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12-2

エリアスが執務室に足を踏み入れた瞬間、空気が張り詰めるのを感じた。

レオナードは机に向かい、書類をめくっていたが、扉が開く音に顔を上げる。

その金色の瞳が、こちらをとらえた。


「エリアス……?」


わずかに驚いたような声。だが、すぐに彼の表情が冷静なものへと変わる。

エリアスの後ろに立つカーティスの緊迫した表情を見れば、ただ事ではないことは明らかだった。

エリアスは一歩前に進み、息を整えて口を開く。


「レオ様、急ぎの報せです」


その言葉を聞いた瞬間、レオナードの目が鋭く細められた。


「……カーティス」

「僕が掴んだ情報によれば、殿下に対する暗殺計画が本格的に動き出してる。今夜――いや、もしかしたら今すぐにでも」


レオナードはすぐに反応した。


「対策部隊は?」

「すでに動かしてる。セオドールも手配済み。ただ、問題は規模と手段だ」


エリアスはレオナードの側に進みながら、さらに言葉を続ける。


「……それだけじゃないんです。暗殺計画が失敗した場合、次の標的は"王弟妃"、つまり私です」


カーティスが小さく舌打ちする。


「まったく、殿下がダメなら次にエリアス……って、どこまで用意周到なんだか」

「……」


レオナードは何も言わなかった。ただ、ゆっくりと立ち上がり、エリアスの前に歩み寄ると――彼の肩を掴んだ。


「エリアス、お前はすぐに東の宮殿に戻れ」

「……え?」

「そこが最も安全だ。今すぐ護衛を増やし、お前を絶対に外へ出させないようにする」


エリアスは息をのんだ。


(……閉じ込めるつもりか?)


「レオ様、それは――」

「これは命令だ。お前を巻き込むわけにはいかない」


冷たく響く声。しかし、その言葉の奥には強い執着と焦りが滲んでいた。


「嫌です」


エリアスはまっすぐにレオナードを見返す。


「私はただ守られるだけの存在ではありません。王弟妃です。あなたの伴侶です」


レオナードの瞳が揺れる。


「だからこそ、お前を安全な場所に――」

「違います!だからこそ、今あなたと一緒にいなければならないんです!」


レオナードが言葉を失う。


エリアスは強く拳を握りしめた。


「私は逃げません。もう勝手にあなたの元を離れたりしない。だけど、だからといって何もせずにじっとしているなんて、そんなの……耐えられません」


レオナードの指が、かすかに動く。


「……」

「今は一緒にいるからこそ、一緒に状況を打開したいんです」


しばしの沈黙の後、レオナードは小さく息を吐いた。


「……お前は本当に頑固だな」

「そういうレオ様ほど、私を閉じ込めようとばかりするでしょう」


レオナードは目を伏せ、短く笑った。


「……そうだな」


そして、ゆっくりとエリアスを見据える。


「……分かった。お前の覚悟は認めよう」

「ありがとうございます。ではどう動くか……ですね」

「えーと……一応、案があると言えばあるんだけど……」


カーティスがエリアスの後ろで小さく手を挙げた。

ただどうにもその顔は二人を窺うようなものだった。


「どういう案だ?」


レオナードが聞くと、カーティスはまずこう言った。


「説明しますけど……絶対に僕に怒らないでくださいよ」

「なんだ、それは?」


レオナードが怪訝そうな顔をする。

エリアスの方は、なんとなく察しがついてしまった。


「とりあえず、聞かせてくれ、カーティス」


レオナードの先を急がせる言葉に、カーティスは一度頭を掻いたのちに息を吐いて、説明をし始めた。


「……まあ簡単に言うと、"エリアスを囮にして敵を誘い出す"ってことなんですけど」

「……は?」


レオナードの表情が一瞬で険しくなる。

しかしカーティスはそれを見なかったことにして、すぐに続ける。


「殿下を狙う暗殺計画が動いてる。でも、当然ながら殿下への直接的な攻撃は難しい。だから次の標的として"エリアス"が狙われる可能性が高い」

「それは分かっている」

「だからこそ、エリアスを"狙わせる"んです」

「……どういう意味だ?」


「"エリアスが無防備に動いているように見せかける"ってことですよ。例えば、王弟妃としての公務を一部表立って行う。その最中に、あえて"警戒を緩めたように見せかける"ことで、敵に付け入る隙を与えるんです」


カーティスは手を組みながら説明を続けた。


「当然、実際に無防備にするわけじゃない。影ではしっかり護衛をつけるし、罠も仕掛ける。敵がエリアスを狙って動いた瞬間、一気に潰すってわけです」


エリアスも頷く。


「俺が敢えて動くことで、敵が計画を実行せざるを得ない状況を作る……ということか……」

「そう。向こうは、今の状況が"いつ仕掛けるべきか"を探ってる最中だと思う。でも、こちらが"今がチャンスですよ"って誘い出せば、敵も焦って動かざるを得なくなる」


レオナードの眉間に深い皺が寄る。


「……エリアスが囮になるだと?」


それを聞いたレオナードの開口一番の声は低い。


「あ、だから!僕を怒らないでくださいって!案ですよ案!他にあればそうしますよ!」


既に眉根に皴を寄せているレオナードから逃げるように、カーティスはエリアスの背中に隠れる。

しかしエリアスは少し考えた後に、レオナードをまっすぐと見た。


「いい案だと思いますよ、レオ様」

「正気か?」


レオナードは苛立ちを隠そうともしない。


「レオ様、冷静に考えてください。敵は確実に私を狙ってきます。その時、私が"あえて狙われる隙"を見せれば、やつらは食いついてくる」


カーティスが頷く。

レオナードはエリアスを睨みつけるように見つめた。


「そんな策、完璧な保証はどこにもない」

「けれど、何もしなければ殿下が狙われ続けるだけです」


レオナードの指がわずかに震える。


「……」


「私はレオ様を守りたいんです。それが王弟妃としての私の役目だから」


しばしの沈黙の後、レオナードは短く息を吐いた。


「私の妃はやはり頑固だな……お前の意志がそこまで固いのなら、私も全力でお前を守る」

「ありがとうございます、レオ様」


エリアスが微笑むと、カーティスが軽く手を叩いた。


「よし、それじゃあ計画を詰めようか」

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