ロベルトの笑みは相変わらず穏やかだった。
けれど、その視線には冷静な探りの色が混じっている。
「こうしてお会いするのは、久しぶりですね」
ロベルトが言葉を紡ぐと、周囲の貴族たちが興味深げにこちらの様子を窺う。
カーティスの婚約発表という社交の場の空気は変わらず華やかだ。
だが、エリアスの周囲だけは異様な緊張感が漂っていた。
レオナードはわずかに目を細めながら、静かに返す。
「そうだな。この前は……少し騒ぎになってしまったからな。しかし、珍しいな。貴殿はあまり騒がしい場所は好きじゃないだろう?」
「婚約発表ともなれば、欠席する理由もありませんから」
ロベルトはゆったりと肩をすくめる。
その仕草はあくまで余裕を装っているように見えた。
エリアスは、じっとロベルトの表情を見つめた。
(……レオ様を狙う計画を、彼はどこまで知っているのか)
この場に呼び出すことには成功したが、肝心なのはロベルトがどんな立場を取るかだ。
彼は母親である先々王の皇女とどこまで関わっているのか――。
レオナードが、ふと視線をエリアスに向ける。
その意図を悟り、エリアスは静かに口を開いた。
「先輩、お久しぶりです」
ロベルトの青い瞳が、エリアスに向けられた。
「王弟妃殿か……久々にお会いしますね」
「ええ。ですが、もう 側近ではないのが、少し不思議な気分です」
エリアスは静かに微笑む。
だが、その目は笑っていなかった。
「……あなたが王弟妃になられるとは、正直、驚きましたよ」
ロベルトが軽く息を吐く。
「王宮の誰もがそう思ったのではないですか? まさか、王弟殿下が ‘側近’ を妃に迎えるとは」
「あまり ‘意外’ という単語を連呼されると、私は自分の立場を考え直した方がいいのかと悩みます」
エリアスの言葉に、ロベルトは少しだけ目を見開く。
だが、すぐに苦笑を浮かべた。
「失礼。王弟妃殿は、相変わらず賢いですね」
「そうでしょうか?」
探り合いが続く。
ロベルトは穏やかに微笑んでいたが、エリアスには分かる。
彼は ‘何か’ を知っている。
レオナードが、そっとグラスを持ち上げた。
「ロベルト殿、この機会にいくつかお聞きしたいことがあるのですが」
「……なんでしょう?」
「まず、先日の視察の件」
(ザクッといくんですねレオ様……)
その言葉に、ロベルトの指先がかすかに動いた。
「視察?」
「ええ。私が出発しようとした馬に ‘細工’ がされていました」
「……それは、大変なことですね」
ロベルトは眉をひそめる。
「殿下ほどの方が、そのような 不手際 に遭われるとは……護衛の者たちも、さぞ驚かれたことでしょう」
その言葉に、エリアスは内心で小さく息をのんだ。
(不手際 か……)
あたかも “事故” であるかのように言う。
だが、ロベルトはこの話を初めて聞いたはずなのに、特に驚く様子がない。
つまり――。
(知っていた……?)
エリアスはレオナードの表情を盗み見る。
彼も同じことを感じたのか、目を細めた。
「……貴殿は、何か知っているのでは?」
レオナードが静かに問いかける。
「私が、ですか?」
ロベルトは穏やかに微笑んだまま、グラスを軽く回した。
「まさか。私が‘そのような危険な計画’を知っているとでも?」
レオナードは、ロベルトの青い瞳をまっすぐに見据えた。
「……私は、何も あなたを疑っているわけではありませんよ」
ロベルトの目がわずかに細められる。
「そうですか。では、誰を疑っていらっしゃるのです?」
ついに、核心へと近づいていく。
エリアスは静かに息を吸った。
「――例えば、先々王の皇女とか?」
その瞬間、ロベルトの微笑みが、一瞬だけ崩れた。
ほんの一瞬。
だが、その変化は確かに見て取れた。
レオナードもエリアスも、決して見逃さなかった。
「……」
ロベルトは再び、笑みを取り繕う。
「……それは、随分と 大胆な推測ですね」
「大胆、ですか?」
レオナードが冷静に言葉を重ねる。
「我が王家を快く思っていない’方が動いているのなら、それが誰であれ、調査の対象になるのは当然のことです」
「……殿下はその方をを疑っているのですか?」
ロベルトの声が、わずかに低くなる。
(……今の反応は、間違いなく動揺だ)
エリアスは確信した。
「いいえ、疑っているわけではありません」
レオナードはあくまで冷静に、慎重に言葉を選ぶ。
「ですが、あの方が‘何らかの思惑を持っている可能性は、無視できません」
ロベルトの手が、グラスを強く握る。
「……」
その沈黙が、何よりも雄弁だった。
エリアスは静かに息を吐く。
(やはり、中心は…………)
ここからどう動くか。
レオナードがゆっくりとロベルトの顔を見据えながら、静かに言った。
「……ロベルト殿、私たちは味方にはなれないのですか?」
その言葉に、ロベルトの目が揺れた。