目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

12-1

エリアスが書類を整理していた時だった。

控えめなノックの音とともに、扉の向こうから侍女の声が響く。


「お妃様、カーティス様が急ぎのご用件でお見えです」

「……カーティスが?」


エリアスは眉をひそめる。

カーティスがここに来るのは、今や珍しいことではなくなった。

ただ、今回のようなことは初めてだ。


(よほどの急用……いや、ただ事じゃないな)


「通してくれ」


そう告げた瞬間、扉が勢いよく開かれ、カーティスが飛び込んできた。

その顔には、明らかに余裕がない。

冗談を挟むことすら忘れたような、焦燥と緊張。


「エリアス、すぐにレオナード殿下のもとへ行くよ」


カーティスの低い声が部屋に響く。


「……何があった?」


エリアスは立ち上がり、彼の顔を覗き込む。


「殿下が危ない。暗殺計画が動き出してる」

「っ……!」


心臓が跳ねた。

やはり、そんな気がしていた。

視察前に発覚した馬の細工。

最近は警戒態勢の強化がされているのも分かる。

全てが "何かが起こる前兆" だった。


「今どこに?」


「執務室だ。レオナード殿下を狙った動きが確認された。だけど、僕が直接行こうとしても、警備が厳しくて通してもらえなかった。恐らくもう僕が関与しているのはバレてる」

「……だから、俺と一緒なら通れる可能性がある、と?」

「その通り」


エリアスは一瞬考えるが、すぐに決断する。


「行こう」


椅子を引き、書類を机に置くと、すぐにカーティスと並んで扉へと向かった。

だが、彼がもう一度、低い声で言う。


「待って、それだけじゃないんだ」


足が止まる。


「……?」


カーティスが、真剣な眼差しでエリアスを見つめた。


「エリアス、お前も狙われる可能性がある」


一瞬、息が詰まる。


「……俺が?」

「レオナード殿下の暗殺が失敗した場合、次の標的は王弟妃――お前だ」

「……」


エリアスは唇を引き結ぶ。

つまり、母親の計画は失敗した場合も次の一手を用意している、ということか。

それにしても自分を狙う理由が……と思ったところで先日のロベルトとの会話を思い出す。


「俺がいなくなれば……一石二鳥ってことか」

「なんだよ、」僕が知らない情報があるな?」


カーティスの言葉に、エリアスは苦笑を浮かべた。


「まあ……そのうち、ね。ちょっとデリケートな話なんだ」

「まあいいけど……とにかく単独行動は危険だ」


エリアスは短く息を吐いた。

レオナードだけではなく、自分まで――。

だが、考えている暇はない。


「分かった。行こう」


エリアスは足を踏み出した。

カーティスが頷き、二人は急いだ。

廊下に出ると、いつもと違う緊張感が張り詰めているのが分かった。

通常なら立哨しているはずの騎士たちが増え、要所要所に警備が配置されている。


「……やっぱり、警戒が強まってるな」


エリアスは小さく呟く。

すれ違う貴族や宮廷の使用人たちも、落ち着かない様子で視線を交わしている。


(誰かが何かを察している)


王宮は、情報が流れるのが早い。

まだ公にされていないが、この空気は "何かが起こる" という予感を周囲が感じ取っている証拠だった。


「……まずいな」


カーティスが小声で言う。


「何が?」

「このままじゃ、敵側も 'こちらの警戒が強まってる' ことに気づくだろう」

「……つまり、仕掛けるなら今かもしれない?」


カーティスは静かに頷いた。


「急ぐぞ」


二人は足を速めた。

執務室の前にたどり着くと、いつも以上に厳重な警戒が敷かれていた。

扉の前には二人の騎士が立ち、鋭い視線をこちらへ向ける。

今までこんなことはなかった。

レオナードは基本的に静かなことを好む。

エリアスが側近となってからはそれが顕著だったのか、常にここはレオナードとエリアス二人の領域だったのだ。


「カーティス殿、殿下は執務中です。今は――」

「私が用事があってきました」


エリアスが一歩前に出た。


「王弟妃殿……」


騎士たちの表情がわずかに変わる。

王弟妃としての自分の立場が、ここで役に立つ。


「殿下にお伝えすることがあります。通していただけますか?」


騎士たちは一瞬だけ視線を交わし、それからゆっくりと頷いた。


「……分かりました。ですが、どうかお気をつけて」

「ありがとう」


エリアスは短く返し、扉を押した。

重々しく、扉が開く。

室内に足を踏み入れると、レオナードの姿が見えた。

机に向かい、書類をめくっていた彼は、扉が開いた音に顔を上げる。


「エリアス……?」


僅かに驚いたような表情。

だが、その瞳にはすぐに "何かを察した" という色が宿る。

エリアスは、一歩、レオナードに近づいた。


「レオ様――急ぎの報せです」


その瞬間、室内の空気が一変した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?