ロベルトが王宮に呼び出されたのは、カーティスの婚約発表から数日後のことだった。
王宮の謁見室には、エドワルド王、レオナード、そしてエリアスが静かに待っていた。
扉が開かれる音とともに、ロベルトが姿を現す。
彼は以前と変わらぬ穏やかな表情を保っていたが、その眼差しの奥には警戒の色が見え隠れしていた。
「これは……一体、何のご用でしょうか?」
ロベルトは静かに言いながら、王の前に進み、恭しく一礼した。
エドワルドは玉座に座ったまま、ロベルトをじっと見つめる。
「お前を、王宮に正式に迎え入れたい」
「――は?」
ロベルトは思わず目を見開く。
それは予想していなかった言葉だったのだろう。
「ロベルト・ヴァレント、お前に 私の相談役 の任を授ける」
王宮内が静まり返る。
ロベルトはほんの僅かに瞳を揺らしたが、すぐにいつもの穏やかな微笑を浮かべた。
「……畏れ多いお話ですが、私には……そのような大役を務める資格があるとは思えません」
「謙遜するな。お前の能力は王宮内でも高く評価されている」
エドワルドは静かに言い放つ。
「王宮の財務、貴族の調整、外交に至るまで――お前の知識と才覚は必要だ。それに確かな血筋を持つ。これ以上の適任はいまい?」
ロベルトは苦笑を浮かべる。
「ですが、私はこれまであくまで中立の立場を取ってまいりました。王宮に仕えるとなれば、それを捨てることになります。それは……」
一瞬、彼の言葉が途切れる。
(母親を裏切ることになる……)
そう言いたいのだろう、とエリアスは察した。
レオナードは腕を組みながら、じっとロベルトを見つめる。
「貴殿が中立を保っていたことは理解している。しかし、今は状況が違う。お前も、気づいているはずだ」
ロベルトの視線がレオナードに向けられる。
「……何のことでしょう?」
「とぼけるな。母上が何を考えているのか、お前が一番よく知っているはずだ」
レオナードの鋭い言葉に、ロベルトの指先がわずかに動く。
「……私は、何も知りません」
「ならば、お前はこの王命を拒むのか?」
エドワルドが、ロベルトの言葉を遮るように言った。
「……っ」
ロベルトの眉がかすかに寄る。
王命――それは、事実上 拒否することができない命令 だ。
もしここで拒めば、ロベルトは 王の信頼を裏切る者となる。
それは、彼の立場を危うくするだけでなく、母親に対しても影響を及ぼす。
「……私は」
ロベルトが口を開く。
エリアスはじっと彼を見つめながら、その言葉を待った。
(先輩……あなたは、どちらを選びますか?)
長い沈黙のあと、ロベルトは小さく息を吐いた。
「――謹んで、お受けいたします」
その言葉が響いた瞬間、レオナードがわずかに満足げに微笑んだ。
エリアスは安堵の息をつく。
(これで、少なくともロベルト先輩を王宮に留めることができる)
だが――ロベルトの表情は、どこか張り詰めたままだった。