけでなく、周囲の貴族たちが驚きに息をのむ。

何より、エリアス自身が息をのんだ。


(……え?)


目を見開いたまま、エリアスは隣に立つ人物を見上げる。

レオナードが――王弟殿下が――

静かに頭を下げていた。


「私は、エリアスをフィンレイ家から奪ったも同然です。無礼をお許しください」


信じられない光景だった。

堂々とした態度を崩さず、王族としての誇りを決して曲げないこの人が、今、エリアスの家族に対して頭を下げている。


「……っ……」


エルネストも、一瞬言葉を失ったようだった。

あまりのことに周囲が静まり返る。


「……陛下が正式に公布したこととはいえ、私はエリアスの家族に何の説明もしてこなかった。妃として迎えるにあたり、礼を尽くすべきだったのに、それすら怠った。結果として、貴族社会のしきたりを無視する形になったのは否定できない」


レオナードは一言一言、ゆっくりとした口調で言った。

その声は、決して威圧的ではない。

だが、強く、揺るぎない。


「……王弟殿下……?」


母が戸惑いながら呟く。

兄も信じられないという表情で、視線をエリアスとレオナードの間に彷徨わせている。


「しかし、それでも私はエリアスを手放すつもりはありません」


レオナードは、まっすぐにエルネストを見据えた。


「エリアスは私の妃です。彼なしでは、私は成り立たない」


堂々とした宣言。

その言葉に、エリアスの心臓が大きく跳ねた。


(……この人は、俺を手放す気なんて、最初からなかったんだ)


「……」


エルネストは、しばらく沈黙した。

周囲の空気が張り詰める。

レオナードは頭を下げた。

だが、それは謝罪ではない。


これは――宣言だ。

"エリアスは私の妃であり、手放さない"という、揺るぎない意志の表れだった。

父はゆっくりと息を吐いた。


「……息子を、よろしく頼みます」


その一言が、場の空気を決定づけた。

エリアスは、驚きと安堵の入り混じった気持ちで、父を見た。


「父上……?」

「お前が選んだ道なら、私は何も言わん。ただ……無理はするな」


母がそっとエリアスの手を握った。


「あなたが幸せなら、それでいいのよ」


兄も少しだけ肩をすくめる。


「まあ……もう、殿下がそう言っているんだから、俺たちがとやかく言うこともないか」


エリアスは喉が詰まるような感覚を覚えた。


(……こんな日が来るなんて、思ってなかった)


ずっと反対されていた。自分自身もいつか、別れが来るものだと。

でも――


「……ありがとう」


小さく、そう呟いた。


レオナードがそっとエリアスの手を握る。

強く、優しく。


「エリアス」


低い声が耳元に落ちる。


「私は、お前のすべてを受け入れる。だから、お前も私を受け入れろ」


エリアスはゆっくりと頷いた。


(……この人のために、俺はここにいる)


覚悟は、もう決まっている。

そして、次の瞬間――


「レオナード殿下」


その場の空気を切り裂くように、別の声が響いた。

エリアスが振り向くと、そこにはロベルトがいた。

彼は穏やかな笑みを浮かべているが、その目はどこか冷たい。


「ご無沙汰しております」


レオナードが低く返す。


「ええ、しばらくお会いしていませんでしたね」


ロベルトの視線が、エリアスの手元の指輪に向けられる。


「王弟妃殿も、相変わらずお元気そうで」


何かを探るような、含みのある言葉。


(……始まる)


レオナードとロベルトの密談の時が、ついに訪れようとしていた。

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