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12-4

貧民街の広場には、施しを受ける人々と、それを見守る貴族や神官たちの姿があった。

王宮からの護衛も周囲に配されており、一見すれば穏やかな光景だ。

だが、エリアスの背筋には妙な緊張感が張り付いていた。


(……何かがおかしい)


カーティスとロベルトが別動で動いていることは聞いている。

しかし、彼らの動きが間に合うかは分からない。

この場では自分が囮であり、敵を引きつける役目だ。

その意図を悟らせることなく、状況を制御しなければならない。

その時だった。


「──動くな」


低く冷ややかな声が響く。

エリアスの目の前で、護衛の騎士の一人が短剣を抜き、静かに構えた。


「……何のつもりです?」


エリアスは声を落ち着かせたまま問いかける。


次の瞬間、ほんの少し先で声が上がった。


「この子の命が惜しければ、王弟妃殿下に来てもらおうか」


視線を向けると、幼い子供が別の男に捕らえられていた。


(……来たか)


エリアスは表情を変えず、捕らわれた子供と、その周囲を囲む男たちを観察する。

敵は最低でも五人。

エリアスの周囲を囲むようにして立っており、一見、それは護衛にも見える。

子供も怯えて騒いでいないことから、騎士の一人が子供を抱き、王弟妃とやりとりをしているように見せかけているのだろう。

広場には人々が多く、下手に騒げば混乱が起こることは安易にわかる。

幸いなことにハルトはセオドールと共に少し遠くにいて、無駄に巻き込むことはなさそうだ。


「その子は──」

「いいから、動くな」


エリアスの護衛のはずだった騎士が、剣を突きつける。

だが、その手はわずかに震えていた。


(……様子がおかしい……)


すると、騎士がわずかに口を開き、低く絞り出すような声を漏らした。


「……申し訳ありません。家族を……取られている……」


かすかな声だったが、エリアスの耳にははっきりと届いた。


(ああ、なるほど……)


「……どこに?」

「分からない。だが、"今すぐ王弟妃を連れてこい" と……さもなければ……」


騎士の声が震える。

エリアスは小さく息を吐き、考える。


(時間が稼げれば、カーティスやロベルト先輩が動けるはずだ……この事態を把握していてくれると良いのだが……)


ここで無理に抵抗すれば、子供も、騎士の家族も助からない。

敵は計画的に動いている。ならば、こちらも冷静に対応しなければならない。


「……分かりました」


エリアスは静かに息を吐き、敵の要求に応じる素振りを見せる。


「……すぐに動くのは得策ではありませんよ」


敵の男が警戒するようにエリアスを睨む。


「どういう意味だ?」

「ここは人目が多すぎます。このまま動けば、不自然に思われるでしょう?」


エリアスは落ち着いた口調で続ける。


「私が王弟妃である以上、不審な動きをすればすぐに気づかれる。あなた方の目的が騒ぎを起こすことではないなら、慎重に動いた方がよろしいのでは?」


敵の男がわずかに逡巡する。


(……今、少し時間を稼げた)


エリアスはわざと敵の目をじっと見据えた。


「それとも、私がこの場で大声で助けを求めたほうがいいですか?」


敵の表情がわずかに歪む。


「……それは困るな」

「でしょう?」


エリアスは冷静に微笑む。


(あともう少し……)


──その瞬間だった。

広場の外から、騎馬の音が響いた。

そして、鋭い声が空気を裂く。


「エリアス!下がれ!」


黒色の髪をなびかせ、レオナードが率いる王宮軍が突入してきた。

敵の表情が一瞬にして凍り付く。


その隙に──


「俺は騎士だ!なめないでもらおう……!」


裏切りを決意した騎士が、敵に刃を向けた。


「なっ……!」


敵が反応するよりも早く、王宮軍が広場を制圧する。

あっという間に、敵は包囲され、逃げ場を失った。

子供を捕らえていた男はセオドールに制圧され、ハルトが子供を抱いていた。

広場は一気に安全を取り戻す。

エリアスは息を吐いた。


(……レオ様)


だが、次の瞬間。

馬から降りたレオナードに、強く抱きしめられた。


「……っ、レオ様?」

「お前は……私を心配させすぎる」


レオナードの声が低く響く。

エリアスは少し困ったように微笑んだ。


「大丈夫ですよ。……レオ様、あの騎士の家族が……」


視線を向ける先には、敵の一人を捕縛している騎士の姿が見える。

レオナードは静かに頷いた。


「心配ない。ロベルトとカーティスがそちらは解決したようだ。すでに尋問に入ると知らせがあった。あの騎士からも話を聞けば、あちらの味方についている貴族も目星がつくだろう」


「……寛大なご処置をお願いしますね。最後はちゃんと騎士として働きましたよ」

「分かっている。私とて、お前が人質に取られたら従うだろうからな」


苦笑を浮かべながら、レオナードはエリアスを放した。

エリアスはレオナードの横に寄り添いつつ、


(……次は、黒幕を引きずり出す番だ……)


静かに夜空を見上げた。

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