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11-6

午後の陽射しが穏やかに降り注ぐ庭園の奥。

石造りの噴水のそばで、エリアスはロベルトと向かい合って座っていた。


「こうして二人きりで話すのは……久しぶりですね」


ロベルトは静かに微笑んだ。

だが、その瞳には、どこか思いつめたような影が宿っている。


「ええ、お久しぶりです。先輩。……今は昔のままに話してください」


エリアスは落ち着いた声で応じた。

ロベルトはそんなエリアスをじっと見つめたあと、小さく息を吐く。


「ありがとうエリアス。……そう、君に伝えたいことがあってね。私は私の思うように動いていこうと思う」


エリアスが僅かに目を見開いた。


「つまり、ロベルト先輩は……」

「ああ。母の計画には加担しない」


ロベルトの表情には迷いがない。


「私はずっと、母に従うしかないのだと思っていたんだ。母の意志を呪詛のように聞いて育ったせいもあるんだろうが……私の中にも少しの野望があったのかもしれないね。だから無視することは、私にとって簡単なことではなかった」


ロベルトは自嘲するように微笑んだ。


「けれど……エリアス、君が王弟妃となったことで、私ははっきりと理解したよ」

「何を、ですか?」

「私が母に従えない理由を」


ロベルトはまっすぐにエリアスを見つめた。


「私は、ずっと……君を見ていた」

「……!」


エリアスの息が止まる。


「アカデミー時代から、私は君をずっと見ていた。優秀で、誠実で……何より、誰よりも努力を怠らなかった君を」


ロベルトの声は穏やかだったが、そこには確かに秘められた想いが滲んでいた。


「君が王宮に入り、文官となり……そして王弟殿下の側近となり……素晴らしいことだと思ったよ。私の可愛がっていた後輩は頑張っているのだと」


静かに続けられる言葉に、エリアスはただ黙って耳を傾ける。


「だが、君が王弟妃となったと聞いた時……私は初めて、自分の想いを自覚した」


ロベルトは苦しげに微笑んだ。


「……もし、違う未来があったのなら」


彼の金色の瞳が、切なげに揺れる。


「私は、君を――」

「……先輩」


エリアスはそっとロベルトの言葉を遮るように、微笑んだ。


「私はもう、レオナード殿下のものです」


その言葉に、ロベルトはわずかに目を伏せた。


「そうだね……分かっているよ」


彼の表情には、どこか安堵のようなものが浮かんでいた。


「だからこそ、私は……君のいる場所を守るために母から離れると決めた」


その言葉を最後に、ロベルトは立ち上がる。

そっと、エリアスの前に跪き、その左手を取る。

ゆっくりとした動作で、手の甲に触れるか触れないかの口づけをした。


「倖せに。王弟妃殿下」


そう言い、立ち上がると踵を返し、静かに去っていった。

エリアスは、彼の後ろ姿を見送りながら、小さく息を吐く。


(……状況は変わるかもしれない)


そう思いながらも、胸の奥に小さな痛みが残るのを感じた。

ロベルトの想いが心に刺さる。

けれど――彼の気持ちに応えることも、もうできない。

いや、恐らく元から無理だ。

あの時──レオナードに会ってしまったから。


(ロベルト先輩も、どうか倖せになれますよう……)


そう心で願いつつ、エリアスもまた立ち上がる。


「――随分と、興味深い話だったな」


静寂を破る低い声が、エリアスの背後から響いた。

エリアスはゆっくりと振り返る。

そこにいたのは――レオナードだった。


「っ……レオ様」


いつからいたのか。

ロベルトが去った後、現れたその姿に、エリアスは思わず息をのむ。


「……聞いていらしたんですね。……立ち聞きなんて、悪趣味ですよ」


精一杯の平静を装って、そう言う。

だが、レオナードは微かに唇の端を上げた。


「誰からも好かれる最愛の妃を守るためだ」


そう言いながら、一歩距離を詰める。


「っ……!」


エリアスの腕を引き、強く抱き寄せた。


「……っ、レオ様……!」


驚くエリアスを無視し、レオナードは彼の耳元で囁く。


「私は……やはり、お前を閉じ込めておいた方が安心できるな」

「っ……そんなことしなくても、私は逃げません」


エリアスは必死に言葉を紡ぐ。


「もう、レオ様の元から勝手に離れたりはしませんよ」


すると、レオナードの腕が少しだけ緩む。


「……本当か?」

「ええ」


エリアスは真っ直ぐに彼の目を見つめ、少しだけ唇の端を上げた。


「でも、たまになら閉じ込められるのも……まあ、悪くないかもしれませんね」


わざと軽い口調でそう言うと――


「……そんな言葉、お前はどこで覚えてくるんだろうな。これ以上私をお前に向けさせたら大変だと思うのだが……?」


レオナードの声が低く響いた。


「えっ……」


次の瞬間、強く引き寄せられ、唇が塞がれる。


「っ……ん……!」


驚きながらも、その熱に抗えず、エリアスは目を閉じた。


(ああ……どうしたって、やっぱり……)


好きだ。


どれだけ執着されても、どれだけ束縛されても――

エリアスは、もう ‘逃げる理由’ を見つけられなかった。

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