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13-1

東の宮殿の一室。

エリアスは机に向かい、報告書を整理していた。

ロベルトの母が関係者と仕掛けただろう騎士を使った人質作戦も、レオナードの介入で阻止された。

それでも油断はできない。

王宮に入り込んでいる関係者の正体も明らかになりつつあるが、次の手をどう打ってくるかは分からない。

エリアスは慎重に思考を巡らせながら、ふと異変に気付いた。


(……? なんだ?)


室内にいる使用人たちが、妙な表情をしている。

別に騒いでいるわけでもないが、どこか様子を窺っているという空気が漂っていた。


「……何か?」


エリアスが声をかけると、使用人たちは慌てて姿勢を正した。


「い、いえ! 失礼いたしました!」

「……?」


何かがおかしい。

嫌悪や侮蔑のような類ではなさそうだが……。

エリアスは少し首を傾げながらも、書類整理を続ける。

そこへ、扉が開いた。


「よっ、エリアス」


カーティスだった。

しかし、その顔はどこかニヤついている。

エリアスは不穏な予感に眉を顰める。

こういう時のカーティスが持ってくる話はたいていロクなものじゃない。

カーティスはエリアスの方をピっと指さした。


「……何か?」

「聞いて驚け、エリアス!お前とロベルト先輩の不義密通が噂になってるよ」

「…………は?」


エリアスは手を止め、カーティスをまじまじと見た。


「何の話だ?」

「いやー、僕も聞いた時は『はぁ!?』ってなったんだけどね」


カーティスは肩をすくめながら、ソファに腰かけた。


「なんかさぁ、"王弟妃殿下がロベルト先輩と密会している" って話が、じわじわ広がってるんだよね」

「……待ってくれ。それは本当に俺なのか……?俺だとすれば俺はどの時間で密会してるんだ?」


エリアスは完全に困惑した。


「いや、ずっと東の宮殿にいるし、出る時はほぼレオナード殿下と一緒だし、どうやって……?」

「ねぇ? 謎だよねぇ?」

「俺がもう一人いるか実は双子か……」


カーティスは笑いながら、ソファから身を乗り出す。


「今のところ双子でもないし、僕が知ってるエリアスは一人だねぇ。でね、面白いのはさ、この噂……"誰も詳しいことを言えない" んだよ」

「……は?」

「だって、みんな『そういう噂がある』とは言うけど、『いつどこで密会してるのか』って聞くと黙るんだもん」

「……いや、それ噂として成立してないだろ」


エリアスは呆れたように額に手を当てた。


「でもねぇ、"噂が流れること自体に意味がある" んだよ」


カーティスがそう言った瞬間、扉が再び開いた。


「……エリアス」


低い声が響く。

エリアスが顔を上げると、そこにはレオナードがいた。


「もう来た。はっや……」


カーティスが小さく呟くが、それはレオナードには聞こえなかったらしい。

レオナードはエリアスの前に立ち、見下ろす。


「どうされましたか、レオ様」


内容は、まあ……エリアスにも察しが付く。

しかしレオナードも少し困惑しているようだ。

何回も首を傾げている。


「おかしな噂を聞いて、だな……」

「はぁ」


それだろうな、とエリアスは思うがあえて言わずに首を傾げた。


「その、お前とロベルトが関係をしていると。いや、疑うわけではないが……」


いつものレオナードよりは随分と覇気がないが、言葉が続いた。


(いや、疑ってません、それ……?混乱かもですけど)


エリアスはレオナードの真剣な表情を見て、内心ため息をついた。

そのまま、静かに口を開く。


「冷静に考えてくださいよ? 私がロベルト先輩と密会する時間、どこにあるんです?」

「それは……」


レオナードが一瞬、口をつぐむ。

確かに、エリアスの行動はすべてレオナードの監視下にある。

前よりは出れるようになったし、幾分か緩やかになったとはいえ、勝手に一人で抜け出すことなど、まず不可能だ。


「だいぶん凄いですよ、この状態でロベルト先輩と浮気だなんて」

「そうだな……流石に……」

「私が浮気できたとして……せいぜいカーティスくらいじゃないですか?」

「……」


レオナードの目が細められた。


「……つまり、お前とカーティスなら可能性があるということか?」

「えっ」


藪蛇だった。


「いや、違いますよ!? だってカーティスとは普通に一緒にいることが多いというだけで!その確率論ですよ⁈」

「そうだよねー! じゃあ、やっちゃう? 不義密通!スキャンダルだよね。王の婚約者と王弟妃の道ならぬ恋とか。こっちの方がよほど面白そう」

「お前、なんでそういうことを……ないないないない」


エリアスはうんざりしたように言うが、レオナードの目が鋭く光る。


「……カーティス」

「はい?」

「エリアスの側近時代も含め、お前と親密だったことは事実か?」

「え、凄いなぁ、殿下……本当にその話に乗っちゃいます?まあ、仲は良いと思いますよ。親友ですし」

「……ふむ」


レオナードの手がエリアスの腰を引き寄せる。


「……待って、今の流れでそうなるのはおかしくないですか?」


「……やはりお前は閉じ込めておくのが一番安全だと、改めて分かった。塔の上とかに作るか?部屋を……お前の」

「いや、だから、それも違いますよね⁈」


エリアスはため息をつく。


「これは明らかに策略ですよ、レオ様」

「分かっている」

「分かってるなら、落ち着いてください」

「分かっていても、落ち着けるものではない」


エリアスは呆れてもう何も言えなかった。

レオナードの独占欲は、相変わらず強すぎる。今日は変な方向だが。

だが、この噂の背後に "誰かが意図的に流した" という事実があることも確かだった。


「さて……これをどう処理するか、ですね」


エリアスは場を直すべく一つ咳払いをしてから、小さく息を吐いた。

このままでは、"策略として機能していない" のに、噂だけが独り歩きするという妙な状況になってしまう。

黒幕が仕掛けた "密通疑惑" の行方は、まだ見えない。

しかし――


(面倒なことになったな……)


エリアスはレオナードの腕の中で、小さくため息をついた。


(だいたい、どこでもこんな調子のレオ様なんだ……どうやって……)


と思ったところで、あ、と小さくエリアスが声を上げる。


「どうした?」

「いえ……ロベルト先輩と私の不義密通という話ならば、狙いは失脚あるいは信用の失墜」

「そだね。ロベルト先輩はもう用済みってことなんだろうねぇ。はっきりとしてるなぁ」「王弟妃への影響は上手くいけば、レオ様との不仲かな……と。ただこの噂が機能しているかは甚だ謎ですが……でも要するに打ち消すならば……」

「こういうことか?」


レオナードがエリアスの言葉を引き継ぐように、エリアスを更に腕の中へと引き寄せて耳元に顔を寄せた。

エリアスは顔を真っ赤にさせながら慌てて、レオナードを遠ざけるように身を捩る。


「ええ、まあ!私とレオ様が睦まじくすればいいのはそうですけど!実演しなくていいですよ!カーティスの前ですってば!」

「えー僕もエリアスとイチャイチャしたいなぁ……それ、僕も入っちゃダメなやつ?」

「お前が入ってどうするんだよ⁈とにかく、真面目にですね……」

「やはり、お前たち怪しくないか……?」


神妙な声で言いだしたレオナードにエリアスは盛大な溜息を吐いたのだった。

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