午後の陽射しが穏やかに降り注ぐ庭園の奥。
石造りの噴水のそばで、エリアスはロベルトと向かい合って座っていた。
「こうして二人きりで話すのは……久しぶりですね」
ロベルトは静かに微笑んだ。
だが、その瞳には、どこか思いつめたような影が宿っている。
「ええ、お久しぶりです。先輩。……今は昔のままに話してください」
エリアスは落ち着いた声で応じた。
ロベルトはそんなエリアスをじっと見つめたあと、小さく息を吐く。
「ありがとうエリアス。……そう、君に伝えたいことがあってね。私は私の思うように動いていこうと思う」
エリアスが僅かに目を見開いた。
「つまり、ロベルト先輩は……」
「ああ。母の計画には加担しない」
ロベルトの表情には迷いがない。
「私はずっと、母に従うしかないのだと思っていたんだ。母の意志を呪詛のように聞いて育ったせいもあるんだろうが……私の中にも少しの野望があったのかもしれないね。だから無視することは、私にとって簡単なことではなかった」
ロベルトは自嘲するように微笑んだ。
「けれど……エリアス、君が王弟妃となったことで、私ははっきりと理解したよ」
「何を、ですか?」
「私が母に従えない理由を」
ロベルトはまっすぐにエリアスを見つめた。
「私は、ずっと……君を見ていた」
「……!」
エリアスの息が止まる。
「アカデミー時代から、私は君をずっと見ていた。優秀で、誠実で……何より、誰よりも努力を怠らなかった君を」
ロベルトの声は穏やかだったが、そこには確かに秘められた想いが滲んでいた。
「君が王宮に入り、文官となり……そして王弟殿下の側近となり……素晴らしいことだと思ったよ。私の可愛がっていた後輩は頑張っているのだと」
静かに続けられる言葉に、エリアスはただ黙って耳を傾ける。
「だが、君が王弟妃となったと聞いた時……私は初めて、自分の想いを自覚した」
ロベルトは苦しげに微笑んだ。
「……もし、違う未来があったのなら」
彼の金色の瞳が、切なげに揺れる。
「私は、君を――」
「……先輩」
エリアスはそっとロベルトの言葉を遮るように、微笑んだ。
「私はもう、レオナード殿下のものです」
その言葉に、ロベルトはわずかに目を伏せた。
「そうだね……分かっているよ」
彼の表情には、どこか安堵のようなものが浮かんでいた。
「だからこそ、私は……君のいる場所を守るために母から離れると決めた」
その言葉を最後に、ロベルトは立ち上がる。
そっと、エリアスの前に跪き、その左手を取る。
ゆっくりとした動作で、手の甲に触れるか触れないかの口づけをした。
「倖せに。王弟妃殿下」
そう言い、立ち上がると踵を返し、静かに去っていった。
エリアスは、彼の後ろ姿を見送りながら、小さく息を吐く。
(……状況は変わるかもしれない)
そう思いながらも、胸の奥に小さな痛みが残るのを感じた。
ロベルトの想いが心に刺さる。
けれど――彼の気持ちに応えることも、もうできない。
いや、恐らく元から無理だ。
あの時──レオナードに会ってしまったから。
(ロベルト先輩も、どうか倖せになれますよう……)
そう心で願いつつ、エリアスもまた立ち上がる。
「――随分と、興味深い話だったな」
静寂を破る低い声が、エリアスの背後から響いた。
エリアスはゆっくりと振り返る。
そこにいたのは――レオナードだった。
「っ……レオ様」
いつからいたのか。
ロベルトが去った後、現れたその姿に、エリアスは思わず息をのむ。
「……聞いていらしたんですね。……立ち聞きなんて、悪趣味ですよ」
精一杯の平静を装って、そう言う。
だが、レオナードは微かに唇の端を上げた。
「誰からも好かれる最愛の妃を守るためだ」
そう言いながら、一歩距離を詰める。
「っ……!」
エリアスの腕を引き、強く抱き寄せた。
「……っ、レオ様……!」
驚くエリアスを無視し、レオナードは彼の耳元で囁く。
「私は……やはり、お前を閉じ込めておいた方が安心できるな」
「っ……そんなことしなくても、私は逃げません」
エリアスは必死に言葉を紡ぐ。
「もう、レオ様の元から勝手に離れたりはしませんよ」
すると、レオナードの腕が少しだけ緩む。
「……本当か?」
「ええ」
エリアスは真っ直ぐに彼の目を見つめ、少しだけ唇の端を上げた。
「でも、たまになら閉じ込められるのも……まあ、悪くないかもしれませんね」
わざと軽い口調でそう言うと――
「……そんな言葉、お前はどこで覚えてくるんだろうな。これ以上私をお前に向けさせたら大変だと思うのだが……?」
レオナードの声が低く響いた。
「えっ……」
次の瞬間、強く引き寄せられ、唇が塞がれる。
「っ……ん……!」
驚きながらも、その熱に抗えず、エリアスは目を閉じた。
(ああ……どうしたって、やっぱり……)
好きだ。
どれだけ執着されても、どれだけ束縛されても――
エリアスは、もう ‘逃げる理由’ を見つけられなかった。