カーティスの提案した作戦が決まり、エリアスはレオナードとともにハルトのもとへ向かうこととなった。
ハルトはもともと王宮の外での慈善活動を予定しており、貴族たちや神官、さらには庶民との交流の場を持つ機会が設けられていた。
今回の作戦では、その活動にエリアスが同行し、"王弟妃が公の場に姿を現す" という状況を作り出す。
敵にとって、"狙いやすい状況ができた" と思わせるための罠――。
そのためには、まずハルト本人に事情を説明し、協力を仰ぐ必要がある。
レオナードの横を一緒に歩く。
こうしていると少し前に戻ったようだな、とエリアスは思った。
「どうした?」
とらりと見上げたエリアスの視線とかち合い、歩きながらレオナードが言った。
「いえ。側近時代に戻ったようだなと思って……」
「ああ……そうだな」
ここ最近は東の宮殿で共に過ごす時間はあっても、日中は昔ほど一緒にいるわけではない。レオナードもまたエリアスの言葉に頷いた。
「この件が片付いたら、戻れ」
「え?」
不意にレオナードは足を止めると、エリアスの腰を引き寄せた。
突然近くなった距離に少しばかり吃驚しながら、エリアスはレオナードを見上げる。
エリアスが抗議をするよりも前にレオナードが口を開いた。
「その立場のまま──執務室に、あの席に戻るといい」
「!」
「元より、お前が側近になった時からあの部屋には、お前しか入れるつもりはない」
「でも、それは……いいのですか?」
慣例からいえば、レオナードの提案は異例だろう。
自分は確かに仕事に誇りを持っていたし、離れたくないと思っていた。
けれど、と思う。
そんなエリアスを見て、レオナードは肩を竦めた。
「私が昔からお前を特別に寵愛し片時も離さないのは、もう、この王宮内の人間ならば誰でも知っていることだ。今更だろうな」
「え」
エリアスは思わず言葉を失った。
レオナードの言葉が、あまりにも真っ直ぐすぎたからだ。
エリアスの鼓動が少し早くなる。
「王弟妃であることと、お前が私の最も信頼できる側近であることは、矛盾しない」
レオナードは当然のように言う。
「むしろ、私が最もそばに置きたい人間が、お前であるというだけのことだ」
「……レオ様」
レオナードの言葉は、確かに理屈が通っているようで、結局のところ彼の独占欲からきているようにも思えた。
けれど、自分が必要とされることは、決して嫌ではなかった──どころか、嬉しい。
そして、それが "レオナードの側近として" であるならば――。
「……では、考えておきます」
そう返すと、レオナードの口元がわずかに緩んだ。
「いい返事を期待している」
そう言いながら、彼はそっとエリアスの手を握って歩き出す。
いつの間にか、二人の歩調は自然と合っていた。
そして、王宮内の神殿区画へと足を踏み入れた。
王宮内の神殿区画。
ここには神官たちの住まう区域があり、神事に携わる者たちの管理が行われている。
御子であるハルトも、様々に学ぶことが多いため、日中はこの区域で過ごすことが多かった。
エリアスとレオナードが神殿区画へと足を踏み入れると、すぐに案内役の神官が彼らを出迎えた。
「王弟殿下、王弟妃殿下……御子様はお待ちです」
そう言われ、エリアスは小さく息を吐く。
ハルトにはすでに連絡が入っているのだろう。
(……事情を説明して、協力を得られるといいが)
神官の案内に従い、白亜の回廊を進んでいくと、やがて一室の扉が開かれる。
「エリアス様!」
勢いよく駆け寄ってきたのはハルトだった。
肩まで伸びる柔らかな金髪が揺れ、その瞳はまっすぐエリアスをとらえる。
「王弟殿下も。ええと、ご機嫌麗しく……」
存じます?だっけ?と小さく呟きながら、ハルトは頭を下げる。
そして、あ!と叫びながらまた視線を上げる。
「話、聞きました。王弟殿下が狙われてるって。この前の話と同じやつですよね?」
「こんにちは、ハルト様……それを話しに来たんです」
エリアスがそう言うと、ハルトは僅かに眉を寄せ、静かに頷く。
「とりあえず、どうぞ」
室内にはすでにもう一人の姿があった。
「……レオナード殿下、王弟妃殿下」
穏やかに一礼する、神官服をまとった男――セオドールだった。
彼はハルトの傍らに立ち、静かにエリアスたちを見つめる。
「事情は、おおよそ聞いています」
セオドールは冷静に続けた。
「ですが、詳細をお聞きしてから判断させてください。御子様に危険が及ぶ可能性があるのであれば、私としても慎重にならざるを得ません」
エリアスは頷き、カーティスから聞いた情報を含め、今回の暗殺計画について説明を始めた。
王宮内部での裏切り、レオナードへの襲撃計画、そして――それが失敗した際に狙われる自分の存在。
「つまり……明日に行く俺の慈善活動にエリアス様が同行して、敵をおびき寄せるってことか、いや、ですよね……」
話を聞き終えたハルトが腕を組む。
「それ、"囮" じゃ……。そんな危険なこと、するんですか?」
「だからこそ、ハルト様とセオドール様に協力してほしいのです」
エリアスは真剣な眼差しで続ける。
「あなたの慈善活動には神官や貴族、庶民たちが集まる。敵にとって、私が単独で出るよりも"人目がある場" のほうが油断しやすいはずです」
ハルトはしばらく考え込んでいたが、やがて息を吐いた。
「……はぁ、仕方ないっすね……。俺にできることなら協力します。でも、こっちの警戒も万全にしないと。ね、セオドール様!」
「ありがとうございます、ハルト様」
エリアスが微笑むと、セオドールが静かに言葉を挟む。
「王弟妃殿下、護衛についてはこちらで手配いたします。神殿側の警備だけではなく、王宮軍の協力も取り付けたほうがよろしいかと」
「ええ、私もそう思います」
「俺も前よりは少し強くなったんで!任せてください!」
ですよね!とセオドールの方をハルトが見ると、セオドールは「まだまだですけどね」と笑った。
エリアスは深く頷いた。
「ありがとうございます。セオドール様もよろしくお願いします」
「わかりました。すぐに手配いたします。私も同行しますしね。大丈夫だとは思いますよ」
セオドールが静かに頷き、部屋の外へと向かう。
それを見送りながら、エリアスは静かに息を整えた。
(いよいよ、本格的に動き出す――)
敵を迎え撃つ準備は整いつつある。
あとは、当日を迎えるのみだ。