ロベルトと王の謁見が終わり、レオナードが軍務のため詰所へ向かったのは昼前のことだった。
「外出は控えろ」と言い残していったものの、今のエリアスを完全に閉じ込めようとはしていない。
それならば、とエリアスはハルトのもとへ向かうことにした。
ハルトの元ならば王宮内であり、問題ないと判断したからだ。
(……随分とハルトとも会っていない。カーティスの話によると心配しているみたいだし……)
ハルトは最近、貴賓室から離宮に移されたようで、そちらへ向かうと、侍女がすぐに彼を通してくれた。
「ハルト様は庭園にいらっしゃいます」
案内されながら歩いていると、噴水の近くに佇むハルトの姿が見えた。
茶色の瞳がふとエリアスに気づき、瞬間、表情がぱっと輝いた。
「エリアス様!!」
勢いよく駆けてきたと思えば、そのまま、エリアスの腕を掴み――強く抱きしめられる。
「エリアス様っ!! よかった……! 無事で……!」
驚く間もなく、ハルトの体温が伝わってくる。
思わず固まるエリアスをよそに、彼は震える声で続けた。
「ずっと、ずっと心配してたんです! 急に王弟妃になったって聞いて、でも全然会えなくて……!」
「……そんなに?」
「そんなに、です!!」
ハルトは顔を上げ、潤んだ瞳でエリアスを見つめる。
その表情は本当に心配していたようで、エリアスは内心で申し訳なく思った。
レオナードのことや王宮の状況、暗殺未遂の件……いろいろあったとはいえ、ハルトに何の説明もできていなかった。
それに気づき、エリアスは少し力を抜き、そっと彼の肩に手を置いた。
「心配をかけてすみませんでした」
「……エリアス様……」
「でも、こうしてちゃんと元気にしてますよ。だから、安心して下さい」
ハルトの肩を軽く叩きながら、エリアスは優しく微笑んだ。
ハルトは目をぱちぱちと瞬かせたあと、ほっとしたように笑みを浮かべる。
「……よかったぁ……!」
しかし――。
「――それで、いつまで抱きついているつもりだ?」
突然、低く冷ややかな声が割り込んできた。
「っ……!」
ハルトがビクリと肩を震わせ、エリアスの腕を放した。
エリアスが振り返ると、そこにはレオナードが立っていた。
(……レオ様、軍務に行っていたはずでは……)
しかし、そんな疑問を口にするよりも早く、レオナードがエリアスの腕を引き寄せる。
その手には、いつもの余裕はなかった。
「目を離すとすぐこれだ……お前は、誰のものだ?」
低く囁かれ、背筋がぞくりとする。
「……っ、レオ様……」
(まさか、嫉妬……?)
そう思った次の瞬間――。
「御子ハルト」
レオナードは冷静な声でハルトを見た。
「エリアスに近づくなと言うつもりはないが、お前には確認しておくことがある」
「え……?」
「お前、最近、不審な動きを感じたことはないか?」
ハルトの表情が曇る。
「……え?」
「お前の身辺で、妙な出来事はなかったかと聞いている」
「え……あ……」
ハルトは、少しだけ視線を逸らした。
「……実は、ありました」
エリアスとレオナードが同時に目を細める。
「詳しく」
促され、ハルトは小さく息をついた。
「……最近、宮殿の中で使用人たちが何かひそひそと話していたんです。でも、俺が近づくとすぐに黙ってしまう……。それに、夜になると誰かの気配を感じることが増えて……」
「それは、気のせいではなさそうですか?」
エリアスが慎重に問いかけると、ハルトは首を振った。
「そう思っていたんですが……実は、セオドール様がすでに何人か怪しい者'を排除したみたいで……」
「セオドールが……?」
レオナードの眉がわずかに動く。
「ええ。でも、全部は把握できていないみたいです。まだ何かが隠されている気がして……」
「……ハルト、お前は巻き込まれつつある、ということだな」
エリアスは真剣な表情で言った。
「どういう……ことですか?」
「つまり、お前自身が標的というわけではなく、お前の周囲で何者かが暗躍している。そして、それをセオドールが排除し続けている……」
「それって……!」
ハルトが息をのむ。
「まだ確定ではないが……何かが動いているのは間違いない。まあ、何かというか……あの方だろうが」
レオナードが静かに言った。
「エリアス」
「はい」
「ハルトを、私たちの側につける」
「……え?」
ハルトがきょとんと目を丸くする。
エリアスは小さく頷いた。
「お前はすでに事件に巻き込まれつつある。ならば、お前を守らねばならない。お前自身の協力が必要だ」
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺にそんなこと……」
ハルトは慌てるが、エリアスは静かに彼の手を取った。
「ハルト様、これは 軽い問題ではないんですよ。あなたの身にも危険が迫ってるかもしれない」
「……っ」
「だからこそ、私たちに協力してくれませんか?今私たちは、あなたを狙っているかもしれない人物と戦う準備をしているのです」
ハルトの瞳が揺れる。
「……俺なんかが、役に立つんでしょうか……?」
「お前は、類まれなる力を持つ御子だ」
レオナードがはっきりと言った。
「お前が傷つけば 不吉だと噂される。……その影響を狙って、お前に手を出そうとする者がいるのかもしれない。それは避けたい事態だ」
「……そんな……」
ハルトの肩が震える。
「怖いか?」
レオナードが問いかける。
「……怖いですよ、それは……俺、そんな経験ないし」
正直にそう答えたハルトは、しかし、意を決したように拳を握りしめた。
「でも……俺も、エリアス様の力になりたいです……!」
エリアスの胸に、暖かいものが広がった。
「ありがとう、ハルト」
レオナードは満足げに頷いた。