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13-2

「さて……これで噂の方は十分に無力化できたと思いますが」


執務室でレオナードの机の上にある書類を仕分けながら、エリアスは溜息混じりにそう言った。

ついさっきまで、彼は公衆の面前でレオナードに抱き寄せられ、王弟妃として堂々と睦まじさを見せつけてきたところだ。

"王弟妃が王弟殿下を裏切るはずがない"──そう認識させるためだけに。

自分から言ってしまったとはいえ、とんでもない手法だ、とエリアスは思う。

だが、確かに効果はあった。


「ロベルトとのことに対しては、そうだな」


レオナードは満足げに頷く。しかし、すぐにエリアスへ視線を向け、低く告げた。


「だが、私はまだ納得していない」

「……何にです?」


エリアスが訝しげに問い返す。


「カーティスとお前の関係について」

「いや、そこ!? そっちはどうでもいいでしょう!」


エリアスは思わず机を叩いた。

隣でカーティスが愉快そうに肩をすくめる。


「まぁまぁ、殿下~。そんなことより、本題に移ろうよ。そろそろカタをつけたいところだし」

「そうですね。ここまで来たら、もう黒幕を捕えるだけです」


エリアスは改めてレオナードの方を向く。


「すでに得られた証言と、ロベルト先輩の協力もあります。中でも動きが大きい連中はそれぞれの屋敷にて謹慎中となっています。次に必要なのは……」

「"黒幕を引きずり出す" 方法か。」


レオナードが低く呟く。


黒幕――ロベルトの母親はすでに追い詰められている。

だが、このまま王宮内でじっとしているとは考えにくい。

それどころか、"最後の一手" を打とうとしてくる可能性が高い。


だからこそ、こちらが先手を打つべきだ。


「では、どう動くかを──」


エリアスが言いかけたその時、慌ただしく足音が響いた。

次の瞬間、ひとりの男が息を切らせながら駆け込んでくる。


「お、王弟殿下!! 私は知っています! 真実をお伝えします!!」


エリアスは軽く目を瞠った。

やってきたのは、先ほど噂を広めていた当人だった。

まさか、自ら王弟の前に出てくるとは──。

何せここにはエリアス本人もいる。



「ほう?」


レオナードは無表情のまま、男を見下ろす。

男は震える手で一枚の書状を差し出した。


「こ、これをご覧ください! これはエリアス殿が書いた恋文です!そして、エリアス殿は夜な夜な密会を──!」


──自爆ご苦労様、とエリアスは内心で呆れる。


エリアスがレオナードの方を見ると、彼はすでに男へと歩み寄っていた。


「……ふむ、興味深いな」


レオナードは一枚の書状を手に取り、流し見る。

そして、静かに微笑んだ。


「なるほど。素晴らしく情熱的な恋文だ。私でももらったことがないな」


エリアスは視線を明後日に向けた。

何が悲しくてこんな見え透いた即興劇に混ざらねばならないのか。

しかし放置するのもよろしくないことは理解している。

カーティスをちらりと見るとニヤニヤしていて、殴ってやりたい衝動にかられたが、ひとまずは息を一つ吐いて抑えた。


「私はそんなもの……レオ様、信じて頂けますよね……?」


しかし、男はふふんと鼻で笑う。


「証拠がありますからね!今更言い逃れですかな!」


胸をドン、と叩いた。地味に腹が立つ仕草だ。


「この手紙に書いてある逢引きの日時だが──これによれば3日前の夜中、だな」

「ええ、もうばっちりと書いてありますので、見に参りましたとも!」


うわ、と思いつつエリアスは片手で顔を覆った。

男から見ればそれはエリアスがどう言い逃れするか考えているようにも取れただろう。

更に勝ち誇ったようにそんなこと言うものだから、もうエリアスとしては居た堪れなかった。


「エリアス」

「……はい」

「その時間、お前はどこに居た?」

「………………」


エリアスにはもう無理だった。

ふる、と顔を横に振る。


「エリアス?」

「……言いたくないです」


二人のやり取りに、益々と男は嬉々とした表情になっていく。

腹が立つったらありはしないが、エリアスが言いたくないのはそもそも、ロベルトのことではない。


「エリアス」


更にレオナードは言及するように名を呼んだ。

しかしエリアスは、黙秘します、とだけしか答えなかった。


「やはり!如何わしい仲にあるからですね!言えないのは!」


声高々にそう言った男に、レオナードが視線を向ける。


「私は知っているぞ、エリアス」

「…………」

「仕方ない。では、その"夜中"という時間、私の可愛いエリアスがどこにいたか教えてやろう」


男が勝利を確信した瞬間だった。


「──私の腕の中だ」

「──!!?」


が、その牙城はガラガラと崩れ去る。

男は硬直し、エリアスは溜息を吐いた。


「他にも言い方……ありましたよね……」

「分かりやすく言ってやっただけだ。そもそも事実だろう?」


当然のように言い切るレオナードに、エリアスは耳まで赤くなる。

だが、そんな彼の狼狽など気にも留めず、レオナードは淡々と続けた。


「そもそも、この書状はおかしい」


レオナードが書類を指で弾くと、カーティスがすかさず受け取る。


「うん、これは偽造だね。筆跡も違うし、何よりエリアスらしくない。ま、有能な王弟妃殿がこんな不用意な恋文を書くわけがないんだけど。そもそもエリアスは直接話を付けに行くタイプだもんねぇ」


エリアスはカーティスを睨んだ。


「お前もさらっと何を……!」

「いやいや、だって事実だろう?」

「……っ!」


エリアスが反論する前に、レオナードが低く言い放つ。


「さて、もう一度言おうか? エリアスはずっと、私の腕の中だったが?朝までな」

「……!!」


犯人の顔が青ざめる。

男はギリッと歯を噛み、最後の抵抗とばかりに叫んだ。


「し、しかし! それでも、証拠は──」

「黙れ」


レオナードの冷徹な声が響く。

次の瞬間、王弟の鋭い金の瞳が、男をまっすぐに射抜いた。


「貴様は既に詰んでいる」


その言葉に、男はついに崩れ落ちた。

あとは、これを足掛かりに黒幕を完全に炙り出すだけ。

エリアスは深く息を吐き、レオナードを横目に睨む。


「……だから、そういう話を不必要にしないでください」

「お前が可愛いのが悪い」

「会話になりません!」


カーティスは大爆笑しながら、崩れ落ちた犯人を捕らえに向かった。

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